精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第440話 ウンディーネおかあさんの見つけたもの

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 何か気になることがあるようで、ウンディーネおかあさんが皇宮へ行きたいと言い出した。
 おかげで、わたしが皇宮へ行くこともみんな渋々承諾したのだけど。

 リタさんがわたしに釘を刺すように言ったの。

「ターニャちゃん、わかっているでしょうけど、皇宮の中では『色なし』の人は肩身が狭いですよ。
 自由に歩き回ることは出来ないと思ってくださいね。」

 リタさんはわたしが王国の王宮内を割と自由気ままに出入りしているのを見ている。
 帝国でも同じように振る舞うのではと心配しているみたいね。
 わたしだってちゃんと空気は読むわよ、失礼しちゃうわ…。

 こうして、精霊の森の待機組はミルトさん達と合流することになったの。

 魔導車に揺られて皇宮に行くと入り口で警備の兵士に制止された。
 兵士はわたし達に対して身分と訪問先、訪問の目的を訪ねてきた。

 皇宮が焼け落ち、皇帝が崩御した直後なので警備が厳しくなっているらしい。

 リタさんが自分の身分を明かし、ミルトさんの私的な関係者である私達をミルトさんの許に連れて行くと返答したの。

 兵士は魔導車の中を窺うと、来客の多くが『色なし』の子供であったため、怪訝な顔をした。
 しかし、大使館の公使であり男爵でもあるリタさんが連れてきた人物を無碍に扱う訳にもいかない。
 結局、女子供であれば害もないだろうと判断したようで、すんなりと通してくれた。

「ほら、この国では『色なし』と言うだけであんな風に見られるのですよ。
 皇宮内ではくれぐれも自重してくださいよ。」

 リタさんは心配性だな…。
 わたしだってここ数年帝国で活動してきたの、『色なし』がどう扱われているかは十分承知しているって。


 皇宮の敷地に入るとそこには無残にも焼け落ちた本宮の建物の残骸があった。
 その横を離宮に向かって通り過ぎていくのだけど、焼け落ちた建物をウンディーネおかあさんがいつになく真剣な表情で眺めている。

 何千年の時を生きる大精霊にとって大抵の事は些事のようで、五人のおかあさんの真剣な顔つきはついぞ見ないの。
 この間、わたしが死にかけた時くらいだよ、五人のおかあさんの深刻な顔をみたのは。

 そんなウンディーネおかあさんが、真剣な顔つきのままでリタさんに尋ねたの。

「この本宮の建物は、骨組みは木造だったのでしょうか?」

「いえ、御影石を積み上げて作られたもので、木の骨組みを使ったとは聞いていませんが。」

 リタさんの答えが想定外だったのか、ウンディーネおかあさんは更に表情を硬くして言った。

「少々、この焼け跡をじっくりとみたいのだけど、ここで降ろしてもらえないかしら。」

 ウンディーネおかあさんのいつもとは違う様子に気付いたリタさん。

「申し訳ございません。いま、焼け跡は厳重立ち入り禁止となっています。
 なにか重要なことの様ですので、正式な許可を取った方が邪魔が入らないで良いと思います。」

 ネルちゃんをザイヒト皇子の元へ送り届けるついでに、ケントニスさんの許可を取ってくるとリタさんは言ったの。
 ウンディーネおかあさんもリタさんの説明に納得したので、一旦ミルトさんの許へ向かうことにした。

 そして到着した王国の使節団が滞在する離宮、日頃から迎賓館として利用されているそうだ。
 流石に、外国の賓客向けの施設に瘴気の森産の木材で作られた調度品は設えてなかったよ。
 外国の賓客が体を壊したら大事だものね。


 ミルトさんの許に通されると、ミルトさんはわたし達、特にウンディーネおかあさんが一緒だったことに驚いたようだ。

 しかし、ネルちゃんの方が優先順位が高いようで、ネルちゃんの前に腰を屈めて話しかけた。

「ネルちゃん、良く来てくれたわね。
 ザイヒト皇子が元気ないの、一緒にいて励ましてあげて。
 きっと、ネルちゃんにしか出来ないことだから。
 よろしくお願いしますね。」

「うん、わかった!」

 ミルトさんからかけられた言葉に元気良く答えたネルちゃんは、リタさんに連れられてザイヒト皇子が滞在するケントニスさんの離宮に向かったの。

 ネルちゃんを見送ったミルトさんはこちらに向き直り、ウンディーネおかあさんに軽く頭を下げた。

「ウンディーネ様、お待たせして申し訳ございませんでした。
 あちらが急を要する件でございましたので。
 それで、ウンディーネ様がこちらに足を向けられるとは思いもよりませんでした。
 いったい、何があったのでしょうか。」

 ミルトさんは対応を後回しにしたことを謝罪し、用件を尋ねてきたの。
 わたし達の活動で大分マシになったとは言え、帝都は王国に比べ瘴気が濃い。
 瘴気を嫌う大精霊のウンディーネおかあさんが態々来るのは余程のことがあると感じたみたい。

