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第一羽 やみよにからすゆきにさぎ
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いかにも地方の駅前の風情といった食堂、夕飯時を迎えて賑わっていた。
殆どのテーブルに食前の晩酌の代わりのビールが置かれ、コップに注がれる。
お互いが喋りながらも、注文した料理が来るまではテレビが視線を集めていた。
その外国のニュースを紹介するテレビ番組には、カラスが映っている。
カラス達は訓練されているのか、タバコの吸い殻を拾いクチバシに咥えて持って来るのだ。
それをケースに入れるとトレイが移動して餌が食べられるシステムになっている。
カラスは賢いので一度記憶すると、その行動を繰り返して餌を貰う。
その一部始終をレポーターが画面に向かって話し続けていた。
「ふ~ん、外国のカラスって頭が良いんだなぁ。」
「カラスに日本も外国もないでしょ~?」
「でも、あんなに人間の役に立つカラスはいないよなぁ。」
二人の会社員が、ビールを呑みながらテレビ番組を酒の肴にしていた。
画面ではカラスの知能の高さについて学者風コメンテーターが喋っている。
その専門的な話には興味が無い二人は、テレビそっちのけで話し始めた。
「日本のカラスは頭が良くなると天狗になるからね~。」
「そうだよなぁ、この辺には大勢おるからなぁ。」
この辺…、そう言う二人がいるのは京都のとある駅前食堂。
京都でカラスと言えばカラス天狗、本場の鞍馬山までそんなに遠くもないのだ。
「あの課長も天狗になってるよなぁ。」
「実力も人望も無いのに、部長への媚びだけは売るの上手いからね~。」
「やだやだ、みっともないよぉ。」
「無駄に鼻だけ高くしても、いつかはへし折れるって~。」
「なら、いいんだけどねぇ。」
そんな会話をしている会社員達を避けてテレビ画面を見ているものが、いた。
しかも食堂の窓の外に立っている電柱の上から。
その姿は街灯りを受けずに、夕食時の薄闇に紛れている。
…まさに闇夜のカラスそのものであった。
ただ、その見た目がかなり小さい。
その小ささで目に留まらないのか、黒くて見えにくいのか微妙な所。
小さなカラスは一生懸命テレビ番組を見ていた。
その瞳は好奇心に満ちて輝いている。
画面ではカラスが健気にタバコの吸い殻を集めていた。
そして番組が終わると同時に、電柱から飛び立っていったのである。
かぁ…、かぁ…。
残されたその鳴き声が微かに聞こえたのか、会社員達は窓の外を見た。
だがその時には既に、遥か彼方で羽ばたいていたのである。
目的地かと思われた鞍馬山もひとっ飛びで置き去りに。
あっという間に、山々を見下ろしながら飛んで行く。
ぐんぐん速度を上げて、お隣である岐阜県にまで入ってしまった。
更に山の奥へ奥へと進路を取っていく。
そのカラスは、まるで人間界から自分の世界へ戻るかの様である。
それは自然に還る、と言っても良いだろう。
辿り着いたのは飛騨高山の先、白川郷であった。
合掌造りと呼ばれている独特の屋根は、もう既に雪化粧で真っ白である。
その内の一軒の屋根に止まったカラスは羽を畳んで休んでいた。
すると、途端にカラスのトレードマークである体が変化し始めたのだ。
カラスの所以である黒光りした羽が、どんどん白くなっていった。
まるでカメレオンが身体を保護色に変えてしまう様に。
カラスだった筈なのに…、いつの間にか真っ白な鳥になっていた。
その隣に、もう一羽のカラスが飛んできて止まる。
「お帰り、マメ。」
「ただいま。」
