人を愛したら魔女と呼ばれていた

トトヒ

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第13章

私の回顧録「昔々、私の思い出」

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昔々、まだ私の国があった頃の物語。
その国は特別な能力が備わった人間がいるわけでもない、極々普通の国だった。
人々は自分達の生活をより良いものにしようと、技術革新に力を入れ、日々研究が行われていた。

そんな国のある家庭に、双子の姉弟が生まれた。
姉は私、弟はクリス。
私達の父は学者で、この国の技術に貢献している人物の一人だった。
家には父が集めた学術書が置いてあり、私とクリスは物心つく前からそのような書物を手に取る機会が多かった。
その甲斐があり、私もクリスも同年代の子供よりは知識が豊富になっていた。

学校に通うようになり、成績は私がトップで二番目にクリスという順位が不動のものとなっていた。
私とクリスは共に、父のような学者か研究者になることを夢見ていた。
けれども、成長するにつれ私には大きな壁が立ち塞がっていることを知る。
この国は、女性が学問を学ぶことをあまり良く思わない風習だった。
青年期前半が終わりに差し掛かると、クリスはそのまま進学することができたが、私は進学が叶わず花嫁修業の道を余儀なくされた。
正直私は、嫁としての作法よりクリスが学校で学んでいることの方が興味があった。
小さな頃は許されていた読書も、結婚適齢期に近づいた私には許されなかった。

それでも、クリスとの仲が良好だったのが私の救いだった。
クリスはこっそりと、その日学校で習ったことを私に教えてくれた。
教科書も見せてもらい、私にとってはその時間が何よりも楽しいものになった。
私は技術という分野そのものに関心が高かったが、クリスはそれよりも造形美に興味をもち始めたようで、将来は機械人形を創りたいと話してくれた。
仕事や生活のサポートをしてくれる、人間そっくりな人形なのだそうだ。
でも、この話を学校の友人に話したら笑われたと落ち込んでいた。
クリスは優しい子だけれど、少し気が弱いところがある。
小さい頃、両親から私とクリスの性別が逆なら良かったのにとよく言われていたことを思い出す。

年月が経ち、クリスは物作りの才能を認められ、王直属の工房を任せられるようになっていた。
それに対して私は、たいして器量が良いわけでもないくせに、知識だけ豊富で頭でっかちな女というレッテルを貼られ、なかなか縁談がまとまらなかった。
見かねたクリスが、私を工房で補佐をするように誘ってくれた。
でも、私ができることはせいぜい従業員の食事の準備などの雑務。
私が少しでも技術面に口出しをすれば、気性が荒い従業員達は手をあげる。
私はどこにも所属できない孤独な女だった。

ある日工房のゴミ捨て場近くで泣いていた私は、一人の青年に出会った。
彼は美しい金髪に青い目をして、明らかに高価な服装を身に着けて立っていた。

「どうされましたか?」

私を心配しながらハンカチを渡してくれた。
美しい刺繍が施されている。
刺繍の紋章を見て私は驚倒した。
王家の紋章。彼はこの国の王子だった。

次期国王になる彼は、直々にクリスの工房の視察に訪れたという。
私の案内で工房の視察を終えた彼は、従業員を前にしてある命令を下した。
これからの戦争に勝利するため、武器を創ってほしいというものだった。

ハモネーという身体能力に優れた野蛮人が住む国が、私達の国に攻撃を仕掛けてくるという。
能力など無い私達は、自分の国を守るために武器を開発するしかなかった。
国中の技術者は武器の開発を要請され、王直属の工房には王子自ら出向いたというわけだった。
それから彼は頻繁に工房に現れ、クリスや他の従業員だけでなく私のような女にも意見を仰いだ。
とても行動力があり、快活な王子だった。

しかし工房の武器製造は難航していた。
今まで創造していたものとは違う物を、しかも早急に開発するのは至難の業だった。
クリスは技術より造形美を追求していたから、手に余る作業だったのは無理もない。
少しでも手助けをしたくて、私も製造業に携わることにした。
私が提案したのは、ムカデ型の無人兵器のゴーレムだった。
ハモネーの国民が身体能力に優れているなら、鋼鉄で防御力を高める必要がある。
奴らの武器が自らの肉体ならば、地中に潜ってから敵を攻撃すれば翻弄できるだろう。
外見も不気味なら相手に恐怖心を与えることができるかもしれない。
無人ならこちらの人命に関わることなく、相手の体力をそぎ落とすことができる。
私にはそれらを創る発想と技術があった。
王子は私の案を採用してくれた。
生まれて初めて、クリス以外の男性に自分の提案を認めてもらえた。
私はそれがとても嬉しかった。
そして私が王子を好きになる、十分すぎる理由だった。

