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第一章・俺の価値
謝罪
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頭がジンジンして、酸欠で気を失った後、俺はまた、今度は分厚い暖かな服と、綺麗な布団の中で目が覚めた。
(これは…!)
クリフ、と思って隣を向く。だが、部屋には俺一人だった。
でもきっと、こんな丁寧に俺を温めてくれるのはクリフだけだ。
さっき飯を食わすと言いながら俺を殺そうとするんじゃないかと思う挙動をした男達を思い返して、身震いがする。
(いや、思い返したら昼間あいつら全員俺に水ぶっかけてたし…)
なんで忘れてたんだと、
席を立って次々と俺に水を持ってくる男達を思い返して、親切なやつなんてクリフ以外いるわけないと、また思った。
頭を打ったけど、出血はしていなかったようで、手で頭の裏を触っても、たんこぶがあるだけだった。
アイツら2人とも、誰かに怒られたのかな…
そう思いながら、頭を確認した手を寒くないようにまた布団の中へと仕舞う。
クリフが怒るところは想像できないと思いながら、また眠りにつこうとしたその時、
コツコツと、廊下に響く靴音に気がついた。
(クリフか…?)
期待しながら、でも違った時に大丈夫なように、少し身構えて鉄の扉を見る。
ギィ、ギィ、と扉の開く音がして、今回は鍵がかけられてなかったのかと思いながら、入ってきた、逆光で見えにくい男に目を凝らした。
「なんだ、起きてやがったのか」
それは、なんとチャドだった。
(うッわ最悪…!怖いやつだ…!)
優しいクリフじゃなくて、一晩中俺に乱暴したその男に、体が硬直する。
(ま、また資金源調達か…?!)
もう出ねえよ、と、何度も空イきを繰り返した事を思い出す。
チャドはコツコツ靴音を鳴らしながら近付いてきて、俺の近くに座った。
「すまねえな、休ませるって言ったのに」
「え…?」
初めて聞く謝罪の言葉に、俺は耳を疑った。
(やべ、声出た)
俺がうぇ、と言っただけで壁に打ち付けられたのを思い出して焦るが、チャドは俺の声が聞こえなかったのか、はたまた気にしていないのか。
俺の声を無視して少し強い力で俺の頭を撫でた。
「信用できるヤツに鍵を渡してたんだが、力尽くで奪われたみたいでよ…しかも、仲間内で高値で取引してたみたいだ。」
この短時間に、全く馬鹿な奴らだとチャドはため息をつく。
ぽつぽつと、俺に世間話をしたあと、少し布団を捲り、俺の服を撫でた。
「服、アイツが買ってくれってせがむんだ」
金なら充分やってるのによと、笑いながら話すチャド。
(あ、あいつって…)
多分クリフだ。早くなる心臓に違和感を覚えながら、なるべくチャドを刺激しないよう少しも動かずに、目線はシーツに固定して、息を潜める。
そんな俺に構わず、チャドは話を続けた。
「アイツ、お前のこと気に入ってたんだなあ…養殖した子供の時も思っていたが、情が厚すぎるんだ」
“気に入ってた”という、過去形の言葉に、なんとなく嫌な予感がする。
まるで、もうここにクリフはいないみたいな口ぶりだ。
(いや、でも…)
同じような立場の男は殺せないだろと考えを改める。
派閥は二つに分かれているようだったし、こんな形態の組織でクリフを殺せば、仲間割れが起きるのは明確だ。
心臓が、さっきとは違い嫌な感じでバクバクと音が鳴る。
「まあ、明日丸一日は休ませてやる。アイツら何回言っても分かんねえから、監視役はアイツらにはやめさせる。」
お前みたいなやつ抱ける機会なんて、貴族が金積んでもそうそう無いからなと、チャドは仕方ないといったようにまた笑った。
チラリとゴツい腕時計を見た後、
「牛の乳、好き嫌いせず飲んどけよ」
そう言って、いつのまに増えていたのか、鉄の扉の横に設置された木の机を指さして部屋を出て行った。
(クリフ……)
無事なのか、そう思いながら、チャドに怒られる未来は極力避けたくて、早速布団を出て牛乳をコップに注ぐ。
(いや、多すぎだろ)
まず用意されたコップもデカいが、牛乳が入っているであろう壺は、牛乳パック2本は入りそうだ。
コップに注ごうとするが、数センチ持ち上がりはするものの、それを傾けてコップに牛乳を注ぐことはできそうにない。
「どうしよ……」
なんで飲んでねえんだと怒鳴られる未来を想像して、身震いがする。
コップを床に置いて、倒してみようかとか、色々画策する。
色々試しては、溢す溢す…!と壺を直すのを繰り返していると、
コツコツ、またこちらへ来る靴音に気がついた。
(ヤバいヤバいヤバい…!)
