精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第482話 ある老人からの便り

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 さて、コルテス王の暴走による私達への毒殺未遂事件が発覚してから損害賠償交渉はスムーズに進みました。

 交渉ごとは最初は吹っかけて、徐々に譲歩してお互い落し処を探るのが常です。
 今回も定石通り損害賠償額を水増しして請求しています。…二桁くらい。
 しかも、それを我が国の価値で計算した重量の純金による支払いを求めたのです。
 だって、互いの貨幣の交換比率から交渉するのは面倒じゃないですか。

 王家の別荘が破壊されたといっても敷地の外周を囲う塀のごく一部です。
 確かに堅固な石造りなので安いものではありません。
   しかし、請求したのは破壊一回当たり別荘そのものを建て直せるくらいの金額です。
 それが十年分です、私達王家が直轄領として持つ領地の年間収入より多いくらいです。

 最初それを聞いたとき、吹っかけるにも程があるだろうと思いました。
 実際、コルテス王国側も目を丸くし、ここ数日は金額の引き下げがもっぱら議題となっていました。
 コルテス王国側が法外だと言い出さなかったのは、離宮の修繕費として請求していたためです。

 今逗留している迎賓館もそうですが、コルテス王国の王室関連の施設はどれも大変お金が掛かっているようです。
 自国の事情に照らし王家の離宮が砲撃で壊されたのならその位の費用が掛かってもおかしくないと思っていたようです。
 まさか、塀のごく一部が壊されたくらいで女王自ら出張ってくるとは夢にも思わないのでしょう。
 あの大砲の破壊力で別荘本体に命中すれば実際にその位の損害になったかも知れませんね。

 それはともかく、毒殺未遂が発覚した翌日の交渉、その場でコルテス王国側が全面譲歩したのです。
 なんと、最初に提示した損害賠償額が満額認められたのです、支払いも要求通りの金塊です。
 ケーニギン・フローラの建造費を賄ってもお釣りがくる金額です。ここまで来た甲斐がありました。
 
 それから、深夜ケーニギン・フローラを襲撃しようとする企ても止まりました。
 数日に亘り、毎朝港で寝こけている王都防衛隊の兵士達の噂が軍務卿など軍上層部の耳に入ったそうです。

 王都防衛隊に査察が入り、その際に最新型のマスケット銃を大量に紛失していたことが発覚したとのことでした。
 紛失した当事者は厳罰に処せられるようで沙汰が決まるまで謹慎、王都防衛隊には規律の引き締めが命じられたようです。

 そして、責任者であるコロン少将ですが、彼は査問にかけられるそうです。
 王都防衛隊の隊長は解任、降格の上、閑職に飛ばされるみたいです。
 王が無能だととばっちりを食う下の者が気の毒ですね。
 コロン少将もあまり出来が良いとはいえないようですが。


     **********


 やっと、交渉が前進する見通しが立ったので、私はテーテュスさんとターニャちゃんにあるお願いをしました。

 テーテュスさんには今まで我が国に辿り着いたコルテス王国海軍の隊員達の中で、今我が国に協力してもらっている者から家族に宛てた書簡を郵便事務所へ託すようにお願いしました。
 彼らには申し訳ないですがコルテス王国に返す訳にはいきません。我が国の内部事情を知ってしまった者が多いですから。
 その代わりといっては余りにも些細なことですが、今回家族に無事を知らせる便りを請け負ったのです。
 一応、彼らの目の前で検閲して秘密事項に当たることは書かれていないことを確認してから封緘しました。


 私の依頼で、ターニャちゃんが訪れたのは王都郊外にある閑静な住宅街だったそうです。

 そこでは私達と同じ歳頃のご婦人が子供と一緒に洗濯物を干している最中だったとのことでした。

「あら、きれいな銀髪、可愛らしいお嬢ちゃんね。
 うちの娘のお友達にしては少し大きいようだけど、うちに何かご用かしら?」

 庭を覗き込んだターニャちゃんにご婦人が尋ねてきたそうです。

「コルテス海軍のピサロ提督のご自宅はここでよろしいのでしょうか?」

 ターニャちゃんの問い掛けにご婦人は不思議そうな顔をしたみたいです。
 それはそうですよね、ターニャちゃんの姿は十二才のままですから。
 ピサロ提督が我が国を訪れてから十八年が過ぎているのです。
 この国を発ったのはもっと前です、普通に考えればピサロ提督のことを知るはずがありません。