好きな人ができると、世界が変わる。
それを実感した。
私の提案した武器を、従業員総出で作成にあたることになった。
もちろん発案者である私が主導で、従業員に指示を出していた。
やっと私は認められた。
私は間違っていなかった。
国のために、好きな人のために自分の能力を発揮できる。
思い返せば、私の人生で一番幸福な時だったのだと思う。
幸福は続かない。
幸福の後には不幸が待っていた。

女の私が提案した物を、男性至上主義の従業員達が快く思っているわけがなかった。
王子という権力者に肩入れされていたのも腹立たしかったらしい。
王子も工房なんかに常時滞在できるわけがなく、視察が減ってくると途端に従業員は反旗を翻した。

「出て行け、この魔女」

私の国では、知識に富んだ女は魔女と蔑まされる。
団結した男共に、女である私が逆らえるはずもなかった。
全従業員に抵抗されては、クリスも従うしかない。
私はまたしても、居場所を失ったのだった。

実家にも居ずらかった私は、クリスの家で毎日家事をして過ごすようになった。
クリスから工房の様子を聞き、何か助言できればと思ったが、私の提案した武器は製造を中止されているようだった。
また一から何を創るか考えるらしい。
そんな時間があるのか心配になる。

ある日、クリスが私にプレゼントをくれた。
それはクリスが少しずつ作成していた、美しい機械人形だった。
前身色素が薄いこと以外は、私達人間とほとんど見分けがつかないくらい完成度が高い。
毎日クリスが帰るまで家に一人だった私が、寂しくないように創ってくれたようだった。
私に名前を決める権利をくれたので

「じゃあ、クリスドール」

クリスが創ってくれた人形だから。

「そういうところ、単純だよね」

そう言われて、私は久しぶりに少し笑った。

クリスドールはただの人形ではなく、機械人形。
私にあげた物だから少しいじっても良いと言われ、少しずつ改良していった。
最初は言葉を、次は知能を与えていく。
私はクリスドールの改造に没頭した。

「おはよう。今日は何を手伝う?」

やがてクリスドールは一人の人間のように振る舞うまでになった。
身体が機械だから、力仕事などを手伝ってもらうと助かった。
そのうちに私は、機械人形を兵器にできるのではないかと思いついた。
身体が機械なのでもっと強度を高めれば、ハモネーの身体能力を超えることができるのではないか。
そして人工知能により、自ら考え敵を殲滅できる最強の兵器になると思った。
もちろん国民を守ることもできる。

「僕は、機械人形を兵器にはしたくないんだ。ごめんね」

私の提案に、クリスは申し訳なさそうに反対した。
クリスは機械人形を日常の手助けとして開発したいと、昔話していた。
クリスはとても繊細で優しい性格だから、人殺しの道具にはしたくないのだろう。
クリスドールは私達の話を理解していないようで、ずっと微笑んでこちらを見ている。
確かに、こんなに可愛い子を兵器にしてはいけないかもしれない。
私はその時反省した。

私達2人と1体という共同生活が続く。
そして、私の代わり映えのしない日常に悲報が届いた。
王子が婚約をしたという。
その時は少しショックだったけれど、頭の中で身分が違うし結婚することはできないと分かっていたから、すぐに気持ちを立て直すことができた。
婚約者のお披露目の為、街道をパレードするようだったので暇な私は彼を祝福するために出かけた。
きっとそれがいけなかった。
人生のターニングポイントは、その日だったと断言できる。

パレードを見るために集まった群衆の間から、彼が通るのを見つけた。
相変わらず品のある、素敵な人だと思った。
工房に来た時より、大人びた表情をしている。
妻を娶り、彼はこの国の王となる。
おめでとう、私は心の中で呟いた。
でも次の瞬間、私は彼の隣にいる女性に目を奪われ、私は視線を王子に戻すことができなかった。
その女性は美しく長い黒髪をもち、華奢な体躯にきめ細やかな肌、小さな顔に黒い瞳が輝いていた。
私が生きてきた中で、一番美しいと思える人物だった。
王子が美しい貴族の令嬢と婚約したとは聞いていた。
まさか、こんなに美しい娘がこの国にこの世界にいるとは思っていなかった。
その時、祝福をしようとしていた私の心に黒い染みがついた。
一度ついた染みは取れず、あっという間に黒く染色されていく。
私は、あの女になりたい。
私が欲しい物を、全て持っているあの女に。