まだ飲んでねぇよ、と焦りながら、壺を覗き込んだり意味のない行動をする。
ガチャ…ギィ…
一つめの扉が開く音がして、涙を滲ませながら、もうどうすることもできずに、今飲もうとしてたんだと言い訳ができるよう壺を持ったまま扉を見つめる。
ギィ……
「…あ!もう起きて大丈夫なのか?」
だが、そこにいたのはクリフだった。
(い、生きてんじゃん…!)
妄想が加速して、もう殺されていると思い込んでいたその男の登場に、ホッとして壺を降ろす。
キスを拒否したのを怒っているのかと思ったが、昼間と同じように話すクリフに、考えすぎだったと反省する。
「あ、飲みたいのか?…それ、白髪のこわーいおじさんが用意したんだろ」
そう言って、チャドの名前を知らないと思っているのか、俺にチャドの特徴を伝えながら、俺から壺を取る。
こんなの持ち上がらないよなあと笑いながら、そう言うクリフは片手でコップに牛乳を注いだ。
「…あ、ありがと…」
少し涙目で牛乳を受け取って、喉が渇いていた俺はすぐにそれを飲み干す。
あっちの世界で飲んだ牛乳パックのサラサラとしたものとは違い、味が濃ゆい牛乳は、とても美味しかった。
もう一度飲むかと聞くクリフに、流石に2杯目は多くて断った後、2人でベッドに並んで座る。
「…寒くないか?」
さっきの服、ペラペラで寒かっただろ、とクリフが付け足す。
「…別に、ありがとうとは思ったけど」
あの服が、クリフが買ってくれたものだと知っていた俺は、そんな素振りを隠しながら、間接的に感謝を伝えた。
そうか、と嬉しそうな顔をして、クリフが俺の頭を優しく撫でる。
「俺たちがいない間に、怖かっただろ」
そう言って、気遣っているのか俺に布団をかけて、その上から背中をさする。
その優しさに、また泣きそうになりながら、俺は口を開いた。
「ッき、キス…」
「え?キス?」
早く伝えようと、脳で文章を紡ぐ前に声に出す。驚いた様子のクリフが、さする手を止めたのが分かった。
(キス、じゃなくて、謝れ俺…!)
焦った自分に顔が熱くなるのを感じながら、言葉の続きを考えずにまた声を出した。
「さっき…その…キスしてようとくれたのに、俺が顔ズラしたから…」
アレは別に嫌だったわけじゃなくて、と、恥ずかしくて下を向きながら話す。
(な、何が言いたいのかわからなくなってきた…!)
謝るはずだったのに“ごめん”の一言をどこに組み込むか忘れ、言い訳だけがぽろぽろと溢れる。
「はは、なんだ…そっか…」
だが、俺が謝るのを待たず、クリフは嬉しそうに、また俺の背中を摩るだけだった。
「だ、だから…俺が言いたいのは…」
それでも、1人でいる間、ずっとクリフに謝りたかった心は未だ健在で。
ここ数年、最低なことだが本心から謝ったことがない俺は、慣れない心からの謝罪に緊張しながら、ごめんの3文字を言う為に深呼吸する。
「……ッ」
俺の言葉を待っているのか、深呼吸をする俺を見ながらクリフが息を呑む音が聞こえた。
(ちゃんと、謝るんだ…)
シンとした室内に、自分だけの深呼吸が聞こえる。
「だから、その…ッご、、ごめん……!」
(い、言えた…!)
自分から告白なんてした事がないが、多分告白する人間はこれくらい緊張したんだろうなと、遅れて思う。
今まで、靴箱に入っていたラブレターを友達に回したり、告白してきた女の子を邪険に扱ったりしたのを今更反省した。
「…く、クリフ…?」
謝ったのに、何も言わないクリフに、俺は不安になって顔を上げる。
クリフを見ると、そっぽを向いて顔に手を置いていた。
(お、怒ってる…?!)
