黒と赤

もり

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赤③

黒が出社してから1週間ほど経った。表面上は何事もなく、いつも通りの日常だった。
俺は毎日心臓バクバクになりながら出社し、いつも通りに接してくる上司と同僚に、安堵する日々を送っていた。
だが家に帰っても、いつ警察が家に来るんじゃないかと落ち着かず、最近寝つきがすごく悪い。
今日は土曜で休みなのだが、昨夜もほぼ寝ておらず身体がだるい。
このままでは気が狂いそうだった。
何か対策を打たなくてはと思い、スマホを取り出してラインを開く。
黒のトーク画面を開いた。
あいつとは入社当時にライン交換をしていた。
たまにラインでやり取りをしていたが、最後にやり取りをしたのはもう2カ月ほど前になる。
何て送ろうか・・・
「あの時の動画を撮ってある。警察には言うな」
という文章をとりあえず打つが、さすがにすぐに送ることはできず、手が固まってしまう。
そのままずっと、2ヶ月前のたわいない文章を眺めた。
黒に仕事の雑用を頼まれて、俺がそれに対応した時のお礼の文章だった。
「さんきゅー!助かったわ」
たわいない日常の会話を眺める。あの時の出来事を思い出す。
まさかこの後に続くのが、こんな三流ドラマの悪役のようなセリフになるなんて・・・
非現実すぎて頭痛がする。でもこのまま何もせずに日常を送る勇気もなく、ついにラインを送ってしまった。
送ったとたん強烈な後悔が襲う。心臓が痛いぐらい激しく動く。
もういいや、どうにでもなれ
そのままスマホをベッドに投げつけた。
その日は一日中スマホが気になって仕方なかった。
時折ラインを開くが、関係ないやつからのメッセージばかりで、あいつからの返事はないようだった。
既読がついてるか確認する勇気もなく、とうとう返信が送られてくることはなかった。

あの恐喝文章を送った後は、しばらく後悔した。
あれが逆効果になってしまわないことを祈りつつ、月曜に出社したら黒は普通にデスクに座っていた。
あれ?・・・ライン見てないんかな。ひょっとしたらブロックしてたんだろうか。メッセージ自体見ていない可能性を疑った。
だが隣に座ったとたん、奴の身体がびくっと震えた。その様子を感じて、その考えはすぐになくなった。
ああ、やっぱ見たのか・・と確信した。
俺は少し間をおいて、引き出しからいつも通りPCを取り出した。その間に黒はどこかに行ってしまった。

それからさらに1週間がたった。
黒は誰にも話していないようで、家でも会社でもいつも通りの日々を過ごしていた。
しかしまだ安心できない、毎日ドキドキしながら過ごしている。
相変わらずあいつの顔は見ないし、もちろん話しかけたりもしていない。あいつも一切俺の顔は見ず、ほぼ個人ブースで仕事するようになった。
「あれ、黒どこいったかな?」
一日に何度か黒の居場所を聞かれることが多くなった。今度は二個上の先輩が話しかけてきた。
「あ、最近個人ブースで作業してるみたいで・・・」
「へー、あそこ暖房効かないけど、寒くないんかな」
特に不審がられることはなく、先輩はそのままオフィスを出る。毎回聞かれたときは相変わらず心臓がうるさい。
「今日も黒君、ブースかな?」
今度は白がやさしく俺に微笑みかけながら、話しかけてきた。また心臓がドクンと大きくはねる。
「あぁ、たぶん・・・・」
彼女は変わらず綺麗だった。そして俺も相変わらず、彼女を見ると胸が痛い。
「黒君、体調崩してから元気ないよね」
心底心配している彼女の表情をみると、さらに胸が痛くなった。
彼女は周りに誰かいないか見渡して、少し小声で俺に言った
「最近、話してないけど、喧嘩したの?」
あまりにもびっくりして、思わず身体がのけぞった。まさかバレたのかと思った。
「え!・・・えぇっと・・・え・・・」
あまりにも動揺している俺に、白はやっぱそうなんだという表情をした
「何かあったの?」
まさか本当のことを言うわけにもいかず、俺は黙りこくってしまった。
冷や汗が止まらない、しばらく彼女は俺の返事を待ったが、ついには諦めて寂しそうに微笑んだ。
「ごめん、気が向いたら話してね」

