上 下
15 / 15

突拍子もない計画変更

しおりを挟む
「しかし、たしか坊ちゃんにはお相手が……」とエレクトラが口にする。

「まあ、そうなんやけどな……それはそれでどうにかなるもんよ。だいたい、このところあいつがぐずぐずしていたものだから、もう縁談もどうにもならんかったかもしれんしな」

「そうなんですか?」

 たしかにマインド山でのエマと心岳草の一件以来、ルースは人が変わったようになってしまった。どうもランデル将軍の息子がおかしくなったらしいぞと噂にもなり、それで互いに政略結婚の相手と目していた先方も、難色を示しはじめていたらしい。

「まあ、政略結婚なんてものは、あれよ。力のない者が画策するものよ。自分が力をつければ相手は誰だっていいわけよ、そうだろう?」

「はあ……」エレクトラにはあまり係わりのない話だった。

「まあ、ぐずぐずしているあいつが珍しく気概を示したものだから、わしもうれしくなってしまってな……それならば早くエミリアを連れてきなさいと言ったんだ」ランデル将軍はただの父親の顔になってしまっている。「でももう手遅れかもしれないぞ。エレクトラは仕事が早いからな、と言ってやると、最後まで聞かずに血相を変えて飛び出していきおったわ」

 そう言うと、将軍はフォッフォッフォッと声を立てて笑った。

 なるほどそうであったか、とエレクトラははじめて合点がいった。考えてみれば、ルースは仕事を引き継いでくれるのだとエレクトラが勝手に思い込んでいただけで、彼は「エミリアを手にかける」といった類の言葉をいっさい使わなかった。

 また、彼は恥ずかしくて、「告白する」だの「求婚する」だのいうことも口にできなかったのだろうが、だとすればそうした突拍子もない計画変更をエレクトラが察知できるはずもなかった。

「わしが難色を示すとみるや、あやつは『手にかけるのはスマートではありません、敵は近くに置けというじゃないですか』と言いおった。いつまでもぐずぐずしおってと腹も立っていたが、案外あやつも期待が持てるかもしれん」

 とランデル将軍はうれしそうである。

 エレクトラも、エミリアを殺さずにすんだことでほっとしていた。しかし、彼女の父、カイル・パーカーを崖から飛び降りさせてしまったことは棘となってエレクトラの胸を刺した。

     ◇◇◇

 崖でのエマと心岳草の一件があってから、気の小さいルースは壊れた。

 人が変わったようになってしまい、何をするにも身が入らないありさまだった。ランデル将軍が、〈何と気の小さいやつなのだ〉と息子の資質に落胆したことは想像に難くない。ルースはこの先、ランデル家をさらに盛り立てていけるのかと問うたとき、将軍にはもう不安しかなかった。

 そんなルースが、そのときばかりは溌剌と、エミリアと結婚したいと言ったものだから、将軍は驚くと同時に、息子への期待が再びくすぶり出したのを覚えて喜んだ。将軍の決定に真っ向から異を唱えるルースに、これはもしやという希望を感じたのである。

 どのみちルースはもう使いものにならないのではないかとも考えはじめていた矢先である。将軍は希望のほうに賭けることにした。

 ランデル家が、もう政略結婚など必要としないところまでたどり着いていたという事情も、ルースの意思を後押しした。

     ◇◇◇

 わたし――エマのふりをしている、エマであったはずのバンティ――の尻の下で、椅子になったルースは何も答えることができないでいた。

「母が元気でいさえいれば、父が気落ちして、後を追うように他界することもなかったはずだ」

 わたしは畳みかけた。

 するとルースは意外なことを言い出した。

「パーカーさんが気落ちして亡くなったと本気で信じているんですか?」

「何、どういうことだ?」

 わたしは思わず問い返した。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...