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第ニ羽 ななつのこ
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給食の後の休み時間、元気な子供達が校庭を走り回っている。
都会の小学校に比べて校庭は広かった、生徒全員で走り回っても大丈夫な位である。
その小学校は山の麓に建てられていた。
校舎の裏庭の直ぐ先から、山が生徒達を見下ろしている。
白装束に衣替えした樹々が、本格的な冬の到来を告げていた。
その樹々の間、雪が滑り落ちて木肌の見える枝にカラスが止まっている。
身体が小さいカラスは、走り回る生徒達を楽しそうに見ていた。
カラス天狗のマメである。
マメは今日もヒトの生活を覗きに、山から遊びに降りて来ていた。
やがて何人かの生徒が裏庭に出て来る。
それぞれ手に小さなビニール袋を持っていた。
それを合図に、どこからともなく多くのカラスが飛んできたのである。
かぁ…、かぁ…。
かぁ…、かぁ…。
まるで鳴き声に連れられるかの様に、どんどん数が増えていった。
そして生徒達の前に集まったのである。
生徒達は給食で食べられなかったものを残して持ってきていた。
それをカラス達に与えていたのである。
かぁ…、かぁ…。
マメもカラスの鳴き声を真似ながら、その輪に加わる。
それは、もう何度もしている事であった。
自然のエネルギーで生きている天狗は、食べる必要はない。
ヒトが大好きで興味津々のマメは、近くで話が聞きたかったのである。
「ボク、パンが苦手なんだ…。」
「オレ、野菜。」
男の子達は隠れて残した給食を、どんどんカラスにあげていく。
カラスは羽をバタつかせながらも嬉しそうに食べていた。
まだ小学校低学年の子供達である。
その健康状態を見る限りは、アレルギーではない様だ。
好き嫌い…は時に重いストレスになってしまう。
身体の小さな女の子も、残した物をカラスにあげた。
どうやら今年から小学生になった、新一年生の様である。
「ユイはね、遅いの。」
「遅い?」
「たくさん食べるのにね、時間が掛かっちゃうの。」
「嫌いじゃないんだ?」
「うん、一度に食べられないから残っちゃうんだ。」
その女の子は、マメ同様に身体が小さく見えた。
マメは、その女の子が可哀そうになる。
ヒトは同じ時間で同じだけの御飯を食べなきゃならないんだ。
大変だな…。
身体の大きさも全然違っているのに。
好きじゃないものも食べなきゃいけないのか。
男の子達とユイちゃんが与えた給食の残りが食べ尽くされた。
カラス達は嬉しそうに鳴きながら、次の目的地へと飛んでいく。
お昼時を過ぎた都会の繁華街、飲食店を目指して。
お客の食べ残しが捨てられる時間が、カラス達に取っての食事時だから。
一羽だけ残されたマメも、飛び立とうと向きを変えた。
その時にユイちゃんが、マメに声を掛けたのである。
「マメ、これ食べて。」
その時に初めてマメという名前で呼ばれた。
マメは自分しか残っていなかったので、それが自分の事だと知る。
「豆みたいに小さいから、マメでいいでしょ?」
そう言いながら、少しだけ残しておいた給食をマメにくれたのだ。
マメが他のカラスと違って何も食べていないのを見ていたのである。
「マメは小さいから押しのけられて食べ物を取れないでしょ?