帰ってきたカラスを迎えに来た様である。
その身体が一回り以上は大きかった。
「どこに行ってたんだい?」
「ヒトの里…、外国のカラスって賢いんだね。」
「カラス?」
「ヒトの為にゴミを拾って持ってくるんだよ、偉いね。」
「何故、ヒトはゴミを自分で拾わないんだい?」
「あ…。」
「マメはヒトが好きだからな…、信用し過ぎてるのは気を付けてな。」
大きい方のカラスは、どうやら兄貴分の様である。
小さい方のカラス…今は真っ白だけれど、マメと呼ばれていた。
マメはヒトに興味津々で、よくカラスに化けて人間界隈を覗きにいっている。
彼等は妖怪界隈では天狗と呼ばれている存在だ。
よくカラスの姿に化けるので、カラス天狗と呼ばれていた。
彼等は人間達と共存共栄をしていくのが基本方針である。
特にこの辺りは、無理矢理な開発で自然破壊を進めないのが良かった。
きちんと自然を敬い、神様仏様を祀ってくれさえすれば争う理由なんて無い。
大自然からのエネルギーさえ受け取れれば、生きていけるのだから。
「ヒトはね、お酒を呑むと大天狗様みたいに顔が真っ赤になるね。」
「ほう、真っ赤とな。」
「だけど大天狗様と違って、呑んだ途端に威厳が失くなってしまう。」
「酔っ払う、ってヤツだね。」
「そうなの?」
「そういうヒトを酔っ払いと言うんだよ。」
「ヨッパライ?」
「そうだ。」
「ヒトなのにヨッパライになるの?」
「ヨッパライはな、他のヒトに迷惑を掛けるんだ。」
「ふうん、良くないね。」
「そう、なのに自分は覚えていない事が多い。」
「覚えてないの…。」
まだマメは、人間界隈に降りて日が浅かった。
ヒトに関しての知識も経験も少ない。
「他のヒトの話で、天狗になっているって言っててビックリした。」
「ほうほう。」
「鼻が折れればいい…、とも言っていたんだよ。」
「ほうほう。」
「あの人達には天狗の本当の姿が…、見えるの?」
「いやいや。」
「そうなの?」
天狗には時間というものが無い。
生命の力を使い果たしてしまわなければ、死ぬという事もない。
つまり人間達に取っては、自分達よりも神様に近しい存在という事になる。
そして神ではないのだから、それが厄介でもあり揶揄したくなるのも当然。
…鼻が高くなる。
…天狗になる。
良い意味では使われる言葉ではない。
そして彼等には姿が見えてはいないのだから余計である。
天狗はヒトの気配を感じる所では姿を変えてしまう。
ヒトは自分の知識外のものには畏怖の念を抱いてしまうのだ。
天狗達は天狗達で、自分達が完全ではないのをちゃんと解っている。
自分達は神ではない。
お互いに助け合う事はあるだろうが、奉られるのは少しだけ苦手だった。
共存共栄。
お互いの領域を知って守り、バランスを取りながら仲良くしたいだけであった。
だがいつも、そのバランスを崩してしまうのはヒトの方である。
天狗は、そのフォローをしながら代々ヒトを見続けてきた。
だから妖怪と呼ばれる存在の中でも、一番ヒトを理解出来ている自負はある。
「ヒトに見えているのはカラスの姿だけだよ。」
「うん。」
「それは容れ物なんだ。」
「いれもの?」
「そう、ヒトに見えても大丈夫な容れ物。」
「大丈夫って?」
「怖くない様に…って事なんだよ。」
「ふうん。」
確かにカラスが喋ったらビックリしちゃうだろうな…。
そして怖くなっちゃう。
…マメはマメなりに理解した。
「ねぇ、ガルウダ。」
「ん?」
「ヒトって弱い生き物なんだね、いつかは死んじゃうし。」
「そうだね。」
「だから守ってあげなきゃいけないんだよね?」
マメは不思議だった。
ヒトだけじゃない…、なんで神様は死なせちゃうのだろう?