何かに取り憑かれたかのように、私はあの女を調べ上げた。
クリスドールに手伝ってもらうと、一人の女を調べ終わるのにそこまで時間はかからなかった。

「あのダチュラって人を調べたけど、それからどうするの?」

クリスドールが笑顔で私に尋ねる。
正直、自分でも目的というものがよく分かっていなかった。
ぼんやりと頭に靄がかかったようで、ただダチュラという女を知りたいと思ってしまった。
そして知れば知る程、完璧な素性の彼女と自分との差に打ちひしがれる。
目の前にいる完璧な顔を持つクリスドールをぼんやり眺めていた時、私は自分の閃きに電流が前身を駆け巡る感覚を覚えた。

昔々ある所に、王子様と一人の女がいました。王子様と恋に落ちたその女はお姫様になり、2人は幸せに暮らしました。
私の国でも、よくある物語。
でも、その主人公が自分である確率はとてもとても低い。
当たり前だ、分かっている、賢い私はそんな夢物語を信じたりしない。
でもなぜ?
私ではダメなの?
あの女はそんな物語の主人公だ。
しかも魔法の力を借りなくても、最初から幸せな女。
私には、魔法使いのお婆さんも妖精も現れないの?
どうしてこんなにも不公平なのだろう。

私はクリスに、人生でたった一度のお願いをした。

「私を、ダチュラにして」

魔法使いのお婆さんや妖精を待つのは無駄だ。
私は効率の良い考え方をする科学者だ。
魔法が無ければ科学の力を使えばいいじゃない。

クリスは私の願いを叶えてくれた。
姉弟愛は素晴らしい。
きっと今までの負い目もあったのだろう。
私も、そんなクリスの気持ちを利用した。
欲しい物をもう我慢するのをやめるの。
全く愛着のない自分の顔面を削ぎ落し、骨格を組み替える。
クリスの造形技術を最大限に活かされた私は、完璧なダチュラとなった。

一つ願いが叶えば、もう一つ叶えたくなるのが人間。
せっかくダチュラになったのだから、王子がいなければいけない。
私はここで踏み留まることができなかった。
本物のダチュラを調べ上げた私は、彼女の1日の行動が手に取るように分かっていた。
さらにクリスドールの助けを借りれば、彼女を始末し死体を処理することなど造作もない。
美しい顔を貼り付けた私は、何食わぬ顔で王子の隣に身を置いた。

そして婚礼の日を迎える。
私は純白のドレスに身を包んだ。
赤の他人であるダチュラの父と、ヴァージンロードを歩み王子のもとへ向かう。
彼は私に豪華な指輪をはめた。
披露宴には王子の計らいで、クリスの工房の従業員も呼ばれた。
私を魔女だと罵った男達も、皆私に見惚れ祝福の言葉を送る。
全てを知っているクリスも複雑な表情はしていたけれど、祝福をしてくれた。

執拗にダチュラを調べた甲斐があり、私は完璧に成りすましていた。

「最近君は、前より知的になったね。この国の戦況にも詳しいみたいだし」

「当然よ。私はあなたの妻なのだから。国の未来を考えているのよ」

彼に多少違和感を感じられても、私の頭なら誤魔化すことも容易い。

彼が国王になってから、ハモネーとの戦争は本格的になっていった。
この国最大の武器は殺傷能力が高い拳銃止まりであり、ハモネーの戦闘能力を甘く見ていた私達の国は窮地に追い込まれる。
通常の拳銃では彼らの皮膚に傷一つつかなかったのだ。
クリスの工房で開発された銃なら敵の肉を貫通させることに成功したものの、ハモネーの潜力は治癒力を強化させることもでき、一発で急所に当てなければ無意味だった。
そのためには武器を扱う人間の技術が必要であり、訓練する時間など存在するはずも無かった。
そして遂に、国王自ら出兵する日を迎えてしまう。

「なあダチュラ。僕が無事に帰ってきたら教えてほしいことがあるんだ」

そう言って彼が取り出したのは、一枚のハンカチだった。
それは、昔私が初めて彼に出会った頃に貰ったハンカチ。
ダチュラでは無い、私だった頃に。
ずっと宝物として大切にしていた物だった。

「君は誰だい?」

彼は気づいていた。
私がダチュラではないことを。
それでも彼は、私を非難するわけでもなく優しい眼差しを向けていた。
いつもの私のように、上手い言い訳が思いつかない。
言い淀んでいる私に彼は小指を差し出した。