「ピサロは私の祖父ですが、もう随分と昔に亡くなっております。
 祖父がどうかしましたか?」

「ピサロ提督からイザベラさん、あなたに宛てた手紙と伝言を預かっています。
 中に入れていただけますか?」

 念のため、お孫さんの名前を聞いておいたのです、初対面の時に話を信用してもらえない時に使うようにと。

「何故、私の名前を?
 祖父が生きていると言うのですか?」

「イザベラさんのお名前はピサロ提督から伺いました。
 ピサロ提督はご健在ですよ、今は北の大陸でのんびりと暮らしています。」

 イザベラさんは半信半疑のようですが、ターニャちゃんを家に入れても害のない人物だと思ったのでしょう。とりあえずは、家に入って話は出来たそうです。

 応接に通されたターニャちゃんはピサロ提督から託された手紙をイザベラさんに渡しました。
 その手紙は非常に枚数の多いもので、ピサロ提督がマゼランの港を出港してから今日のことまで綴られたものでした。勿論、検閲しました、秘密事項がもれるといけませんから。

 もっとも、元軍人だけあってどのような内容が検閲対象になるか理解しており、ちゃんとそれを避けるように文章が作られていました。

 そして、最後には自分は元気だから安心して欲しいと言う文言とイザベラさんの身を案ずる文言で締め括られていました。

「おじいちゃん……。」

 子供の頃はピサロ提督のことをそう呼んでいたのでしょう。そう一言呟いて涙を流したそうです。

「で、ピサロ提督からの伝言なのだけど。
 もし良かったら北の大陸に来て一緒に暮らさないかだって。」

 ピサロ提督はテーテュスさんから定期的にもたらされる報告や南の大陸を逃れてきた医師達からの情報で、南の大陸に戦火が広がっていることを懸念しています。
 マゼランの町に住んでいるはずのお孫さんを大変心配していたのです。

「それは、どういうことですか?」

「ピサロ提督は最近まで王室の相談役みたいな仕事をしていたの。
 お歳を召されて退職したんだけど、功績が認められて家を下賜されて、生涯年金も貰えるの。
 今、こっちの大陸は戦争の真っ最中でここも安全とはいえないのでしょう?
 ピサロ提督もお歳を召されて一人では寂しいって、一緒に暮らさないかと言っているの。」

 ピサロ提督には、我が国にお孫さんがいらしても生活に困らないように、お孫さんとその旦那さんには相応の仕事を紹介すると言ってあります。
 ターニャちゃんもそのことをイザベラさんに伝えてくれたそうです。


 イザベラさんはターニャちゃんの説明を聞くと黙って考え込んだそうです。
 こんなことを即断しろといっても無理ですよね、旦那さんと相談しないといけないでしょうし。
 ターニャちゃんが後日またくると残して辞去しようとした時のことらしいです。

「行きます、私達母子をお祖父ちゃんの許に連れて行ってください。」

 即断でした。
 ターニャちゃんが旦那さんと相談しなくて良いのかと尋ねたところ、旦那さんは数年前に戦死されているそうです。
 お父様も職業軍人で戦没されたとのことで、伴侶の戦死に気落ちしたお母様も早逝したそうです。

 イザベラさんは戦争ばかりしているこの国に嫌気が差していたとのことでした。
 しかし、父親と旦那さんの遺族年金で不自由の無い暮らしをしていることと戦禍を逃れるにしても行く当てのないことから我慢していたそうなのです。
 小さな娘のことを考えたら、ピサロ提督の手紙に平和な国と記されている我が国に移住した方が良いと決断を下したとのことでした。

 ターニャちゃんは、イザベラさんに出航の日が決まったら迎えに来ると伝えたそうです。
 それまでに旅立ちの準備をしておくようにとも。

 私達に囚われの身になってから十数年、あのお爺ちゃんは我が国に多大な貢献をしてくれました。
 南の大陸の技術、制度、文化などを教えてもらい、その中から良いものを我が国に取り入れるため色々と骨を折ってくれたのです。

 後から捕らえた者に対し、我が国に協力するように説得してくれたのもピサロ提督でした。
 おかげで、大分良い人材も手に入れることが出来ました。
 
 何はともあれ、あのお爺ちゃんの労に少しは報いることが出来たでしょうか。
 ピサロ提督には、このマゼランと気候が似通ったポルトの町の一等地に屋敷を一つ下賜してあります。
 そこで、イザベラさん母子とのんびり暮らして欲しいと思います。

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