精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第393話 そして天罰がくだった……

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 さて、その後、皇帝は肩を落とし、

「魔法が使えなくなったのであれば、もう魔導部隊におる資格はないわ。
 焼くなり、煮るなり、勝手にすれば良い。」

と言って席を立った。よっぽどショックだったんだね。

 わたしは去っていく皇帝におチビちゃんを何人か監視に付けたの。

 やはり、そのくらいのことで大人しくなる皇帝ではない。その日の夜には気を取り直して悪巧みを始めたんだ。

 まあ、その悪巧みもおチビちゃんを通してわたしに伝わってしまうのだから幾らでも対処可能なんだけど。

 わたしはその日から帝都近郊にある屋敷に滞在して、公開の裁きの日までリタさんと共に根回しに奔走したの。


     **********


 そして、五日後、帝都の中心にある中央広場、その片隅に壇が設けられ周囲は一般の人が入り込めないように縄が張られていた。

 縄の外側には驚くほどたくさんの観衆が……、おらず……。
 集まった観衆の半分以上が『色の黒い人』だった。
 正直、それを見た皇帝は拍子抜けしたような顔をしている。

 観衆の数は三百人はいないと思う、『色の黒い人』以外は百人程度しかおらず、みな中年から初老の身なりの良い人ばかりだった。女性や子供は一人もいないし、血気盛んな若者もいないの。

 壇上中央に設けられた席に一人の年老いた紳士が腰掛けると高らかに宣言した。

「これより、皇帝陛下から委嘱された罪人に対する裁きを行う。」

 老紳士は、中立派の伯爵で既に退職しているがかつては法務畑を歩んできた人らしい。
 簡単な自己紹介の後こう付け加えたの。

「私は帝国の法に基づいて公正な裁きを行うことをここに誓おう。
 なお、公正に行われたことを示すために公開の場で裁きを行うが、これは傍聴している者に発言の機会を与えるものではない。
 野次を飛ばしたり、騒ぎ立てしたりして裁きの進行を邪魔立てした者は退場を命じるほか、悪質と認めたときは捕縛もありうるので、みな、静粛に傍聴するように。」

 壇上に最初に連れて来られたのは今回の騒動の発端となった男の子に暴行を加えたパン屋の店員である。
 店員を連れてきた担当者が罪状を読み上げたのだが……。
 呆れた事に最初にあげられたのは、今回の暴行容疑ではなく、商売敵の一家殺害の殺人罪だった。何だかなぁ……。

 伯爵が店員に罪状に間違いないかと問いただすと呆れた答えが返ってきたの。

「それがなんか文句あるか。
 俺達の商売を邪魔したんだ、殺されたって文句言えねえだろうが。
 それより、何で俺がそんなくだらないことで晒し者にならないといけねえんだ。
 俺より、無礼にも俺の手を切り落とした衛兵を裁くべきだろうが。」

 ああ、もう、何処から突っ込んだら良いのか。
 伯爵も呆れてしまって、言葉を失っているじゃない。

「おほぉん、失礼。
 では、罪状の認めるのだね。
 反省の色も見えないし、情状酌量の余地もないな。
 被告人を死罪とする。以上。」

 我に返った伯爵は呆けてしまった事を謝罪した後、店員に死罪を宣告したの。

「なに?
 俺が死罪だって、俺は何も悪いことしてねえぞ。
 当然のことをしただけだろう!」

 裁きに不服な店員が伯爵に喰ってかっかった。その時……。

「そうだ、そうだ。
 虫けらを殺したところで、罪にはならないだろうが。
 俺達、神に選ばれた者達にとって、こいつ等みたいな只人は虫けら同然。
 踏み潰したところで、どおってことはないだろうが。」

