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第14章 四度目の春、帝国は
第372話 その子を拉致したのは失敗でしたね
しおりを挟むヘスリヒはわたしの言葉を聞いて戸惑っているみたい。それはそうだと思うよ。
目の前にいるのは拘束されているはずの小娘、そして視界の中に自分の手下は見当たらない。
戸惑わない方がどうかしている。
「おい、小娘、俺の仲間はどこへ行った?」
ヘスリヒは怪訝な顔で私に問い掛けてきたの。
「おじさんの仲間って、あそこで転がっている連中のことかしら。」
わたしは薄暗い部屋の隅の方を指差して言ったの。
ヘスリヒはわたしの指差す方を目を凝らしてジーッと見ていたが、やがて気付いたようだ。
拘束して転がる手下達と自分に注目している衛兵さん達に。
「小娘!これはどういうことだ!」
いや、わたしに聞く?見れば分かるでしょうに。
「おじさん達はまんまとわたし達に釣り出されたのよ。
女子供を誘拐するのはおじさん達の常套手段じゃない。
絶対にわたし達に目を付けると思ったのよね。
上手くいってよかった、わたし自身が餌になった甲斐があったわ。」
本当はおチビちゃんが計画を盗み聞きしてきたから分かったのだけど、そんなことを教えてあげることもないものね。
「てめえら、俺達を嵌めやがったな!
こんなことをしてタダで済むと思っているのか!
それに、おまえ、小娘が大きな口をききやがって、子供だからって容赦しないぞ。」
「どう容赦しないのかしら?
おじさん達はもう三年もわたしの命を狙っているけど、わたしはこの通り無事よ。
むしろ、わたしを狙ってタダで済んでいないのはおじさん達の方じゃない?」
「小娘、きさま、何を言っている……。」
「あら、わからない?」
部屋が薄暗くてわたしの容姿が認識できないのだろうか?
わたしは光のおチビちゃんにお願いして部屋の中を明るくしてもらった。
「な、魔法の光?
えっ、おまえ、『色なし』か。なんで、『色なし』が魔法を使える?」
このおじさん、鈍いな……。本当に『黒の使徒』の幹部なのだろうか?
さっきのわたしの言葉と魔法が使える『色なし』で幹部だったら気付くと思うのだけど。
「そう、おじさん達、『黒の使徒』は『色なし』のわたしが魔法を使うのがお気に召さないみたい。
三年前に、皇后様の病気を治したり、東部の辺境に農地を作ったりしてから、『黒の使徒』に付け狙われるようになったの。
その度に返り討ちにしていたのだけど、あんまりしつこいから、いっそのこと『黒の使徒』を潰しちゃおうかなって思ったのよね。」
「黙って聞いていれば、ガキがなにを生意気なこと言いやがる。
俺達を潰すだ?ガキがふざけたこと言ってるんじゃねえよ。
……うん?、『色なし』の魔法使い…、三年前…。
あーっ!おまえが『白い悪魔』か!」
やっと気付いたみたい、本当ににぶいよ……。
「失礼な呼び方ね、悪魔だなんて。
わたしは誰一人として傷付けたことがないわよ、おじさん達とちがって。
東部の辺境の人にはこれでも聖女と呼ばれているんだから。」
「何か聖女だ!
おまえが現れたところはどこも俺達の組織はガタガタになっちまった。
悪魔でなければ、疫病神だ!」
「それはよかったわ、おじさん達『黒の使徒』を潰すためにやっているのだもの。
組織がガタガタになってくれないと困るのよ。」
「おまえ、それは本気で言っているのか。
おまえのような小娘一人で、帝国に深く根を張る俺達『黒の使徒』を本気で潰せると思っているのか。」
まあ、わたしのような子供が長年築き上げた来た巨大な組織を潰そうなどと言っても絵空事にしか聞こえないよね。
でもね、わたしがするのは火をつけるだけ、それを燃え上がらせるのは『黒の使徒』の連中が小馬鹿にしてきた民衆なのだとは考えもしないのだろうね。
「まさか、わたし一人で『黒の使徒』を潰せるなんて思い上がりはしていないわ。
わたしは切欠を作るだけよ、後は町の人がやってくれるわ。
おじさん達は民衆の力を馬鹿にしすぎよ。」
「民衆の力だと?それが何だというのだ。
民衆などというのは俺達の言うことに諾々と従うだけの存在ではないか。」
こいつはこんな大きな街の支配人だというけど、本当に幹部なんだろうか?
東部の辺境や南東部の港町で次々と民衆の力によって排斥されていると言う事実を知らないのだろうか。
もしかして、ここまで情報が届いていない?