謝るの、遅かったかなとか、やっぱりキスを拒否したのはマズかったんだとかぐるぐる考えて、少し遅れてクリフの耳が赤いのに気付いた。
「…あ」
俺が、クリフの耳が赤いのに気付いたと同時に、クリフがこっちを向く。
「ちょ、見るなよ…」
勿論顔も赤かったクリフは笑いながら、顔を覆っていた手とは反対の、俺の背中をさすっていた手で俺の頭をわしゃわしゃした。
「あーあ!勘違いした!…ッいて、!」
そう言い、恥ずかしいのか爆笑しながらベッドにぼふん、と仰向けに倒れ、案の定壁に頭を打った。
(な、何やってんだよ)
勘違いって…、そこまで思って、さっき感じた自分の緊張を、告白に見立てた事を思い出す。
「…あ」
気付いたか、というようにクリフがまた俺を笑い、俺も少し面白くなって声を上げて笑った。
「ッハハ!違う、告白じゃねェ!」
俺も恥ずかしくなって、ベッドに倒れているクリフの肩を、誤魔化すように叩く。
痛い痛いと笑うクリフの横に、俺も横になった。
ベッドに垂直に、脚をぶらぶらさせながら倒れた俺に、倒れるのが上手いとまたクリフが笑った。
「俺、スタイル良いから」
「おいおい、自信家だなあ」
まあ、俺もその顔とその身体で生まれたらそうなると、クリフが楽しそうに俺の顔を撫でた。
「…本当に、綺麗だ」
そう言いながら、ギ、とベッドを鳴らし俺の方へ身体を向ける。
俺も、それに合わせて身体をクリフの方に向けた。
「…俺は、本当は君に自由になって欲しい」
そう言いながら、俺の耳を撫でる。
「…ッ、ふ」
声が漏れ出るのを聞いて、少し笑いながら、クリフは話を続けた。
「もし俺に金があって、…家族もいなくて、自由だったら、お前を連れて色んな場所に行きたい。」
実は3ヶ国語喋れるんだぜ、と、3回こんにちは、こんにちは、こんにちはと言った。
「ほらな」
得意気に、なんの国の言葉か分かるかと聞いてくるクリフに
(この世界の言葉が全部翻訳されて聞こえるから、何も違いがわからないな…)
そう思いながら、ちょっと面白かった今の光景に、フ、と笑いが漏れる。
「あれ、発音違ったか?」
またこんにちは、と3回言うクリフに、面白くなって笑いながらそれを止めさせた。
「この耳も…誰かにやられたんだろ」
酷い奴がいるもんだと、悲しそうな顔をするクリフ。
(俺の趣味って言ったら、ビックリするよな…)
ちょっとイタズラ心が出て、誰にやられた?と聞くクリフに、笑いながら答えた。
「大体自分でやったよ、5、6年前かな…
乳首と、耳も、初めて開けてくれたのは俺の好きな人。」
そう言いながら、記憶の中の先輩の兄貴を思い出す。
「…す、きな人」
俺の耳を撫でるのをやめて、また頭を撫でながら、
「君の好きな人を悪く言ってすまない…」
そう謝罪した。
「良いって、俺も多分初めて見たら虐待だと思うし」
でも、痛いのが落ち着く時もあるんだと付け加えながら、中途半端に投げ出されていた足を支える腰が痛くなって、ベッドから起き上がる。
クリフも起き上がるかと思ったけど、まだ寝転んでいるようだった。
(…眠いのかな)
「仕事ないなら布団に入って寝てても良いけど…」
そう言いながら後ろを振り向くと、クリフは両手で顔を覆っていた。
「…クリフ?」
黙ったまま、顔を覆うクリフに不安になる。
(…自分から望んで穴開けてるなんて、キモかったかな、ピアス)
少しのいたずら心で、変なこと言うんじゃなかったと本日何度目かの後悔をしながら、クリフの上にギ…とベッドを揺らしながら乗る。
「…なあ、ごめんって」
今度はすんなり出てきたごめんに、自分でも感動しながら、軽いごめんだったからかなと納得する。
クリフの顔がどうなってるのか確認したくて、顔を隠す腕を揺すった。
「…君は…」
依然として顔を隠しながら何か言おうとしたクリフに、揺する手を止めて、ん?と聞き返す。
「いや…やっぱり良い」
「っうわ」
そう言うと、俺がクリフの腕に添えていた手をぐい、と引っ張り、自分の胸に俺をぎゅう、と抱きしめた。
(これは…!)