「そう、ヒトと共に暮らせて初めて生命の大切さが解るんだ。」
「いのち…。」
「そう、我々とは違う生き物達。」
「死んじゃうヒト達…。」
その時、彼等が休んでいる家の前に車が停車した。
降りて来たのは白衣を着た男女である。
大きい鞄を抱えたまま家のベルを鳴らした。
ドアを開けた住人は疲れた顔をしたまま出迎える。
「先生…。」
「もし呼べるなら、ご家族を集めて頂ければ…。」
家の中ではかなりの高齢者が床に伏せっていた。
家族が廻りに集まって見つめている。
その光景を窓越しに見ていたマメとガルウダ。
心配そうなマメに、ガルウダが優しく語り聞かせた。
「大丈夫だよマメ、あのヒトは助かるよ。」
「本当?」
「うん、まだ生命が失くなる気配がしていないから。」
「そう…良かった。」
ホッとしている表情のマメにガルウダが囁いた。
「だけどカラスが屋根に止まっていたら心配するよ、行こう。」
「心配するの、何で?」
「我々はヒトに取っては不吉な存在なんだよ。」
「ふきつ?」
「黒い色はヒトに取っては怖いんだ。」
マメは得意げに羽を拡げて見せた。
屋根に積もった雪に合わせて、白く変化させていたからである。
その姿を見て、ガルウダは苦笑した。
白と黒じゃ、余計に葬儀を連想させちまうじゃないか…。
「まあ、取り敢えず他の家の屋根で休もうや。」
「うん。」
屋根から飛び立った時に、窓の中の様子が伺えた。
ベッドを囲んでいる家族全員が立ち上がって患者を見ている。
医者と看護師が患者の手を握っている様だ。
どうやら意識が戻ったらしい…。
マメはガルウダに付いて飛んでいくのが精一杯であった。
体格に差があるから辛いのである。
程なくして次の休む家を見つけ出した。
白川郷は夜間ライトアップの為に、明るいので死角が少ない。
荻町地区まで飛んで行った。
まだ合掌造り集落で実際に生活しているので、ライトアップよりも普通の灯りである。
マメとガルウダは一軒の家の屋根で休む事にした。
マメは白いカラスの姿、ガルウダは黒い色のままである。
雪景色の中で黒い身体は目立って仕方が無い。
ガルウダもマメに見習って身体を変色させる事にした。
少しづつ黒い羽が白く染まりつつある。
フォルムの大きさが違い過ぎる為か、マメよりもかなり時間を要した。
そして…、とうとう真っ白なカラスに変身出来たのである。
ガルウダは、その真っ白になった身体をマメに見せ付けた。
これ見よがしに羽を開いて、見せびらかしたりしたのである。
その時に二人は同時に気が付いた。
物凄く強い視線が二人に注がれていたのである。
その視線の持ち主はヒトであった。
彼は車に乗っていたのだ。
町灯りが車を照らし、その反射光で中が見えなかったのである。
民家の密集地だからヒトの気配はしていた。
もちろんガルウダは、その気配には気付いていたのである。
だが車内から、自分達を見ていたとは油断した。
カラスの身体や羽が変色していく、その一部始終を見られていたのだ。
マメもガルウダも固まった。
もしかしたら自分たちの存在が、知れ渡ってしまうのだろうか?
そのヒトは車のドアを開けた、足を降ろそうとして滑る。
雪?
まだ降り積もってるだけだから、凍ってはいないのに?
起き上がった彼は、お尻の部分についた雪を払い落としている。
それから財布を出して、運転していたヒトにお金を渡す。
受け取った車は雪道を走り去っていった。
彼は、服に付いた雪をもう一度払った。
そしてマメ達の方を見上げたのだ。
彼はタクシーの運転手がお釣りを用意している間、確かにマメ達を見ていた。
白いカラスの隣で、黒いカラスが白くなる一部始終を。
だが彼は全く驚いてはいなかった。
何故なら、彼は…。
「あっ、ヨッパライさんだ。」
そのヒトの顔を見て、思い出したマメは思わず言った。
ヒトの顔、正確には顔色を見たのではあるが。
「酔っ払い?」
「うん。」