だから少しだけど取っておいたの。」
マメはそれを喜んで食べた。
自分の心配をしてくれたのが、本当に嬉しかったのである。
ユイちゃんは優しいな…。
その時にチャイムが鳴った。
ユイちゃんは慌てて校舎へと向かう。
その時、振り返ってマメに声を掛けながら。
「じゃあね。」
小さな身体が校舎に吸い込まれていくのを見て、マメも飛び立った。
ボク達はヒトを守らなければならない、命の大切さが分かるから。
マメは、ガルウダに言われた事が何となく分かった。
その時からマメは、ユイちゃんに会いに何度も訪れる。
彼女を見ているだけで幸福な気分になるのであった。
天狗には生まれつきの名前は無い。
一人前の天狗になったと認められた時に、大天狗様が名前を授けてくれるのだ。
だから、それまでの呼称は周囲が勝手に決めるのである。
マメという名前はユイちゃんが付けてくれた。
他のカラスと比べて身体が小さかったからである。
マメは、それまではチビと皆からは呼ばれていたのだ。
ユイちゃんにそう呼ばれて嬉しかったマメは決めた。
ボクはマメでいい、…マメがいい。
自分からマメと名乗り始めたのである。
周囲の天狗達は不思議がった。
どうせ大天狗様が名付けてくれるから、名前なんて何でもいい。
だがマメは、マメと呼ばれる事に拘った。
その内に皆が、マメの事をマメと呼ぶ様になっていったのだ。
マメは名前を呼ばれる度に嬉しくなった。
自分の名前が好きなのは、幸福な事である。
今日もユイちゃんが授業に戻ってしまってから、マメは学校から飛んでいった。
以前に一度だけ、教室の一番後ろの窓から授業を参観した事がある。
だけど先生が窓枠に止まっているマメを怖がったので、止めた。
マメはカラスの姿から天狗の姿に戻る。
この天狗の姿を見たら、もっと怖がられるのかな…?
ユイちゃんにも怖がられるのだろうか、少しだけ悲しくなった。
それからマメは天狗の総本山でもある鞍馬山に向かって飛んだ。
鞍馬山にはマメが好きな鞍馬寺が建てられている。
天狗達に取っては命綱だとも言えるのが、鞍馬寺であった。
マメは一気に本殿金堂まで飛んでいく。
ヒトはここに辿り着くまでが大変だろうな、いつもそう思っている。
そこで天狗達が生きていくのに必要な力を取りこむのだ。
鞍馬寺の中心である本殿金堂の前に拡がる石床、金剛床と呼ばれていた。
宇宙からの物がここに落ちて、その上に造られたとも言われている。
大天狗様も一緒に降臨したという伝説も存在するのだ。
だけど誰にも本当の事は分からない。
どっちにしても、マメに取ってはどうでも良い事だったのである。
天狗達は、その金剛床に月が出ている真夜中に膝まづくのだ。
そうすると月に照らされている間、エネルギーが体内に流れ込む。
天狗達の命の源なのだ。
昼間に観光に来たヒト達が、その真似をしているのをマメはよく見ていた。
ヒトも天狗の様に力が貰えるのかな…?
マメには信仰という事が、まだよく分かっていないのだ。
本殿金堂に着いた時に、もう既に金剛床には先客がいた。
月が綺麗な冬の夜であった、先客がいても不思議ではない。
それは美しい女性の天狗であった。
女性の天狗はヒト達には川天狗などと呼ばれている。
金剛床は一度に一人だけにしか作用しない。
マメは女性の天狗に近付いて順番を待つ事にした。
近くで見ると本当に美しい、マメは初めて女性の美に驚く。
瞳は閉じられたままではあるが、きっと綺麗なんだろうな…と思った。
「もう少しだけだから、待っててね。」
その女性の天狗はマメの気配に気づいて、眼を閉じたまま話し掛けた。
優しい声である。
「はい。」
マメは返事をしながら、喜んだ。
待っている間、こんな近くで見ていられるのが嬉しかった。
金剛床からエネルギーを受けている間、仄かに身体中が輝くのである。
長い黒髪が微かに金色を帯びて輝く。
背中に折りたたまれている羽も、やはり金色に輝いていた。
「綺麗…。」
「ありがとう。」
ヒトの女性と同様に美しい容姿をしているのだ。
だがそれはヒトの世界に溶け込むための妖力の一つだという事だった。
「ヒトのお化粧と一緒よ。
よく見える様に錯覚を鏤めているの。」
「さっかく…?」
「そう、ヒトを安心させる為にね。」
ヒトそっくりなので、ヒトが恋に落ちる事も珍しくないという。
彼女達もその思いに率先して答えるという事だった。
だけど子供を儲ける事は出来ないので、いずれは別れる事になる。
「だけどね、ヒトとの恋は悲しい終わりしかないのよ。」
「悲しいの?」
「私達には…、天狗には時間という流れは無いでしょ?
