精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第394話 やはりそこには大したものは無かったですか。

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 さて、一部の『黒の使徒』の暴走の結果として、そこにいた『黒の使徒』側の観衆二百人近くが『色なし』状態になるというハプニングが起こった裁きの場がどうなったか。
 すっかり自慢の『黒』が抜けてしまった信徒たちは、裁きを最後まで見届けることなく肩を落として退散してしまった。

 観衆が減って落ち着きを取り戻した会場は進行妨害もなくなり、粛々と判決が言い渡されていったの。
 判決を待つ罪人たちは傍聴する人たちの中に自分達に味方するものがいなくなったことに気付いているようだけど、最後まで態度を変えなかった。
 『黒の使徒』の連中にとって一般の人を虐げるのは当然の権利で、悪いことをしているとは微塵も感じていないらしい。
 罪状を全て認めた上でそれの何処が悪いと堂々と主張する様は、悪党ながら首尾一貫していていっそ清々しいくらいだったよ。
 
 裁きは順調に進み二百人以上の罪人全ての審理が一日で終わってしまった。
 その大部分は死罪で、死罪を免れたのはシュバーツアポステル商会の事務方の職員数名しかいなかった。

 全ての審理が終ったときの皇帝の不機嫌そうな顔ったらなかったよ。
 それはそうだろう、騒動を起こそうと仕組んだのに、一般の観衆は全く挑発に乗ってこず、『黒の使徒』側の観衆が勝手に自滅してしまったんだ。
 一般の観衆を制圧するために待機させた魔導部隊も出番なしだったものね。


   **********


 それから、三日後、帝都近郊にある精霊の森の屋敷、一旦王国へ帰ったわたしはヴィクトーリアさんとハイジさんを伴って戻ってきた。

 本当はハイジさんとは夏休みに入ったら一緒に帝国の西部地区を回る約束をしていたのだけど、帝都の騒動のために一週間ほど予定が遅れてしまったの。

 二人を連れてきたので、ケントニスさんが皇宮を抜け出して会いにきている。

「ターニャちゃん、この間は本当に助かったよ。
 伯爵を守ってくれて有り難う。
 おかげで、万事つつがなく終えることが出来た。
 しかも、でっかいおまけまで付いてきたんだ。」

 ケントニスさんは、わたしの顔を見るなりそんな風に上機嫌で謝辞を口にした。
 おまけ?なんだそりゃ?そんなに良いことがあったのだろうか。
 そんな疑問が顔に出ていたのかケントニスさんが教えてくれた。

 あの日、伯爵は『黒の使徒』の余りに無法な行いに非常に立腹したらしい。
 中立派の貴族を束ねて、『黒の使徒』の排除に関することに限り、全面的に皇太子派に協力してくれることになったんだって。
 これで数の上でも、帝国の貴族の過半数が『黒の使徒』の排除に回ったそうだ。
 それは上機嫌にもなるはずだ……。

 懸案だった穀物取引からのシュバーツアポステル商会の排除だけど、昨日正式に帝都の各所にある政府のお触れを掲示する場所に公示されたらしい。

 シュバーツアポステル商会及びそれに関係のある者を王国から輸入する穀物の払い下げ対象から除外すると共に流通過程にも関与を認めないという掲示が一つ。
 そして、もう一つ。王国から輸入する穀物の小売価格の上限が品目毎に公示され、これは王国からの輸入価格に変更がない限り変わらないと開示されたそうだ。
 とうぜん、シュバーツアポステル商会もこの価格を上回って販売することは許されない。因みにこの公示価格、従来シュバーツアポステル商会が販売していた小麦の価格の三分の一だそうだ。

 従来シュバーツアポステル商会が帝国政府から払い下げを受けていた価格は、これからの払い下げ価格と変わらない。
 だから、今抱えている在庫に関しては他の商人と同じ利益を得られるので損はないはず。
 でも、大幅に減少する利益、その大部分は『黒の使徒』の活動資金や役人達に対する賄賂に使われていた。
 今後はそんなことにまわす余裕がなくなるから、『黒の使徒』は困るね。
 それに、役人に便宜を図ってもらうことも難しくなるだろうね。