聞き返したガルウダに、マメは話し続けた。
「ヨッパライさん、大天狗様と同じ顔色だもの。」
「…そうだな。」
確かに、そのヒトの顔は真っ赤であった。
マメが夕飯時に京都のとある駅前食堂で見た会社員達よりも赤い。
「ヨッパライは覚えてないんでしょ?」
「…そうだな。」
「じゃあ、大丈夫だよね?」
「ああ、心配には及ばないな。」
小さな白いカラスの横で、大きいカラスが白くなるなんて。
例え、酔っていなくても誰も信じないに決まっている。
マメとガルウダは再び飛び去った。
誰の視線も届かない柔らかな屋根を目指して。
その酔っ払いは自宅のドアを開けて玄関に入る。
ドアを閉める時に外の雪景色を眺めながら、ふと思った。
真っ黒なカラスが真っ白に変わる訳が無いよなぁ…。
それこそ闇夜のカラス、雪にサギだよなぁ。
白いカラスじゃ詐欺だよなぁ。
殆どのテーブルに食前の晩酌の代わりのビールが置かれ、コップに注がれる。
お互いが喋りながらも、注文した料理が来るまではテレビが視線を集めていた。
その外国のニュースを紹介するテレビ番組には、カラスが映っている。
カラス達は訓練されているのか、タバコの吸い殻を拾いクチバシに咥えて持って来るのだ。
それをケースに入れるとトレイが移動して餌が食べられるシステムになっている。
カラスは賢いので一度記憶すると、その行動を繰り返して餌を貰う。
その一部始終をレポーターが画面に向かって話し続けていた。
「ふ~ん、外国のカラスって頭が良いんだなぁ。」
「カラスに日本も外国もないでしょ~?」
「でも、あんなに人間の役に立つカラスはいないよなぁ。」
二人の会社員が、ビールを呑みながらテレビ番組を酒の肴にしていた。
画面ではカラスの知能の高さについて学者風コメンテーターが喋っている。
その専門的な話には興味が無い二人は、テレビそっちのけで話し始めた。
「日本のカラスは頭が良くなると天狗になるからね~。」
「そうだよなぁ、この辺には大勢おるからなぁ。」
この辺…、そう言う二人がいるのは京都のとある駅前食堂。
京都でカラスと言えばカラス天狗、本場の鞍馬山までそんなに遠くもないのだ。
「あの課長も天狗になってるよなぁ。」
「実力も人望も無いのに、部長への媚びだけは売るの上手いからね~。」
「やだやだ、みっともないよぉ。」
「無駄に鼻だけ高くしても、いつかはへし折れるって~。」
「なら、いいんだけどねぇ。」
そんな会話をしている会社員達を避けてテレビ画面を見ているものが、いた。
しかも食堂の窓の外に立っている電柱の上から。
その姿は街灯りを受けずに、夕食時の薄闇に紛れている。
…まさに闇夜のカラスそのものであった。
ただ、その見た目がかなり小さい。
その小ささで目に留まらないのか、黒くて見えにくいのか微妙な所。
小さなカラスは一生懸命テレビ番組を見ていた。
その瞳は好奇心に満ちて輝いている。
画面ではカラスが健気にタバコの吸い殻を集めていた。
そして番組が終わると同時に、電柱から飛び立っていったのである。
かぁ…、かぁ…。
残されたその鳴き声が微かに聞こえたのか、会社員達は窓の外を見た。
だがその時には既に、遥か彼方で羽ばたいていたのである。
目的地かと思われた鞍馬山もひとっ飛びで置き去りに。
あっという間に、山々を見下ろしながら飛んで行く。
ぐんぐん速度を上げて、お隣である岐阜県にまで入ってしまった。
更に山の奥へ奥へと進路を取っていく。
そのカラスは、まるで人間界から自分の世界へ戻るかの様である。
それは自然に還る、と言っても良いだろう。
辿り着いたのは飛騨高山の先、白川郷であった。
合掌造りと呼ばれている独特の屋根は、もう既に雪化粧で真っ白である。
その内の一軒の屋根に止まったカラスは羽を畳んで休んでいた。
すると、途端にカラスのトレードマークである体が変化し始めたのだ。
カラスの所以である黒光りした羽が、どんどん白くなっていった。