「驚かせてゴメンね。そんな大げさなことではないわ。
 ターニャちゃんが暇を持て余して、ミルトのところへ行きたいと言っていたの。
 私も気になることがあったので、ついでに付いて来たのよ。」

 ウンディーネおかあさんは、ミルトさんへの気配りから、笑いながら大したことないと言ったの。
 でも、その目は笑っていなかった……。


     **********


 ミルトさんの部屋で暫く待っていると、リタさんが戻ってきたの。
 忙しいはずのケントニスさんを伴って…、まさか皇帝自ら来るとは思わなかった。

 リタさんの話だと、ヴィクトーリアさん達の部屋に通されたネルちゃんは、寝台の上で膝を抱えて蹲っているザイヒト皇子を無言で抱きしめると、そのまま何も言わずに寄り添っているそうだ。
 ザイヒト皇子が少しでも元気になれば良いね。

 で、ケントニスさんだけど……。

「あなたがティターニアさんのお母様ですか。
 先日この国の皇帝になったケントニスと申します。
 ティターニアさんには日頃並々ならぬお世話になっています。
 この度は私達が無理なお願いをしたせいでご息女の健康を害してしまい申し訳ございません。」

 いきなり、ウンディーネおかあさんに頭を下げた…、皇帝としての威厳など欠片もないよ……。

 どうやら、リタさんからわたしの母親が来たと聞いて、抗議に来たと勘違いしたらしい。
 因みに、ケントニスさんにはおかあさんが精霊だとは言っていない。
 ハイジさん達から聞いているかは知らないけど。
 
 それを聞いたウンディーネおかあさんはニコニコと笑って言った。

「いいのよ、あなたがやらせた訳ではないのでしょう。
 結果としてあなた方が得をしたとしても、この子が自発的やり始めたこと。
 あなたがそう謝ることもないわ。
 むしろ、黒い連中をとっちめるためにあなた方を利用したふしさえあるしね。」

 どうやら、ウンディーネおかあさんは、一国の皇帝であるケントニスさんがわたしの体のことに責任を感じて謝罪してきたことに機嫌を良くしたみたい。

「まあ、でも、あなた方が責任を感じるとしたら、あんな黒い連中を野放しにしたことでしょうね。
 あんな輩がいなければ、この子もそんなにむきにならなかったでしょうからね。
 そうそう、今日は文句をつけに来たのではないのよ。
 その黒い連中がしでかした現場を見せてもらいに来たの。
 あの燃え跡に入る許可を頂けないかしら。」

 ああ、『黒の使徒』にはご立腹なのね、奴らに好き勝手させたことには一言いいたかったのね。
 でも、従来は帝室の方が『黒の使徒』の傀儡だった訳だし、ケントニスさんはそれを知らなかったのだから苦情を言うのも可哀想だよ。

 で、ウンディーネおかあさんは本題を切り出したのだけど、いったい何がそんなに気になるのだろう?


     **********


 そしてやってきた焼け跡、ケントニスさんの住む離宮に近いところは焦げてはいるが建物は姿を残している。

 建物に沿って皇宮に入り口方面へ歩くと、本宮の中ほどは建物が崩れ落ちて無残な姿を晒しているの。
 丁度、魔導車の窓からウンディーネおかあさんが真剣な眼差しで見つめていた辺りだね。

 護衛の騎士の先導で崩れ落ちた建物部分に入ると、ウンディーネおかあさんは足元から何かを拾い上げた。

 黒い石ころ?

 ウンディーネおかあさんは拾い上げたそれを、日にかざしてしてじっくりと観察していた。
 そして、「見てみなさい」と言ってわたしに差し出したの。

「ガラス?」

 石ころかと思ったそれは、僅かに透明感を持ちキラキラと輝いている。

「黒曜石、大雑把に言えば天然のガラスね。
 ターニャちゃん、こんな堅固な石造りの建物が火災になるとこんな風に崩れ落ちたりしないの。
 普通はね、離宮に面した場所のように中の物は燃え尽きても建物の躯体は原形を留めているの。」

 やっぱり、ガラスなんだ。
 でも、ウンディーネおかあさんが言おうとしている事が、わたしには理解できなかった。
 周りを見てもみんな首を傾げているし……。

 そんな中で、ウンディーネおかあさんに言葉を返したのはハンナちゃんだった。

「黒曜石?
 あっ、火山だ!
 黒曜石って溶岩が急速に冷やされたものだって図鑑に書いてあった。」

 ウンディーネおかあさんはハンナちゃんの頭を撫でながら笑みをもらした。

 そして、

「ハンナちゃんは本当に博識ね、えらいわよ。
 そう、この黒曜石は溶けた建物の躯体がフェイの水で急激に冷やされて結晶化したものね。
 これを見つけただけでも、態々出向いてきただけの甲斐はあったわ。」

と言った。
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