だけどヒトの命には時間が限られているの。」
マメはガルウダの言っていた事を思い出した。
いつかヒトは死んでしまう、だから命を大切にする。
「ヒトの心は思い出で出来ているの。
だけど死んだら、その思い出は消えてしまうの。」
思い出が消えてしまう…、それはマメにも分かる怖い事である。
全部、忘れちゃうなんて信じられない…。
「だからヒトを好きになるのは大変なのよ。」
彼女の全身が真っ黒に戻っていた。
金剛床からのエネルギーを授かり終わったのだ。
「私はサコ、川から来たのよ。」
「マメです。」
彼女は羽を拡げて鞍馬川へと飛び立った。
…マメに素敵な笑顔を残しつつ。
マメは金剛床の上に膝まずいた、羽を折りたたみながら。
身体に力が流れ込んでくる。
もう少しで身体中に力が満ちてくる頃に、一羽のカラスが隣に降りてきた。
羽を拡げて廻りながら翻すと、その姿はカラス天狗となる。
「ガルウダ、お帰りなさい。」
「ただいま、マメ。」
マメの兄貴分のカラス天狗、ガルウダである。
カラスに化けている時でさえ大きくて目立つのに、天狗に戻ると尚更であった。
「本殿金堂の屋根でずっと見ていたよ、ありゃ川天狗のサコだろ。」
「知ってるんだ…、まるでヒトの様に綺麗だよね。」
「そしてヒトの様に儚い…。」
「はかない?」
マメは初めて聞いた言葉なので意味が解らなかった。
だけどガルウダの瞳が優しくなっていたので、つい聞いてしまったのだ。
「ヒトの命はいつかは終わる、それは分かる?」
「うん。」
「その時ヒトは身体と心を失くしてしまうんだ。
思い出を全部忘れてしまうって事なんだよ。」
「うん、悲しいね。」
その時マメはユイちゃんの顔を思い出していた。
もしも、ユイちゃんが…。
マメはガルウダの言葉よりも悲しくなってしまい、つい涙が出てしまった。
「おいおい泣くな、マメは優しくていい子だな。」
ガルウダは言葉を選んでマメに続きを話し始めた。
川天狗のサコは、自分を愛してくれたヒトを失くした辛さに耐えられなかったそうだ。
ヒトには輪廻転生ということがあって、またヒトとして生を受ける。
サコは途方もない時間を掛けて、その相手の転生を突き止めたらしい。
そして知り合った年齢にまで成長した時に、相手と再び出会ったのである。
だがその転生したヒトの記憶にサコはいなかった。
しかしサコは絶望しなかった、もう一度最初から思い出を積み上げる事を選んだ。
「本当に、好きだったんだね。」
「だけどやっぱり、ヒトは死んでしまう。
サコは再び絶望した…。
そして再び相手の転生したヒトを探す事を選んだんだ、天狗に時間は関係無いからね。」
それには小さいマメでも絶句してしまった。
何という愛情なんだろう…。
「カラスの歌に、七つの子って出てくるの知ってるか?」
「学校でユイちゃんが音楽の授業で歌ってたから知ってるよ。」
マメはガルウダの前で歌ってみせた。
カラスの歌だからでもあるが、メロディがマメの心に残ったのである。
「カラスには一度に七羽もヒナは生まれない。
七つになったら、もうヒナではなくなってしまう。」
またマメはガルウダの言葉の意味が分からなくなっていた。
七つの意味は何なのだろう。
「カラス天狗の歌かも知れないね。
転生して七つの子供になったヒトを可愛がるカラス天狗の…。」
ガルウダはサコの事を言っているのだと、マメにも分かった。
ヒトを愛してしまったサコを、ずっとガルウダは見守ってきたに違いない。
サコの話をしている時のガルウダの瞳は、少し哀しそうだったから。