まるでカメレオンが身体を保護色に変えてしまう様に。
カラスだった筈なのに…、いつの間にか真っ白な鳥になっていた。
その隣に、もう一羽のカラスが飛んできて止まる。
「お帰り、マメ。」
「ただいま。」
帰ってきたカラスを迎えに来た様である。
その身体が一回り以上は大きかった。
「どこに行ってたんだい?」
「ヒトの里…、外国のカラスって賢いんだね。」
「カラス?」
「ヒトの為にゴミを拾って持ってくるんだよ、偉いね。」
「何故、ヒトはゴミを自分で拾わないんだい?」
「あ…。」
「マメはヒトが好きだからな…、信用し過ぎてるのは気を付けてな。」
大きい方のカラスは、どうやら兄貴分の様である。
小さい方のカラス…今は真っ白だけれど、マメと呼ばれていた。
マメはヒトに興味津々で、よくカラスに化けて人間界隈を覗きにいっている。
彼等は妖怪界隈では天狗と呼ばれている存在だ。
よくカラスの姿に化けるので、カラス天狗と呼ばれていた。
彼等は人間達と共存共栄をしていくのが基本方針である。
特にこの辺りは、無理矢理な開発で自然破壊を進めないのが良かった。
きちんと自然を敬い、神様仏様を祀ってくれさえすれば争う理由なんて無い。
大自然からのエネルギーさえ受け取れれば、生きていけるのだから。
「ヒトはね、お酒を呑むと大天狗様みたいに顔が真っ赤になるね。」
「ほう、真っ赤とな。」
「だけど大天狗様と違って、呑んだ途端に威厳が失くなってしまう。」
「酔っ払う、ってヤツだね。」
「そうなの?」
「そういうヒトを酔っ払いと言うんだよ。」
「ヨッパライ?」
「そうだ。」
「ヒトなのにヨッパライになるの?」
「ヨッパライはな、他のヒトに迷惑を掛けるんだ。」
「ふうん、良くないね。」
「そう、なのに自分は覚えていない事が多い。」
「覚えてないの…。」
まだマメは、人間界隈に降りて日が浅かった。
ヒトに関しての知識も経験も少ない。
「他のヒトの話で、天狗になっているって言っててビックリした。」
「ほうほう。」
「鼻が折れればいい…、とも言っていたんだよ。」
「ほうほう。」
「あの人達には天狗の本当の姿が…、見えるの?」
「いやいや。」
「そうなの?」
天狗には時間というものが無い。
生命の力を使い果たしてしまわなければ、死ぬという事もない。
つまり人間達に取っては、自分達よりも神様に近しい存在という事になる。
そして神ではないのだから、それが厄介でもあり揶揄したくなるのも当然。
…鼻が高くなる。
…天狗になる。
良い意味では使われる言葉ではない。
そして彼等には姿が見えてはいないのだから余計である。
天狗はヒトの気配を感じる所では姿を変えてしまう。
ヒトは自分の知識外のものには畏怖の念を抱いてしまうのだ。
天狗達は天狗達で、自分達が完全ではないのをちゃんと解っている。
自分達は神ではない。
お互いに助け合う事はあるだろうが、奉られるのは少しだけ苦手だった。
共存共栄。
お互いの領域を知って守り、バランスを取りながら仲良くしたいだけであった。
だがいつも、そのバランスを崩してしまうのはヒトの方である。
天狗は、そのフォローをしながら代々ヒトを見続けてきた。
だから妖怪と呼ばれる存在の中でも、一番ヒトを理解出来ている自負はある。
「ヒトに見えているのはカラスの姿だけだよ。」
「うん。」
「それは容れ物なんだ。」
「いれもの?」
「そう、ヒトに見えても大丈夫な容れ物。」
「大丈夫って?」
「怖くない様に…って事なんだよ。」
「ふうん。」
確かにカラスが喋ったらビックリしちゃうだろうな…。
そして怖くなっちゃう。
…マメはマメなりに理解した。
「ねぇ、ガルウダ。」
「ん?」
「ヒトって弱い生き物なんだね、いつかは死んじゃうし。」
「そうだね。」
「だから守ってあげなきゃいけないんだよね?」
マメは不思議だった。
ヒトだけじゃない…、なんで神様は死なせちゃうのだろう?
