ノンフィクション・アンチ

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第1章 柳田 影

第3話 推し

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「おはようございます~!!先輩!!」
 影の後輩、澤部愛が元気よく挨拶する。影は澤部を見て少し安心した。今日はあの本について話せそうだ、と。
「澤部さんおはよう。本、読んだよ」
「えっ、早っ!?」
 あまりの速さに澤部は驚く。少し嬉しそうだった。感想を聞きたそうな顔をしているが、まだ影には仕事が大量に残っているので、すぐに仕事に取り掛かった。
 その日の午後、休憩中。澤部が空き部屋で弁当を食べていた。影は絶好のチャンスだと思い、ミルクコーヒーとブラックコーヒーを片手に部屋へ入る。
「澤部さん、一緒に話せないかな」
 澤部は、あたふたしながら影の席を用意した。凄く珍しかったので、あまり会話は弾まない。緊張感がある中、影が口を開く。
「澤部さん、あの本、読んだよ。面白かった。今日は…あの作者の、勿忘リンって人について知りたいの。調べても、よくわからなくて…」
「…あっ、なるほど!!それなら、全然教えれますよぉ!!」
 緊張した雰囲気は一気に解け、澤部の口角が急に上がった。澤部はスマホを取り出した。
「これは、なに?」
「勿忘リンのSNS投稿ですよ!!」

『こんにちは。勿忘リンです。
性別は女。趣味はないです。
特に何もないですが、生きたくない、
と思っています。でも、私は、
生きたい、とも思っています。
何故かわからないまま、生きています。』

 謎な、よくわからない文だった。影は不思議な人だなと思いながらその文を見る。
「リンさんはですね、少しだけ精神を病んでいるんですよ!!でも、その分…病んでいる人の気持ちがわかるっていうか。人生相談が得意なんですよ!!」
「人生相談が?」
「はい!これ見てください。」

『勿忘リン様、助けてください。友達に虐められています。やり返せません。どうすればいいですか。幸せに生きたいです。』
『やり返す必要は、ないです。私も、いじめは、絶対に許せないのですが、やり返すより、その分、その虐める人よりも、自分は強いと思った方が、いいと思います。そして、私は貴方の味方です。安心して、幸せに生きてください。』

 読者と思われる人の相談に乗っている。優しさは見えるが、文に怖さがある。そして、澤部がもじもじしながら、口を開く。
「この相談をしたの、私なんですよ?」
「え!!」
「この虐められてたーって言ってる人、私なんです。学校でいじめられてて…そして、リンさんと出会って。話を聞いた時、もう虐めなんかどうでもよくなったんです。命の恩人ですよ。リンさんは。私の、大切な推しです!!」
 一生懸命に澤部は伝えた。影は静かに頷いた。影は考える。作者も虐めは許されないことと言っていた。いじめっ子ではないのか。それとも、人生経験を経て、いじめはよくないと思ったのか。作者のことが凄く気になる。12時30分を指す時計の針。
「ありがとう。澤部さん。もう休憩時間終わりだ。早いなぁ。今日の夜、時間空いてる?」
「あっ、はい!もっとリンさんについて教えたいこと、沢山あります!!」
 笑顔で澤部は言った。影はいい後輩を持ったな、と、心の底から思った。
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