マメはガルウダに元気になって欲しかった。
「違うよガルウダ。」
「…違う?」
「ユイちゃんの歌だよ、小学一年生で七つなんだ。
そして山の学校に通っているんだよ。」
マメは元気な声でガルウダに返事をした。
ガルウダの顔がパッと明るくなっていったのである。
それは雲間から、隠れていた月が現れた様でもあった。
「そのユイちゃんは可愛いんだね?」
「うん!」
大声でマメは答えた、それにガルウダは声を出して笑った。
都会の小学校に比べて校庭は広かった、生徒全員で走り回っても大丈夫な位である。
その小学校は山の麓に建てられていた。
校舎の裏庭の直ぐ先から、山が生徒達を見下ろしている。
白装束に衣替えした樹々が、本格的な冬の到来を告げていた。
その樹々の間、雪が滑り落ちて木肌の見える枝にカラスが止まっている。
身体が小さいカラスは、走り回る生徒達を楽しそうに見ていた。
カラス天狗のマメである。
マメは今日もヒトの生活を覗きに、山から遊びに降りて来ていた。
やがて何人かの生徒が裏庭に出て来る。
それぞれ手に小さなビニール袋を持っていた。
それを合図に、どこからともなく多くのカラスが飛んできたのである。
かぁ…、かぁ…。
かぁ…、かぁ…。
まるで鳴き声に連れられるかの様に、どんどん数が増えていった。
そして生徒達の前に集まったのである。
生徒達は給食で食べられなかったものを残して持ってきていた。
それをカラス達に与えていたのである。
かぁ…、かぁ…。
マメもカラスの鳴き声を真似ながら、その輪に加わる。
それは、もう何度もしている事であった。
自然のエネルギーで生きている天狗は、食べる必要はない。
ヒトが大好きで興味津々のマメは、近くで話が聞きたかったのである。
「ボク、パンが苦手なんだ…。」
「オレ、野菜。」
男の子達は隠れて残した給食を、どんどんカラスにあげていく。
カラスは羽をバタつかせながらも嬉しそうに食べていた。
まだ小学校低学年の子供達である。
その健康状態を見る限りは、アレルギーではない様だ。
好き嫌い…は時に重いストレスになってしまう。
身体の小さな女の子も、残した物をカラスにあげた。
どうやら今年から小学生になった、新一年生の様である。
「ユイはね、遅いの。」
「遅い?」
「たくさん食べるのにね、時間が掛かっちゃうの。」
「嫌いじゃないんだ?」
「うん、一度に食べられないから残っちゃうんだ。」
その女の子は、マメ同様に身体が小さく見えた。
マメは、その女の子が可哀そうになる。
ヒトは同じ時間で同じだけの御飯を食べなきゃならないんだ。
大変だな…。
身体の大きさも全然違っているのに。
好きじゃないものも食べなきゃいけないのか。
男の子達とユイちゃんが与えた給食の残りが食べ尽くされた。
カラス達は嬉しそうに鳴きながら、次の目的地へと飛んでいく。
お昼時を過ぎた都会の繁華街、飲食店を目指して。
お客の食べ残しが捨てられる時間が、カラス達に取っての食事時だから。
一羽だけ残されたマメも、飛び立とうと向きを変えた。
その時にユイちゃんが、マメに声を掛けたのである。
「マメ、これ食べて。」
その時に初めてマメという名前で呼ばれた。
マメは自分しか残っていなかったので、それが自分の事だと知る。
「豆みたいに小さいから、マメでいいでしょ?」
そう言いながら、少しだけ残しておいた給食をマメにくれたのだ。
マメが他のカラスと違って何も食べていないのを見ていたのである。
「マメは小さいから押しのけられて食べ物を取れないでしょ?