クリフ、と思って隣を向く。だが、部屋には俺一人だった。
でもきっと、こんな丁寧に俺を温めてくれるのはクリフだけだ。
さっき飯を食わすと言いながら俺を殺そうとするんじゃないかと思う挙動をした男達を思い返して、身震いがする。
(いや、思い返したら昼間あいつら全員俺に水ぶっかけてたし…)
なんで忘れてたんだと、
席を立って次々と俺に水を持ってくる男達を思い返して、親切なやつなんてクリフ以外いるわけないと、また思った。
頭を打ったけど、出血はしていなかったようで、手で頭の裏を触っても、たんこぶがあるだけだった。
アイツら2人とも、誰かに怒られたのかな…
そう思いながら、頭を確認した手を寒くないようにまた布団の中へと仕舞う。
クリフが怒るところは想像できないと思いながら、また眠りにつこうとしたその時、
コツコツと、廊下に響く靴音に気がついた。
(クリフか…?)
期待しながら、でも違った時に大丈夫なように、少し身構えて鉄の扉を見る。
ギィ、ギィ、と扉の開く音がして、今回は鍵がかけられてなかったのかと思いながら、入ってきた、逆光で見えにくい男に目を凝らした。
「なんだ、起きてやがったのか」
それは、なんとチャドだった。
(うッわ最悪…!怖いやつだ…!)
優しいクリフじゃなくて、一晩中俺に乱暴したその男に、体が硬直する。
(ま、また資金源調達か…?!)
もう出ねえよ、と、何度も空イきを繰り返した事を思い出す。
チャドはコツコツ靴音を鳴らしながら近付いてきて、俺の近くに座った。
「すまねえな、休ませるって言ったのに」
「え…?」
初めて聞く謝罪の言葉に、俺は耳を疑った。
(やべ、声出た)
俺がうぇ、と言っただけで壁に打ち付けられたのを思い出して焦るが、チャドは俺の声が聞こえなかったのか、はたまた気にしていないのか。
俺の声を無視して少し強い力で俺の頭を撫でた。
「信用できるヤツに鍵を渡してたんだが、力尽くで奪われたみたいでよ…しかも、仲間内で高値で取引してたみたいだ。」
この短時間に、全く馬鹿な奴らだとチャドはため息をつく。
ぽつぽつと、俺に世間話をしたあと、少し布団を捲り、俺の服を撫でた。
「服、アイツが買ってくれってせがむんだ」
金なら充分やってるのによと、笑いながら話すチャド。
(あ、あいつって…)
多分クリフだ。早くなる心臓に違和感を覚えながら、なるべくチャドを刺激しないよう少しも動かずに、目線はシーツに固定して、息を潜める。
そんな俺に構わず、チャドは話を続けた。
「アイツ、お前のこと気に入ってたんだなあ…養殖した子供の時も思っていたが、情が厚すぎるんだ」
“気に入ってた”という、過去形の言葉に、なんとなく嫌な予感がする。
まるで、もうここにクリフはいないみたいな口ぶりだ。
(いや、でも…)
同じような立場の男は殺せないだろと考えを改める。
派閥は二つに分かれているようだったし、こんな形態の組織でクリフを殺せば、仲間割れが起きるのは明確だ。
心臓が、さっきとは違い嫌な感じでバクバクと音が鳴る。
「まあ、明日丸一日は休ませてやる。アイツら何回言っても分かんねえから、監視役はアイツらにはやめさせる。」
お前みたいなやつ抱ける機会なんて、貴族が金積んでもそうそう無いからなと、チャドは仕方ないといったようにまた笑った。
チラリとゴツい腕時計を見た後、
「牛の乳、好き嫌いせず飲んどけよ」
そう言って、いつのまに増えていたのか、鉄の扉の横に設置された木の机を指さして部屋を出て行った。
(クリフ……)
無事なのか、そう思いながら、チャドに怒られる未来は極力避けたくて、早速布団を出て牛乳をコップに注ぐ。
(いや、多すぎだろ)
まず用意されたコップもデカいが、牛乳が入っているであろう壺は、牛乳パック2本は入りそうだ。
コップに注ごうとするが、数センチ持ち上がりはするものの、それを傾けてコップに牛乳を注ぐことはできそうにない。
「どうしよ……」
なんで飲んでねえんだと怒鳴られる未来を想像して、身震いがする。
コップを床に置いて、倒してみようかとか、色々画策する。
色々試しては、溢す溢す…!と壺を直すのを繰り返していると、
コツコツ、またこちらへ来る靴音に気がついた。
(ヤバいヤバいヤバい…!)