 と傍聴していた『色の黒い人』が、近くにいる一般の人を指差して言ったの。
 
 シーン……。

 しかし、このあからさまな挑発を一般の人は見事にスルーした。

 壇上の伯爵は顔をしかめて、

「この者の刑は確定した、早く連れて下がれ。
 それと、衛兵、あの暴言を吐いた騒がしい男を拘束しろ。
 裁きに進行の邪魔をしたのだ、きつくお灸を据えてやれ。」

と衛兵に指示した。

 支持を受けた衛兵が速やかに男の捕縛に向かったのだが、この男、何を考えたのか懐からナイフを取り出して、…。

「汚らわしい只人の分際で俺に触るな!
 俺は『黒の使徒』の一員なんだぞ、この無礼者が!」

 そう叫びながら衛兵に切りかかったの。
 素人が日頃訓練を欠かさない衛兵に敵う訳がなく…。

「ぎゃああああ!」

 ナイフを腕ごと切り落とされた、人の前で流血沙汰はやめて欲しい……。

「衛兵の分際で『黒の使徒』に対して何をしやがる。
 おい、伯爵!この衛兵は捕縛しないのか!
 こともあろうに『黒の使徒』に属する者に危害を加えたのだぞ!」

 腕を切り落とされた者の隣にいた男が壇上の伯爵に食って掛かると、伯爵はこう答えたの。

「いや、衛兵が捕縛しようとしたのに対しナイフを振り回して抵抗したであろう。
 職務執行中の衛兵に危害を加えようとしたのだ、本来であれば切り殺されても文句言えんぞ。
 そのくらいのことは子供でも親からきつく言われていることだろうに。
 いい歳してそんなことも知らんと言われたら、本当に呆れてモノも言えんぞ。」

 伯爵が心底呆れた様子で答えると傍聴席から笑いが溢れた。
 周囲から笑いものにされた男は顔を真っ赤にして怒っていたが、暴言を吐く前に衛兵に拠って摘み出されてしまった。

 さて、皇帝が『黒の使徒』と結託した悪巧みだが、非常に単純なことだった。
 いや、前もって知らなければ単純な手に引っかかったかもしれない。

 連中は、一般の観衆を挑発して手を出させようとしたんだ。
 民衆の方から手を出させて、騒ぎを大きくする。
 そして、裁きの場が台無しになったところで、魔導部隊を突入させて一般の観衆を制圧するの。
 最後に、民衆に要らぬ知恵を付けたらロクなことにならないとか、公衆の面前で公正な裁きなんか出来る訳がないとか難癖付けて、『黒の使徒』に逆らう人達を排除しようと考えたの。

 単純な手だけど、民衆が熱くなってしまうと意外と引っかかりそうだと思ったの。
 だから、リタさんと二人で、衛兵隊や街の顔役のところを回って、傍聴に来る人をなるべく少なくして、帝都に影響力がありかつ冷静な人に絞ってもらうことにしたの。
 血の気が多く、日頃から『黒の使徒』に恨みや不満を持っている人は絶対に近づけないようにと念押しして回ったんだ。
 その甲斐があって、今日傍聴に訪れたのは帝都の大商人の主人とかばかり、安い挑発には乗らず、何処吹く風とスルーしているの。

 皇帝たちの悪巧みはケントニスさんを通じて中立派の貴族にも伝えてあって、当日は進行妨害が入るから動揺せずに衛兵に指示を出してもらえば、衛兵が適切な処理をすると言ってあったの。


 『黒の使徒』以外の観衆が余りに少ないので皇帝や『黒の使徒』の連中は焦っただろうね。
 しかも、血の気の多そうな若者が一人もいない、これでは大した騒ぎになりそうもないもの。

 
     **********


 その後も、裁きが進むごとに『黒の使徒』が民衆の感情を逆撫でするようなことを言って挑発するが、その度に無視された挙句、進行妨害で伯爵に退場を言い渡されていた。

 しかし、ここまでの罪人、殆んどが死罪だった……。
 いや、帝国では簡単に死罪になると言うわけではないよ、殆んどの者が殺人に関与していたの。
 捕縛されている者、二百五十人程、殆んどが殺人に関与って、こいつら何人の人を殺めたんだ。
 裁きを下す伯爵も半ば呆れていて、機械的に死罪を申し渡している。
 審理する時間が短いのなんのって、だって殆んどの者が最初の男と同じで、罪状を全面的に認めた上で何が悪いと居直るんだもの。一日で全員の裁きが終わるペースだ。


 そして、裁きの場も大詰め、この日一番の大物、『黒の使徒』の司祭が連れて来られたの。
 他の人もそうだったけど、司祭もおチビちゃんにすっかり浄化されて自慢の『黒い色』がすっかりなくなっている。

