イケメンがご乱心すぎてついていけません!

アキトワ(まなせ)

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13.βなのに…

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 空気がザワリと動いた瞬間──…
 悪寒が背筋を駆け上った。

(なんだこれ……うわ、腕にすげー鳥肌が……)

 周りを取り巻く空気に、重さが加わったみてぇ。
 クラリとくる酩酊感に、吐き出す息が熱く乱れてくる。
 さっき悠が言っていた『βでも肌で感じとれる』って意味がよく分かった。
 確かにこれはヤバい。全身の産毛が逆だったまま、落ち着く気配がねぇ。
 下を向いたまま浅く喘ぐ鼻腔に、その時フワリと芳しい匂いが漂ってきた。

 
 ──…あ、この匂い……。


 フェロモンを出すと体温も上がるのか、悠が愛用しているコロンの香りも強くなっている気がする。

(イケメンは、匂いまでイケメンだな……)

 こんな状況でも、すげーいい匂いに感じる。
 どこのブランドの香水なんだろ。
 自分では買えないだろうけど、少しだけ中身を分けてもらえたりしねぇかな。

 不快感を紛らわすように、悠の香りに集中する。
 ギュッときつく瞼を閉じながら、へばり付く空気の重さにひたすら耐えた。
 強く握りしめた拳の上に、突然ふわんと温かな感触が被さってくる。


「アキ? 大丈夫か?」


 ハッと瞼を開けてみれば、心配そうに俺を覗き込んでくる悠の顔。
 そのまま視線を自分の右手に移してみれば、悠の大きな手が俺の手を包み込んでいる。
 握ってくる手の温かさと、大丈夫か?と聞いてくる声が何だか優しく聞こえて、不快感が少しだけ和らいだ気がした。

「悪ぃ…大丈夫。ははっ、ちょっとビックリしたけどな」

 強がってはみたけど、ゾクゾクする寒気がまだ治まってねぇ。
 掴まれていない左手で、粟立った腕をゴシゴシ擦るようにしながらそれを誤魔化した。

「すぐに止めたし、向こうが軽く気づくくらいの量しか出してないつもりだったんだけど…。近くに居すぎたせいで影響が強かったのかもな。顔色が悪いけど大丈夫か?」
「ん…問題ねぇよ……」

 唾を飲み込んで口の中に残るものを必死で嚥下してみたけど、まだ吐き出す息にさっきの重みと悠のコロンの香りが残っているような気がする。
 もう放出は止めてくれたはずなのに……マジでこれはヤバイな。
 視界が軽く揺れてるし。何か乗り物酔いしたみたいになっている。

 はぁ…。まさかβの自分にも、こんなに影響が出るなんてなぁ。
 額を抑えながら、乗り物酔いのような症状が落ち着くまで、目を瞑ることにした。
 今後俺の傍でのフェロモンの放出は、断固禁止にしようと固く誓う。
 くらくらするし、力は入らないしですげー危険なんだな、αのフェロモンって。


「ごめん…βならそこまで影響がないかと思っていたんだ。 どうする…保健室に行こうか?」

 具合の悪い俺を気遣うように、悠が親指の腹で優しく俺の手の甲をなぞるように擦ってくれるのはありがたいんだけど。
 ……ねぇ、お願いそれ止めて。

 背中のゾクゾクが酷くなるんだってぇ……!

「う…うぅううう…悠ぅ」
「震えてるな。寒い?」

 お前のお触りに震えてるんだよ。やーめーろ!!


 ──俯きながら耐えていたせいで気づくのが遅れた。
 影が差したことでやっと傍に人が立っていることに気がつく。

「そこの2年生」

 ハッとして顔を上げると、黒縁メガネをかけた先輩が、悠に声をかけていた。
 んん? この黒縁…羽鳥先輩の取り巻きの1人じゃねぇ?

「はい?」
「少しだけこっちの席に来てもらってもいいか。羽鳥さんがお前に会いたがっている」

 確認しているわりに断られるとは思っていないのか、黒縁は背を向けるとそのまま歩きだそうとしている。悠が引き止めるようにその背中に声をかけた。

「申し訳ありません。見ての通り友人と二人で昼食を食べている最中です。彼を置いてそちらに行く気はありませんし、そもそも用があるなら呼びつけるのではなく、そちらが出向くべきではないですか?」

 悠の返答に黒縁が目を剥く。
 俺だってビックリだ。

 おいっ、羽鳥先輩のそばに行けるチャンスじゃねぇか!
 なんでそれを棒に振るようなことを言ってんだよ、このバカはっ!
 お前の目的は羽鳥先輩に会うことじゃなかったのか!?

 思わず「おいっ」と言いながら、向かいに座る悠の腕を掴む。
 俺の焦りを平然と無視する形で、悠が黒縁にもう一度声をかけた。

「正当な理由もなしに、会いたいだけで呼びつけられるのは迷惑です」
「……少し待っていろ」

 素気なく断る悠をしばらく見つめた後にそう言い残すと、黒縁が羽鳥先輩の所に戻って行く。
 ハラハラしながら成り行きを見守っていた俺は、すぐさま悠に詰め寄った。

「なぁなぁ。何で断ってんだよ。あのまま黒縁に付いて行ったほうが良かったんじゃねぇの?」

 心配して言ってるのに、悠が頭を振ってくる。

「いや、が付いて行くわけにはいかないんだ。あちらから来てもらう、という形にしないと後々面倒が起こった時に、こちらが強く出られなくなる。残念だけどこれで駄目なら今回は諦めるしかないな」
「はぁー…金持ちの家は、まだるっこしいことに拘るんだな」
「あぁ。面倒な家に生まれたとオレも思っているよ」

 悠がため息を吐いたとたん、食堂が突然ざわついた。

(えっ!? 何…?)



 ビックリして顔を上げると同時に漂う、花のような香り───…



 自然と匂いを辿るように顔を上げてみれば。

(は…羽鳥先輩……?)



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