まだ飲んでねぇよ、と焦りながら、壺を覗き込んだり意味のない行動をする。
ガチャ…ギィ…
一つめの扉が開く音がして、涙を滲ませながら、もうどうすることもできずに、今飲もうとしてたんだと言い訳ができるよう壺を持ったまま扉を見つめる。
ギィ……
「…あ!もう起きて大丈夫なのか?」
だが、そこにいたのはクリフだった。
(い、生きてんじゃん…!)
妄想が加速して、もう殺されていると思い込んでいたその男の登場に、ホッとして壺を降ろす。
キスを拒否したのを怒っているのかと思ったが、昼間と同じように話すクリフに、考えすぎだったと反省する。
「あ、飲みたいのか?…それ、白髪のこわーいおじさんが用意したんだろ」
そう言って、チャドの名前を知らないと思っているのか、俺にチャドの特徴を伝えながら、俺から壺を取る。
こんなの持ち上がらないよなあと笑いながら、そう言うクリフは片手でコップに牛乳を注いだ。
「…あ、ありがと…」
少し涙目で牛乳を受け取って、喉が渇いていた俺はすぐにそれを飲み干す。
あっちの世界で飲んだ牛乳パックのサラサラとしたものとは違い、味が濃ゆい牛乳は、とても美味しかった。
もう一度飲むかと聞くクリフに、流石に2杯目は多くて断った後、2人でベッドに並んで座る。
「…寒くないか?」
さっきの服、ペラペラで寒かっただろ、とクリフが付け足す。
「…別に、ありがとうとは思ったけど」
あの服が、クリフが買ってくれたものだと知っていた俺は、そんな素振りを隠しながら、間接的に感謝を伝えた。
そうか、と嬉しそうな顔をして、クリフが俺の頭を優しく撫でる。
「俺たちがいない間に、怖かっただろ」
そう言って、気遣っているのか俺に布団をかけて、その上から背中をさする。
その優しさに、また泣きそうになりながら、俺は口を開いた。
「ッき、キス…」
「え?キス?」
早く伝えようと、脳で文章を紡ぐ前に声に出す。驚いた様子のクリフが、さする手を止めたのが分かった。
(キス、じゃなくて、謝れ俺…!)
焦った自分に顔が熱くなるのを感じながら、言葉の続きを考えずにまた声を出した。
「さっき…その…キスしてようとくれたのに、俺が顔ズラしたから…」
アレは別に嫌だったわけじゃなくて、と、恥ずかしくて下を向きながら話す。
(な、何が言いたいのかわからなくなってきた…!)
謝るはずだったのに“ごめん”の一言をどこに組み込むか忘れ、言い訳だけがぽろぽろと溢れる。
「はは、なんだ…そっか…」
だが、俺が謝るのを待たず、クリフは嬉しそうに、また俺の背中を摩るだけだった。
「だ、だから…俺が言いたいのは…」
それでも、1人でいる間、ずっとクリフに謝りたかった心は未だ健在で。
ここ数年、最低なことだが本心から謝ったことがない俺は、慣れない心からの謝罪に緊張しながら、ごめんの3文字を言う為に深呼吸する。
「……ッ」
俺の言葉を待っているのか、深呼吸をする俺を見ながらクリフが息を呑む音が聞こえた。
(ちゃんと、謝るんだ…)
シンとした室内に、自分だけの深呼吸が聞こえる。
「だから、その…ッご、、ごめん……!」
(い、言えた…!)
自分から告白なんてした事がないが、多分告白する人間はこれくらい緊張したんだろうなと、遅れて思う。
今まで、靴箱に入っていたラブレターを友達に回したり、告白してきた女の子を邪険に扱ったりしたのを今更反省した。
「…く、クリフ…?」
謝ったのに、何も言わないクリフに、俺は不安になって顔を上げる。
クリフを見ると、そっぽを向いて顔に手を置いていた。
(お、怒ってる…?!)
