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狐につままれる

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 エレクトラは狐につままれたようだった。〈エミリアの件を中断してまでわたしがかからねばならないほどの急ぎの用が、今あるだろうか。そんなものが生じそうな徴候はなかったはずだ。やはりルースは嘘を吐いているのではないだろうか〉

〈ルースがエミリアの件を引き継ぐことは、ランデル将軍も承認済みなのだろうか。本当にルースは将軍にその話を通したのか。いや、そんなことを将軍にかけあうルースの姿を想像することは難しい〉

〈それに、後をルースに任せるにしても、近くで首尾を見届けないことには不安でしようがない。いったいあの坊ちゃんに汚れ仕事が務まるものだろうか〉

 エレクトラは不安を隠さずにルースを見つめたが、

「ほら、もう早く行って。近頃父も気が短くなってきたから」

 ルースのほうはエレクトラがそばに残っては都合が悪いらしい。

 何やら体よく追い払われてしまった、とエレクトラは苦笑した。ルースがどのように手を下すのかとても不安だが、まあいい。ランデル将軍に仕えることは、ルースに逆らえないということでもあるのでしかたがない。それに、したくない仕事を実行せずに済んだことでエレクトラはほっとした。エミリアにまで手をかける必要がどこにあるのか、そもそも疑問だった。仕事を途中で投げ出してしまったことになるが、それはルースの指示にやむなく従ったまでのこと……将軍も、――もしルースが話を通していなかったとしても、わたしを責めるわけにはいかないだろう。エレクトラは軽くなった心でマインド山を下りた。

 屋敷へと戻ったエレクトラが意外だったのは、エミリアの件をルースが引き継ぐことについて、ランデル将軍に話がちゃんと通っていたことだった。ルースはエレクトラが疑ったように、その場しのぎに口から出まかせを発したわけではなかった。彼は将軍の承認を得たうえでエレクトラを追いかけたのだ。いや、さきにマインド山に入り、彼女を待ち受けたのだったか、正確な時系列は不明である。

 ただ、エレクトラはてっきり自分の仕事をルースが代わりに実行するのだと思い込んでいたが、それはまったくの誤りだった。

「わたしは近くでフォローさせてくださいと申したのですが……坊ちゃんはだいじょうぶでしょうか?」

 エレクトラは、持ち場を離れたのはルースがそう指示したからで、彼女の意思ではないとさりげなく将軍に伝えた。

「うん?」

 と将軍は小首を傾げ、「ああ、まあだいじょうぶだろう」
 そう事も無げに言う。それどころか、将軍が薄笑いを隠しきれないでいるのをエレクトラは不審がった。

「しかし、こう言っては何ですが、坊ちゃんには戦闘の経験は皆無かと……」

「ん、戦闘?」

 と将軍は呆れた顔をした。「何を言っているんだ、エレクトラ……そうか、わかったぞ、ルースの奴め、照れてしまったのだろうが、まだ話しておらんのだな」

 今度はエレクトラがぽかんとする番だった。

「まだ聞いておらんようだが、今朝彼奴あやつがここに駆け込んできて――昨日まで何を言ってもぐずぐずしていた奴がすごい勢いで何事かと驚いたが、何を言うかと思えば、いきなり結婚させてくれと言うんじゃ」

 慌てるルースの様子を思い出したからか、将軍の頬が緩んでいる。

「突然で何が何だかわからなかったから、少し落ち着いて話してみろと言ったんだ。まあ、結局落ち着きはしなかったが、あの娘――エマといったか、そのエマの妹に惚れてしまったので結婚させてくれということらしい」

「エミリアとですか?」

 エレクトラは驚きの声を上げた。

「そう、エミリアとだ」と将軍。平然としたものだ。本当に、今日は狐につままれっぱなしではないだろうか、とエレクトラは苦笑した。
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