そういえば、ルーイヒハーフェンの出来事を情報統制して民衆に知らせないようにしていたと言っていた。
いくら、情報とを統制しても人の口に戸は立てられない、そのうち何処かから情報は入ってくるもの。
ということは、さしもの商人の口コミ情報もまだここまでは届いてないのか。
まあ、それならそれでも良いや。
「そう、それじゃ、民衆の力の恐ろしさを身を持って知るといいわ。
わたしはおじさんを無傷で捕らえるわ、擦り傷一つ負わせないから安心して。
おじさんは民衆の前で法によって公正に裁かれるの。」
「ははは、笑わせるぜ。
所詮はガキだな、何が法によって裁かれるだ。
たかが誘拐如きで、俺達『黒の使徒』を裁くことなど出来る訳ないだろう。」
いつも思うのだけど、『黒の使徒』の連中って、何で自分達が法の支配を受けないって決め付けているんだろう。思い上がりも甚だしいよね。
「そう言ってられるのは今のうちだけよ。じゃあ、しばらく眠っていてね、おやすみなさい。」
わたしは光のおチビちゃんにヘスリヒを眠らせてもらい、衛兵さんに縄をうってもらった。
***********
眠ったまま拘束されているヘスリヒとその仲間を荷車に積んで、町の目抜き通りを領主の館に向かって歩いていく。
捕らえられたシュバーツアポステル商会の面々と護送するたくさんの衛兵、町の人の注目を集めるのは十分だった。
興味を引かれた野次馬たちがわたし達の後をついて来始めた。
一行は、目抜き通りを領主の館に向かう途中にある、シュバーツアポステル商会の支店の前まで来たの。
そこで一旦立ち止まると、わたしはソールさんに支店の中にいる人を全員眠らせて欲しいとお願いした。
わたしがおチビちゃんにお願いしたのではとてもこの大きな建物の中の人を全員眠らせるのは無理だから。
そして、ソールさんから完了を告げられるとわたしは衛兵さん達に言った。
「この建物の中にいる人を全員眠らせました。速やかに拘束していただけませんか。
全員眠ってますので、くれぐれも乱暴なまねはしないでください。
この建物の中の人は全員、法によって裁かれますので私刑はしないでくださいね。
それと、ソールさん、一緒に行って犯罪の証拠になるモノを根こそぎ押収してください。」
部外者のソールさんに証拠を押さえてもらうようお願いしたのは、衛兵さんの殆んどが文字が読めなかったので。帝国では識字率が低いのを失念していたよ。
衛兵隊長をはじめとしてここに残った衛兵さんは、わたし達と一緒に拉致の実行犯を乗せた荷車を引いて先に領主の館に向かうことにしたの。
領主の館ではリタさんが上手くやっているはずなんだけど。
**********
「男爵令嬢にもしものことがあったら、領主はどう責任を取るおつもりですか。
領主があんなならず者を放置するからこんなことになるのです。
このことについては大使館の方から帝国政府に断固として抗議をさせていただきます。」
領主の館の前まで行くと、脅迫状を持ったリタさんが館の中にも入らず玄関前で領主に向かって大きな声を上げていた。
よし、よし、ちゃんと打ち合わせ通りに進んでいるようだ。
わたしは頭から冷や水を浴びせかけヘスリヒの目を覚まさせた。
「領主様、あの穀物商の関係者を拉致監禁した犯人を現行犯で捉え連行しました。」
衛兵隊長が領主の前へ進み出て報告すると領主はわたしの隣に立つルーナちゃんの無事な姿を確認して安堵の声を上げた。
「衛兵隊長、でかしたぞ!良くやってくれた。
そちらのお嬢さんは傷一つ付いていないだろうな。」
それは、嘘偽りのない賞賛の言葉だった。
「おいこら、領主!
俺達を解放するように、早く衛兵に指示しろ。
あんた、たかが小娘二人を拉致したことぐらいで、俺達を罪に問おうと言うんじゃないだろうな。」
目を覚まさしたヘスリヒが領主にくってかかるが、それは領主の怒りに満ちた声にかき消された。
「馬鹿野郎!貴様のせいで儂の首が飛ぶところだったじゃないか!
他国の貴族の令嬢を拉致しておいて無事で済ます訳がないだろうが!」
リタさんは、領主が怒りの声を上げる横を通り過ぎて、ルーナちゃんの前まで歩み寄って言った。
「アルムート男爵令嬢、ご無事でございましたか?」
「ええ、私は問題ありません。
衛兵隊の皆さんがすぐに駆けつけてくれましたので、大事に至りませんでした。
しかし、このようなならず者共を野放しにしておくとはこの町の領主は何を考えているのかしら。」
ルーナちゃんは打ち合わせどおり貴族令嬢らしい言葉遣いでリタさんに返答してくれた。
「はい、その件については今領主と話しをしていたところです。
今後本国と相談し厳しく責任を追及しますので、しばしのお時間を頂戴できますか。」
リタさんの言葉に領主は顔を青くしているよ。
そこに上手く事情が飲み込めないヘスリヒが声を上げた。
「誰が男爵令嬢だって?この町人の恰好をした娘が貴族の令嬢だって言うのか?」
「この二人は王国の貴族が通う王立学園の生徒です。
今回カリキュラムの職場体験で貿易商の仕事を体験しにここへ来たのです。
貴族の服装で貿易商の手伝いが出来る訳ないでしょう。
あなたは友好国の貴族の娘を拉致監禁したのです厳罰に処されることを覚悟することです。」
まさかルーナちゃんが貴族令嬢だとは思ってなかったようで、さしものヘスリヒも声を失っていた。
『黒の使徒』の威光が及ばない隣国の貴族令嬢を拉致監禁したとあっては、領主としても流石に無罪放免にはできないだろうと悟ったらしい。
「領主、この者の言葉を聞いていますと、領主との癒着をほのめかす言葉が多く聞かれます。
被害者の私としては、領主とこの者に癒着により、この者の処分が適切になされないことを懸念しております。
私は、この者の裁きが公衆の面前で適切に行われることを強く希望します。」
ルーナちゃんのダメ押しの言葉が、領主に突きつけられたの。
領主は肩を落としてこう言ってたの。
「分かりました、仰せの通りにいたします。」
ルーナちゃん、ちゃんと打ち合わせどおりのセリフが言えたね。大変良く出来ました。
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