だから少しだけど取っておいたの。」
マメはそれを喜んで食べた。
自分の心配をしてくれたのが、本当に嬉しかったのである。
ユイちゃんは優しいな…。
その時にチャイムが鳴った。
ユイちゃんは慌てて校舎へと向かう。
その時、振り返ってマメに声を掛けながら。
「じゃあね。」
小さな身体が校舎に吸い込まれていくのを見て、マメも飛び立った。
ボク達はヒトを守らなければならない、命の大切さが分かるから。
マメは、ガルウダに言われた事が何となく分かった。
その時からマメは、ユイちゃんに会いに何度も訪れる。
彼女を見ているだけで幸福な気分になるのであった。
天狗には生まれつきの名前は無い。
一人前の天狗になったと認められた時に、大天狗様が名前を授けてくれるのだ。
だから、それまでの呼称は周囲が勝手に決めるのである。
マメという名前はユイちゃんが付けてくれた。
他のカラスと比べて身体が小さかったからである。
マメは、それまではチビと皆からは呼ばれていたのだ。
ユイちゃんにそう呼ばれて嬉しかったマメは決めた。
ボクはマメでいい、…マメがいい。
自分からマメと名乗り始めたのである。
周囲の天狗達は不思議がった。
どうせ大天狗様が名付けてくれるから、名前なんて何でもいい。
だがマメは、マメと呼ばれる事に拘った。
その内に皆が、マメの事をマメと呼ぶ様になっていったのだ。
マメは名前を呼ばれる度に嬉しくなった。
自分の名前が好きなのは、幸福な事である。
今日もユイちゃんが授業に戻ってしまってから、マメは学校から飛んでいった。
以前に一度だけ、教室の一番後ろの窓から授業を参観した事がある。
だけど先生が窓枠に止まっているマメを怖がったので、止めた。
マメはカラスの姿から天狗の姿に戻る。
この天狗の姿を見たら、もっと怖がられるのかな…?
ユイちゃんにも怖がられるのだろうか、少しだけ悲しくなった。
それからマメは天狗の総本山でもある鞍馬山に向かって飛んだ。
鞍馬山にはマメが好きな鞍馬寺が建てられている。
天狗達に取っては命綱だとも言えるのが、鞍馬寺であった。
マメは一気に本殿金堂まで飛んでいく。
ヒトはここに辿り着くまでが大変だろうな、いつもそう思っている。
そこで天狗達が生きていくのに必要な力を取りこむのだ。
鞍馬寺の中心である本殿金堂の前に拡がる石床、金剛床と呼ばれていた。
宇宙からの物がここに落ちて、その上に造られたとも言われている。
大天狗様も一緒に降臨したという伝説も存在するのだ。
だけど誰にも本当の事は分からない。
どっちにしても、マメに取ってはどうでも良い事だったのである。
天狗達は、その金剛床に月が出ている真夜中に膝まづくのだ。
そうすると月に照らされている間、エネルギーが体内に流れ込む。
天狗達の命の源なのだ。
昼間に観光に来たヒト達が、その真似をしているのをマメはよく見ていた。
ヒトも天狗の様に力が貰えるのかな…?
マメには信仰という事が、まだよく分かっていないのだ。
本殿金堂に着いた時に、もう既に金剛床には先客がいた。
月が綺麗な冬の夜であった、先客がいても不思議ではない。
それは美しい女性の天狗であった。
女性の天狗はヒト達には川天狗などと呼ばれている。
金剛床は一度に一人だけにしか作用しない。
マメは女性の天狗に近付いて順番を待つ事にした。
近くで見ると本当に美しい、マメは初めて女性の美に驚く。
瞳は閉じられたままではあるが、きっと綺麗なんだろうな…と思った。
「もう少しだけだから、待っててね。」
その女性の天狗はマメの気配に気づいて、眼を閉じたまま話し掛けた。
優しい声である。
「はい。」
マメは返事をしながら、喜んだ。
待っている間、こんな近くで見ていられるのが嬉しかった。
金剛床からエネルギーを受けている間、仄かに身体中が輝くのである。
長い黒髪が微かに金色を帯びて輝く。
背中に折りたたまれている羽も、やはり金色に輝いていた。
「綺麗…。」
「ありがとう。」
ヒトの女性と同様に美しい容姿をしているのだ。
だがそれはヒトの世界に溶け込むための妖力の一つだという事だった。
「ヒトのお化粧と一緒よ。
よく見える様に錯覚を鏤めているの。」
「さっかく…?」
「そう、ヒトを安心させる為にね。」
ヒトそっくりなので、ヒトが恋に落ちる事も珍しくないという。
彼女達もその思いに率先して答えるという事だった。
だけど子供を儲ける事は出来ないので、いずれは別れる事になる。
「だけどね、ヒトとの恋は悲しい終わりしかないのよ。」
「悲しいの?」
「私達には…、天狗には時間という流れは無いでしょ?