 魔導部隊の隊員があっさりと皇帝に見捨てられた様に、『黒の使徒』のシンボルとも言うべき色を失った司祭を連中も見捨てると思ったのだけど意外と人望があったようだ。

 司祭が壇上に引っ立てられる直前のこと、傍聴している『色の黒い人』の中の数人が魔法の発動の準備をしているのに気づいたの。
 わたしは慌てて、壇の前に走ったよ。

「いともかしこし司祭様を人の身で裁こうなど、不遜も甚だしいぞ!
 神の怒りを知れ!」

 そう言って伯爵に撃ち放たれた特大の火の玉、その数七つ、一つでも中ったら命がないよ…。
 壇に到達する直前でなんとかその全てを風の術で天高く巻き上げることができた。

 上空高く巻き上げられ火の玉は次第に力を失い消えていく。
 皆一様に、その様子を見て言葉を失っていた。

「なんで、あんた達は毎回同じ手を使うかな…、まあ、こちらは対処が簡単で助かるけど…。
 人に向かってあんなに大きな火の玉を放ったら危ないでしょうが。
 中ったら死んじゃうよ。」

 わたしの言葉に我に返った『黒の使徒』の傍聴者がわたしを糾弾したの。

「貴様、なぜ我々の邪魔立てをする。
 神の使いである司祭様を人の法で裁こうとする不届き者に正義の鉄槌を下そうとしたのだぞ。」

 また、頭が痛くなるセリフを聞かされてしまった……。

「そう、じゃあ、あなたは人の身で傲慢にも神を騙った事に対して罰を受ければ良いわ。
 神はそんな傲慢な行いは赦さないと思うよ。」

(もう、話をするだけ面倒だわ、おチビちゃん、あいつ等一人残さずやっちゃって。)

 わたしが光のおチビちゃん達にお願いした刹那、傍聴していた約二百人の『黒の使徒』全員が光に包まれた。ううっ、全身のマナが吸い取られる……。
 後には、お約束の風景が広がるのだけど、初めて目にする人達、特に皇帝は仰天していたよ。


     **********


 わたしは傍聴の場に戻る前に、呆然としていた伯爵に問い掛けた。

「伯爵様!
 伯爵様に火の玉に魔法を投げ付けた不届き者の処遇はどうなされるのですか?」

 我に返った伯爵は衛兵に火の玉を放った七人を捕縛して連れてくるように支持したの。
 そして七人を目の前にして言ったの。

「おぬし等の中で貴族位を持つ者はおるか?」

 その問いに頷く者は誰もいなかった。

「そうか、平民が貴族を弑いそうとすることは、裁きを要しない大罪である。
 私は文官ゆえ生まれてこの歳まで人を殺めたことはなかったが、平民に殺されそうになって何もしないのでは貴族の尊厳に関ってしまう。
 私の信条にあわないがこれを赦すと貴族制を歪める事になる、これも法の定め故、赦せよ。」

 伯爵はそう言うと衛兵から剣を受け取り、それで七人の胸を不慣れな様子で一突きずつして言ったの。
 そして、全員が息を引き取ったことを確認すると、剣を衛兵に返し、皇帝の前まで進んで跪いた。

「御前を血で汚したことをお詫び申し上げます。
 陛下の御前で貴族を殺害しようと企てた不届き者七名をこの手で成敗いたしました。」

 恭しく言う伯爵に皇帝は渋々と言った表情でお褒めの言葉をかけたの。

「うむ、天晴れであった。帝国の秩序を乱す不届き者を成敗したのはしかと見届けたぞ。」

 この日、二つの大きな情報が帝都に拡散することになったの。

 ひとつは、『黒の使徒』の傲慢な振る舞いに天罰が中ったと言うこと。
 皇帝の御前で起こったこの現象は、『黒の使徒』の傲慢な行いは神の意思に反するものであり、人々はそれに従う必要がないことを示すものだとして市中に広まっていったの。

 そして、もう一つ、『黒の使徒』が貴族を害しようとした行為に無礼打ちが適用され、皇帝が公衆の面前ではっきりとそれを認めたこと。
 これは、『黒の使徒』に属する者が特権階級ではなく、平民に過ぎないことを広く市民に認識させることになったの。

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