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訊問に最適のポジション

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 わたしの気のせいだろうか、彼の唇は、何か甘い声を発したようにも思う。彼がわたしの下で、官能の波に揺られそうになっていると疑われたのは不可解だった。しかし、そうなってしまっては椅子としての役目が果たせないので、彼はじっとこらえている。その様子は、苦しそうにも、また嬉しそうにも映った。

 いや、きっとわたしの重さを支えるのが苦痛なのだろう。そう考えるのがやはり自然だった。

 まあ、そのようなことはどうでもよい。ここならば顔を上げさせて、彼の表情を観察することだってできる。それでいて、わたしの顔をはっきりと彼に見られる心配はない。ついにわたしは、そんな訊問に最適のポジションを確立した。それが大事だった。

「わたしにあんなことをしておいて……それなのに妹のエミリアを娶ろうとするなんて、いったい何を考えているの、どうした了見なのかしら?」

 と、わたしはまず訊いた。

 訊きたいことは山ほどあるが、終わったことを掘り起こしたところで大した益はない。大事なのは、残ったエミリアのことだ。そこを何とかしなければならなかった。

「それは……」

 やはりルースは口ごもる。彼はエミリアを愛しているわけではなく、何かしらの意図のもとに結婚しようとしているのだというわたしの見立てにどうやら間違いはなさそうだった。

 わたしはなぜだかほっとした。

 もちろんルースがほんとうにエミリアを愛していて、二人が幸せな結婚生活を送ることになればどんなによいだろうかとふと考えなかったわけではない。エミリアが幸せであるならわたしもうれしい。

 しかしわたしは、ルースがわたしにしたことを知っている。彼がどうしようもない卑劣漢であることをわたしは身をもって知ってしまっているのだ。そんな卑劣漢が妹と結婚することを甘んじて見ているわけにはいかないだろう。

 エミリアの上辺の幸せを守ってやるのがよいのだろうか。それとも、ルースの本性を暴き、エミリアと引き離し、彼女が不幸に陥るのを回避するのがよいのか。わたしは難しい選択を迫られている。

 あまりに難しいので、わたしは有り体にいえば面倒になって、まずはルースがエミリアを愛しているのかを見極めようと思った。

 もしルースがエミリアを愛していないというなら、問題はより簡単になるからだ。愛してくれない男のもとに妹を嫁がせるわけにはいかないことははっきりしている。彼が卑劣漢であることをエミリアに伝えるべきか、伝えないでおくべきか、わたしはもう悩む必要がなく、ただただ結婚の破綻――願わくば婚約の解消だけを目指せばよいのである。

 エミリアはがさつなわたしとは違い、淑やかで可憐な乙女なのだ。ルースがエミリアを愛する可能性も十分にあったはずだが、どうも……やはり……そうではなかった。

「どうしたの、はっきり答えなさいよ」

 焦れてわたしは言った。「エミリアを愛しているのかと訊いているの、なぜはっきりと答えられないの?」

「もちろん愛してます」

 と急いでルースが答えた。

 どこか取って付けた言い方に聞こえる。それ以前に、彼がその言葉を発するまでに相当のを要したということがすべてを物語っているとわたしには思えるのだ。

「そう、愛しているというの?」

 わたしは冷笑を浮かべた。「エミリアが独りぼっちになってしまったから、かわいそうに思っただけではなくって?」

 わたしが水を向けると、

「最初はそうでした――」

 と彼はとうとう認めた。

 それ見ろ、やはりそうだ。ルースはエミリアを愛してなどいなかった。独りぼっちになってしまったエミリアに同情しただけなのだ。それどころか、その同情を育てたのは、エミリアを独りぼっちにした責任の一端は自身にあるという自責の念であるに違いないのだ。
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