「約束をしよう。僕が帰ってきたら教えておくれ。それまでこのハンカチは預かっておくよ」

本当にごめんなさい。
約束をするわ。
私の罪を全て話します。
だから、どうか無事に帰ってきてください。

けれども、罪深い私の願いなんて神様が聞いてくれるはずは無い。
彼はそのまま帰らぬ人となり、私は約束を果たすことができなかった。

ハモネーによる国の侵略は止まらない。
そして私達が住む町にも奴らは攻め込んできた。
国王が死に、王制は破滅していた。
私は王宮を去り、クリスの家に戻って来ていた。
それからしばらくして私達の家に、両親が戦争に巻き込まれて死んだという報告が届く。
あの温厚なクリスが、その時だけは怒りに打ち震えていた。
それからクリスはクリスドールを更に改良し、あんなに拒んでいたにもかかわらず機械人形兵器を創り上げた。
私の予想通りクリスドールは最強の兵器となった。
そのお陰で私とクリスは幾度となく危機を免れることができた。

私達二人でこの国を守ろうと決めた。
両親やあの人の仇を取ろうと誓った。
従業員が失踪して誰もいなくなった工房で、私とクリス2人だけで兵器の製造を始める。
しかし、侵略の進行スピードに完成は間に合わなかった。
クリスドール一体では、さすがに国民全員を守ることはできない。
この国はほとんど壊滅状態となった。

美しかった街並みは崩壊し、私とあの人が過ごした王宮は跡形もない。
もしかしたら、この国で生き残ったのは私とクリスだけかもしれない。
それくらい、見渡す限り何もない状態になっていた。

「僕が機械人形を兵器化していたら、皆死なずに済んだかな」

クリスは自分を責めた。

「クリス、諦めちゃダメよ。まだ私達がいるじゃない」

私は破壊された工房をあさった。
すると途中まで作成されていた、私が考えたムカデ型のゴーレムが出てきた。
捨てられてはいなかったみたい。

「クリス! これを完成させるのを手伝って。私達はできることをしましょう」

材料や燃料などほとんど無い状態だったが、ガラクタの寄せ集めでも何とか完成をさせた。
この国の生き残りがいないか探していた敵を見つけ、ゴーレムを差し向けた。
地中からの攻撃と強靭な鋼のボディーに、奴らはなすすべもなく叩き潰された。
私の心は歓喜に踊っていた。
私は正しかった。
けれどそれを見ていたクリスは、自分の心を殺してしまった。

「あの時、従業員の意見に流されなかったら、この兵器を完成させていたら、こんなことにはならなかったのに」

確かに、クリスは従業員達を止めることができず、私の兵器の製造をストップさせてしまった。
そして、私を工房から追い出すことにもなってしまった。
気にしなくていいと私が言っても、クリスの後悔は止められない。
クリスの心は病んでいく。
幾度か私の兵器を敵に差し向け、少しずつ奴らの数を減らしていった。
私は久しぶりに自分の気持ちが高揚していることに気づく。
自分が考えた兵器で、復讐を成し遂げることに快感を感じていた。
だんだんクリスは私について来なくなり、私一人で敵を狩りに行く。

ある日一人の敵が私の兵器を破壊してしまった。
その女はとても筋肉質な体格で、鬼のような形相だった。
後から知ったが、その女こそハモネーを一つにまとめたサンドローザだった。
さすがにハモネーの頂点に君臨した女を、ガラクタの寄せ集めでは倒せなかった。
私は逃げ帰り、次の作戦をクリスと立てようと思った。
けれど、クリスは死んでいた。
工房の跡地で首をつっていた。
それを眺めていたクリスドールが、いつもの笑顔で私に伝えてきた。

「もう止めようってさ」

意味が分からない。

「もう皆死んじゃったから意味無いって」

だからこそ、生き残った私達が仇を討つんでしょ。

「それに、ダチュラがこれ以上怖くなるのは嫌だって」

何言ってるの? 本当に。
今更何を言っているのよ!

「だから、ダチュラがこれ以上破壊行為をするなら止めろって」

「おかしいじゃない。あんたは私の物よ。私を手伝いなさいよ」

「もうダメだって。最終的に殺せって。あの世で待ってるって」

クリス、あんたは悪くないと言ってあげた。
でも、私が間違えてた。
やっぱり悪いのはあんたよ!
あんたの甘さがこの国を滅ぼした。
あんたが私を守ってくれなかったから、私はあの人を欺いた。
全部あんたのせいよ!
そして、最後に言いたい事を自分でも言えないなんて。
人形に伝言させて勝手に死ぬなんて酷い。

「後、いろいろ言われたんだけど。将来的にもし――あれ」

私はその場から全速力で逃げた。
許せない何もかも。

それから私は、生き残るために自らを改造していった。
もうほとんど人間だった頃の部分は無い。
でもこの外見だけは、あの人が愛したこの外見だけは残すように努力した。
そして何十年もの月日が流れ、私の復讐劇は本格的に幕を開ける。
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