謝るの、遅かったかなとか、やっぱりキスを拒否したのはマズかったんだとかぐるぐる考えて、少し遅れてクリフの耳が赤いのに気付いた。
「…あ」
俺が、クリフの耳が赤いのに気付いたと同時に、クリフがこっちを向く。
「ちょ、見るなよ…」
勿論顔も赤かったクリフは笑いながら、顔を覆っていた手とは反対の、俺の背中をさすっていた手で俺の頭をわしゃわしゃした。
「あーあ!勘違いした!…ッいて、!」
そう言い、恥ずかしいのか爆笑しながらベッドにぼふん、と仰向けに倒れ、案の定壁に頭を打った。
(な、何やってんだよ)
勘違いって…、そこまで思って、さっき感じた自分の緊張を、告白に見立てた事を思い出す。
「…あ」
気付いたか、というようにクリフがまた俺を笑い、俺も少し面白くなって声を上げて笑った。
「ッハハ!違う、告白じゃねェ!」
俺も恥ずかしくなって、ベッドに倒れているクリフの肩を、誤魔化すように叩く。
痛い痛いと笑うクリフの横に、俺も横になった。
ベッドに垂直に、脚をぶらぶらさせながら倒れた俺に、倒れるのが上手いとまたクリフが笑った。
「俺、スタイル良いから」
「おいおい、自信家だなあ」
まあ、俺もその顔とその身体で生まれたらそうなると、クリフが楽しそうに俺の顔を撫でた。
「…本当に、綺麗だ」
そう言いながら、ギ、とベッドを鳴らし俺の方へ身体を向ける。
俺も、それに合わせて身体をクリフの方に向けた。
「…俺は、本当は君に自由になって欲しい」
そう言いながら、俺の耳を撫でる。
「…ッ、ふ」
声が漏れ出るのを聞いて、少し笑いながら、クリフは話を続けた。
「もし俺に金があって、…家族もいなくて、自由だったら、お前を連れて色んな場所に行きたい。」
実は3ヶ国語喋れるんだぜ、と、3回こんにちは、こんにちは、こんにちはと言った。
「ほらな」
得意気に、なんの国の言葉か分かるかと聞いてくるクリフに
(この世界の言葉が全部翻訳されて聞こえるから、何も違いがわからないな…)
そう思いながら、ちょっと面白かった今の光景に、フ、と笑いが漏れる。
「あれ、発音違ったか?」
またこんにちは、と3回言うクリフに、面白くなって笑いながらそれを止めさせた。
「この耳も…誰かにやられたんだろ」
酷い奴がいるもんだと、悲しそうな顔をするクリフ。
(俺の趣味って言ったら、ビックリするよな…)
ちょっとイタズラ心が出て、誰にやられた?と聞くクリフに、笑いながら答えた。
「大体自分でやったよ、5、6年前かな…
乳首と、耳も、初めて開けてくれたのは俺の好きな人。」
そう言いながら、記憶の中の先輩の兄貴を思い出す。
「…す、きな人」
俺の耳を撫でるのをやめて、また頭を撫でながら、
「君の好きな人を悪く言ってすまない…」
そう謝罪した。
「良いって、俺も多分初めて見たら虐待だと思うし」
でも、痛いのが落ち着く時もあるんだと付け加えながら、中途半端に投げ出されていた足を支える腰が痛くなって、ベッドから起き上がる。
クリフも起き上がるかと思ったけど、まだ寝転んでいるようだった。
(…眠いのかな)
「仕事ないなら布団に入って寝てても良いけど…」
そう言いながら後ろを振り向くと、クリフは両手で顔を覆っていた。
「…クリフ?」
黙ったまま、顔を覆うクリフに不安になる。
(…自分から望んで穴開けてるなんて、キモかったかな、ピアス)
少しのいたずら心で、変なこと言うんじゃなかったと本日何度目かの後悔をしながら、クリフの上にギ…とベッドを揺らしながら乗る。
「…なあ、ごめんって」
今度はすんなり出てきたごめんに、自分でも感動しながら、軽いごめんだったからかなと納得する。
クリフの顔がどうなってるのか確認したくて、顔を隠す腕を揺すった。
「…君は…」
依然として顔を隠しながら何か言おうとしたクリフに、揺する手を止めて、ん?と聞き返す。
「いや…やっぱり良い」
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そう言うと、俺がクリフの腕に添えていた手をぐい、と引っ張り、自分の胸に俺をぎゅう、と抱きしめた。
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