だけどヒトの命には時間が限られているの。」
マメはガルウダの言っていた事を思い出した。
いつかヒトは死んでしまう、だから命を大切にする。
「ヒトの心は思い出で出来ているの。
だけど死んだら、その思い出は消えてしまうの。」
思い出が消えてしまう…、それはマメにも分かる怖い事である。
全部、忘れちゃうなんて信じられない…。
「だからヒトを好きになるのは大変なのよ。」
彼女の全身が真っ黒に戻っていた。
金剛床からのエネルギーを授かり終わったのだ。
「私はサコ、川から来たのよ。」
「マメです。」
彼女は羽を拡げて鞍馬川へと飛び立った。
…マメに素敵な笑顔を残しつつ。
マメは金剛床の上に膝まずいた、羽を折りたたみながら。
身体に力が流れ込んでくる。
もう少しで身体中に力が満ちてくる頃に、一羽のカラスが隣に降りてきた。
羽を拡げて廻りながら翻すと、その姿はカラス天狗となる。
「ガルウダ、お帰りなさい。」
「ただいま、マメ。」
マメの兄貴分のカラス天狗、ガルウダである。
カラスに化けている時でさえ大きくて目立つのに、天狗に戻ると尚更であった。
「本殿金堂の屋根でずっと見ていたよ、ありゃ川天狗のサコだろ。」
「知ってるんだ…、まるでヒトの様に綺麗だよね。」
「そしてヒトの様に儚い…。」
「はかない?」
マメは初めて聞いた言葉なので意味が解らなかった。
だけどガルウダの瞳が優しくなっていたので、つい聞いてしまったのだ。
「ヒトの命はいつかは終わる、それは分かる?」
「うん。」
「その時ヒトは身体と心を失くしてしまうんだ。
思い出を全部忘れてしまうって事なんだよ。」
「うん、悲しいね。」
その時マメはユイちゃんの顔を思い出していた。
もしも、ユイちゃんが…。
マメはガルウダの言葉よりも悲しくなってしまい、つい涙が出てしまった。
「おいおい泣くな、マメは優しくていい子だな。」
ガルウダは言葉を選んでマメに続きを話し始めた。
川天狗のサコは、自分を愛してくれたヒトを失くした辛さに耐えられなかったそうだ。
ヒトには輪廻転生ということがあって、またヒトとして生を受ける。
サコは途方もない時間を掛けて、その相手の転生を突き止めたらしい。
そして知り合った年齢にまで成長した時に、相手と再び出会ったのである。
だがその転生したヒトの記憶にサコはいなかった。
しかしサコは絶望しなかった、もう一度最初から思い出を積み上げる事を選んだ。
「本当に、好きだったんだね。」
「だけどやっぱり、ヒトは死んでしまう。
サコは再び絶望した…。
そして再び相手の転生したヒトを探す事を選んだんだ、天狗に時間は関係無いからね。」
それには小さいマメでも絶句してしまった。
何という愛情なんだろう…。
「カラスの歌に、七つの子って出てくるの知ってるか?」
「学校でユイちゃんが音楽の授業で歌ってたから知ってるよ。」
マメはガルウダの前で歌ってみせた。
カラスの歌だからでもあるが、メロディがマメの心に残ったのである。
「カラスには一度に七羽もヒナは生まれない。
七つになったら、もうヒナではなくなってしまう。」
またマメはガルウダの言葉の意味が分からなくなっていた。
七つの意味は何なのだろう。
「カラス天狗の歌かも知れないね。
転生して七つの子供になったヒトを可愛がるカラス天狗の…。」
ガルウダはサコの事を言っているのだと、マメにも分かった。
ヒトを愛してしまったサコを、ずっとガルウダは見守ってきたに違いない。
サコの話をしている時のガルウダの瞳は、少し哀しそうだったから。
マメはガルウダに元気になって欲しかった。
「違うよガルウダ。」
「…違う?」
「ユイちゃんの歌だよ、小学一年生で七つなんだ。
そして山の学校に通っているんだよ。」
マメは元気な声でガルウダに返事をした。
ガルウダの顔がパッと明るくなっていったのである。
それは雲間から、隠れていた月が現れた様でもあった。
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「うん!」
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