「そう、ヒトと共に暮らせて初めて生命の大切さが解るんだ。」
「いのち…。」
「そう、我々とは違う生き物達。」
「死んじゃうヒト達…。」
その時、彼等が休んでいる家の前に車が停車した。
降りて来たのは白衣を着た男女である。
大きい鞄を抱えたまま家のベルを鳴らした。
ドアを開けた住人は疲れた顔をしたまま出迎える。
「先生…。」
「もし呼べるなら、ご家族を集めて頂ければ…。」
家の中ではかなりの高齢者が床に伏せっていた。
家族が廻りに集まって見つめている。
その光景を窓越しに見ていたマメとガルウダ。
心配そうなマメに、ガルウダが優しく語り聞かせた。
「大丈夫だよマメ、あのヒトは助かるよ。」
「本当?」
「うん、まだ生命が失くなる気配がしていないから。」
「そう…良かった。」
ホッとしている表情のマメにガルウダが囁いた。
「だけどカラスが屋根に止まっていたら心配するよ、行こう。」
「心配するの、何で?」
「我々はヒトに取っては不吉な存在なんだよ。」
「ふきつ?」
「黒い色はヒトに取っては怖いんだ。」
マメは得意げに羽を拡げて見せた。
屋根に積もった雪に合わせて、白く変化させていたからである。
その姿を見て、ガルウダは苦笑した。
白と黒じゃ、余計に葬儀を連想させちまうじゃないか…。
「まあ、取り敢えず他の家の屋根で休もうや。」
「うん。」
屋根から飛び立った時に、窓の中の様子が伺えた。
ベッドを囲んでいる家族全員が立ち上がって患者を見ている。
医者と看護師が患者の手を握っている様だ。
どうやら意識が戻ったらしい…。
マメはガルウダに付いて飛んでいくのが精一杯であった。
体格に差があるから辛いのである。
程なくして次の休む家を見つけ出した。
白川郷は夜間ライトアップの為に、明るいので死角が少ない。
荻町地区まで飛んで行った。
まだ合掌造り集落で実際に生活しているので、ライトアップよりも普通の灯りである。
マメとガルウダは一軒の家の屋根で休む事にした。
マメは白いカラスの姿、ガルウダは黒い色のままである。
雪景色の中で黒い身体は目立って仕方が無い。
ガルウダもマメに見習って身体を変色させる事にした。
少しづつ黒い羽が白く染まりつつある。
フォルムの大きさが違い過ぎる為か、マメよりもかなり時間を要した。
そして…、とうとう真っ白なカラスに変身出来たのである。
ガルウダは、その真っ白になった身体をマメに見せ付けた。
これ見よがしに羽を開いて、見せびらかしたりしたのである。
その時に二人は同時に気が付いた。
物凄く強い視線が二人に注がれていたのである。
その視線の持ち主はヒトであった。
彼は車に乗っていたのだ。
町灯りが車を照らし、その反射光で中が見えなかったのである。
民家の密集地だからヒトの気配はしていた。
もちろんガルウダは、その気配には気付いていたのである。
だが車内から、自分達を見ていたとは油断した。
カラスの身体や羽が変色していく、その一部始終を見られていたのだ。
マメもガルウダも固まった。
もしかしたら自分たちの存在が、知れ渡ってしまうのだろうか?
そのヒトは車のドアを開けた、足を降ろそうとして滑る。
雪?
まだ降り積もってるだけだから、凍ってはいないのに?
起き上がった彼は、お尻の部分についた雪を払い落としている。
それから財布を出して、運転していたヒトにお金を渡す。
受け取った車は雪道を走り去っていった。
彼は、服に付いた雪をもう一度払った。
そしてマメ達の方を見上げたのだ。
彼はタクシーの運転手がお釣りを用意している間、確かにマメ達を見ていた。
白いカラスの隣で、黒いカラスが白くなる一部始終を。
だが彼は全く驚いてはいなかった。
何故なら、彼は…。
「あっ、ヨッパライさんだ。」
そのヒトの顔を見て、思い出したマメは思わず言った。
ヒトの顔、正確には顔色を見たのではあるが。
「酔っ払い?」
「うん。」
聞き返したガルウダに、マメは話し続けた。
「ヨッパライさん、大天狗様と同じ顔色だもの。」
「…そうだな。」
確かに、そのヒトの顔は真っ赤であった。
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「ヨッパライは覚えてないんでしょ?」
「…そうだな。」
「じゃあ、大丈夫だよね?」
「ああ、心配には及ばないな。」
小さな白いカラスの横で、大きいカラスが白くなるなんて。
例え、酔っていなくても誰も信じないに決まっている。
マメとガルウダは再び飛び去った。
誰の視線も届かない柔らかな屋根を目指して。
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白いカラスじゃ詐欺だよなぁ。
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