その日も全く仕事に手がつかず、ついには上司に書類はまだかと怒られ、最悪の気分のまま家路についた。
ベッドに横になり天井をぼーっと眺める。今日の彼女との会話を思い出す。
白以外にも気づいている可能性はもちろんあったが、面と向かって聞かれたのは彼女が初めてだったので、かなり動揺した。
まぁ、普通気付くかな、もうずっと話してないし・・・
いや、違う。彼女は黒が好きだから、黒をよく見ているから、気づいたのだろう。
そう思うと胸がずきずきと痛む、でもなんだろう、以前とは違う胸の痛さだ。

そこから更に1か月ほどたった。
俺は徐々に心に平穏を取り戻しつつあった、黒の告発に怯える気持ちが徐々に薄れつつあった。
相変わらず黒は個人ブースに入りびたっており、ほぼ顔を合わすことがなくなっていた、そのおかげもあってか、お互い仕事の方も元の調子に戻りつつあった。
もう警察に怯える日々はごめんだった。
このまま何事もなく過ぎてくれれば・・・
心底願った。
しかしその願いは思いもよらぬ形で打ち砕かれた。

会社で大きな取引を行うことになり、その担当者の発表があるとのことで、全員会議室に呼ばれた。
前から社内で大きな話題になっていた。取引相手はその業界では誰もが知る一流企業だった。
成功したら、会社にとって間違いなく大きな躍進になるだろう。
当然、担当者は優秀なやつが選ばれるだろうとは思っていたが、まさかここで黒の名前が出てくるとは思わなかった。
何人かのベテランの名前が呼ばれ、最後に黒の名前が出た瞬間、少し歓声があがった。
「・・・え?」
心のなかで愕然とした。な、なんで?
呆然とする俺を尻目に、周りの奴らは会議が終わったとたん、口々に黒に賞賛の声を送る。
「すげー、頑張れよ」
「おめでとう、頑張ってね。黒君」
「こんな早く大きなプロジェクト任されるなんて、、、すげーわ、あいつ」
「すごい、黒君、でも無理しないでね。」
最後に白のキラキラした声が聞こえた。彼女のきれいな目はまっすぐ黒をみている。
その時、俺は久しぶりにあいつの顔を見た。
少し痩せていて、まだ笑顔もぎこちなく見えたが、黒は顔を少し赤らめて、とても嬉しそうだった。
俺のことは一切見ずに、周りに礼を言う。
「さんきゅ、でもまだ成功してないから、失敗したら、いろいろ助けてもらうかも・・・」
と謙遜して笑っていた。

それからのあいつは以前と同じように残業をするようになった。
新しいプロジェクトにむけて、仕事に打ち込んでいく様子が分かる。
皆の共有スペースである個人ブースは、すっかりあいつの個室となってしまっていた。しかしそれに文句をいうものはいなかった。
むしろ皆、「遠慮せずに使えよ、どうせそんなに使ってないし」と声をかけたりしていた。
ときどき珍しく、自分のデスクで一生懸命作業している姿も見えた。
俺が隣に座ると、俺の様子を伺っている気配を感じる、でも徐々に仕事に集中している時間が明らかに増えていった。
以前のように、あいつのなかで俺の存在が薄くなっていくのがわかる。
それは俺にとっては非常に喜ばしい事ではあったはずだ。
あの出来事を忘れてもらえれば、なかったことにしてもらえた方が、都合がよいはずだった。
それなのに・・・なぜこんなにも面白くないのか、どうしてあいつばっかり・・・上司は気にかけるのか・・・
おかしくないか?なんであいつばっかり贔屓されるんだ?
おかしい、おかしい、こんなのは理不尽だ。
会社のやつらが、あいつに向ける憧れと尊敬のまなざし、白のキラキラ輝いた顔を思い出す。
徐々にあの時と同様、黒い気持ちが沸き上がっていくのを感じる。
何度もそれを必死に押さえつけようとしたが、もう止められそうにはなかった。
誰か止めてくれとも思った。
俺は金曜の夜に、あいつの家に再び向かった。

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