「それで、一寸気にかかる点があるんだ。
 シュバーツアポステル商会の本部の建物を立ち入り禁止にして、中にあるものを証拠として押収したのだけど……。
 金貨をはじめとする現金と小麦などの穀物在庫が異常に少ないのだ。
 穀物在庫に関しては主要な町に分散して備蓄していることも理由の一つのようではあるが。
 それにしても少ないのだ。」

 わたしはすぐにピンと来たが、念のために捕縛したものの中に総支配人という肩書きの人がいたかどうかを聞いてみた。
 以前ギリッグから聞いた話だと、シュバーツアポステル商会は他の商会みたいに特定の個人が経営しているのではなく複数の出資者が出資しているものだと言っていた。
 その出資者が実は『黒の使徒』だと知ったのは後のことなのだけど。
 そして、出資者の会合で各部門の支配人を決めて経営を任せるらしいが、支配人の取りまとめ役として総支配人という肩書きの人がいるそうだ。
 この総支配人というのがシュバーツアポステル商会の事実上のトップになるの。

 ケントニスさんから返ってきた答えは「否」だった。
 やっぱりと思ったの。

「帝都にあるシュバーツアポステル商会の本部は多分ダミーだと思います。
 その点は『黒の使徒』と同じですね、本当の本部はスタインベルグにあるのだと思います。
 金貨はそこに備蓄されているのではないでしょうか。」

 わたしが意見を述べると、ケントニスさんは納得したようで。

「そうか、トカゲの尻尾切りなんだね。
 どうりで、ここ数日集めた情報だと本部が摘発されたというのに、周辺の町にある支店では何事もなかったかのように普通に営業しているんだよ。
 帝都にある本部がダミーであれば納得だ。」

 ケントニスさんはそう言った後、話を変えたの。

「ところで、今回の件に関して『黒の使徒』の帝都の本部を摘発しろと言う意見が増えているのだけど皇帝が頑として許可しないんだ。
 ターニャちゃんは、拙速に帝都の本部を摘発しない方が良いと言っていたが、今でもそう思っているのかい。」

 今までは、わたし達が個人的に『黒の使徒』と戦っていたのであって、ケントニスさんはそれを擁護して『黒の使徒』の排除を叫んでいるに過ぎなかった。
 だから帝都のケントニスさんは直接動かない方が、『黒の使徒』の目を離反している地方都市に引き付けておく事が出来ると思っていたんだ。きっとその方が『黒の使徒』側は油断してくれると思うし。
 シュバーツアポステル商会の帝都本部を摘発してしまったのだから、『黒の使徒』の方も皇太子派が本腰を入れて排除に動いていることに気付いてしまっただろう。
 わたしとしては今回の帝都での騒動が早すぎたと感じているの。本当はもう少し西部地区を切り崩してからにして欲しかった。
 帝都で動きが起こってしまったからには、正直、どちらでもかまわない気がする。

「どちらでもかまわないと思いますよ。
 ただ、『黒の使徒』の帝都の本部を摘発しても大した収穫はないと思うし、向こうに強い警戒感を抱かせるだけだと思いますが。
 今は、皇帝に従って弱腰を装っていた方が得策な気がします。
 くれぐれもお願いしますが、スタインベルグには手を出さないでくださいね。
 それこそ、時期尚早ですし、あそこは道が狭くて大軍を送るのには向かない場所です。
 一方で、堅固な城壁で守られていて、多数の私兵も抱えています。
 下手に手を出すと大きな損害を出しますよ。」

 わたしはケントニスさんにそうお願いをし、もし皇太子派が『黒の使徒』の制圧のため派兵し負けようものなら、せっかく追い詰めた『黒の使徒』を勢い付かせる懸念もあると忠告したの。
 今は、有力な都市から『黒の使徒』を排除し、連中の補給を断つという、いわば兵糧攻めの最中だとして気長に構えるように伝えた。
 切羽詰ったら向こうから出てくるって。 

    

 
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