あなたに送るカンツォーネダモーレ

みつしげ

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1話 落札

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 広い舞台。眩しいスポットライト。目の目に並ぶいくつもの仮面。仮面から覗く数多くの値踏みの視線。それらに晒されて、少年はうつむいて身体を縮こまらせた。どんどん吊り上がっていく自分の値段に、震えは治るどころかひどくなっていった。いつもよりも高そうな服と磨かれた床だけの視界が、ぼやけてきた。

 ―カンッ

 小気味良い音が会場に響き、次いで司会進行の男のよく通る声が聞こえていた。

「本日の目玉商品オッドアイの子猫、700万ドル(日本円で10億円)で22番の紳士が落札です!」

 ついに買われたのだと少年の青と緑の瞳からは涙がこぼれた。自分はどうなってしまうのだろうか。不安に押し潰されそうだ。静かに涙を流す少年の姿にその美しさに好色じみた歓声が小さく上がった。

「22番の紳士、どうされたんですか?!」

 客席から真っ直ぐ舞台へ向かって来る22番の男に、司会進行の男は焦った声を上げた。

「今すぐ連れて帰りたい。首輪を外してくれ」

 司会進行の男は足早に来る22番の男をじっと見た後、少年の首輪から伸びた鎖を持っていたスタッフに外すよう命じた。少年から外された首輪は重みのある音を立てて床に落とされた。
 ぼやけた視界に影が差し、少年が顔を上げると22番の男が立っていた。彼はスーツを脱ぎ、少年を隠すように頭からかぶせた。

「わっ…」

 8歳にしては痩せている少年だが軽々と抱き上げられて、小さく声を上げた。男の片腕に腰掛ける形になり、掴まってと囁かれた少年はそれに大人しく従った。腕を回すと、意外と筋肉がついていることがわかった。自分を買った悪い人なのに、久しぶりの人肌は少年の目からさらに涙をこぼれさせた。
 22番の男と少年を他の客は羨望の眼差しでドアが閉まるまで追いかけた。

 外に控えていた高級車に乗り込み、男の出せという一言で車は静かに走り出した。仮面を外した男はちらりと腕の中を確認した後はずっと窓の外を眺めていた。どんなに冷静に努めても胸の高まりは治らなかった。
少年の方は、久しぶりに見る外の景色を気にする余裕もなくて、ただこれからのことを案じるばかりだった。

 数分後、闇オークション会場と意外と近いらしい男の屋敷の前に着いた。住んでいた家よりも数倍は大きい男の屋敷に少年は驚き、恐怖心は強くなっていった。
大人2人分以上の高さがある門が静かに開き、車は中へ吸い込まれて行った。玄関の前で車は止まり、運転手が後部座席のドアを恭しく開けた。
 男は少年を抱えたまま車を降り、勢いよく玄関のドアを開けた。外観と同様にシックで洗練されたデザインの内観に、不似合いさを感じる中年の執事がお帰りなさいませとお辞儀した。男はそれにただいまと返して、やっと少年を降ろした。

「この子を風呂に入れてやってくれ」
「かしこまりました」

 終わったら俺の寝室に連れてきてくれ、と言い残して行った。

「坊ちゃん、こちらへ」

 執事にバスルームへ連れて行かれた。抵抗する間もない素早い動きで執事は少年の服を脱がして、気づいた時にはバスタブに入れられて隅々まで洗われていた。

「湯加減はどうですか?」
 
 恐怖と緊張と混乱で頭がぐちゃぐちゃの少年は答えられなかった。そんな様子を見て執事は、言葉を変えた。

「温度は良いですか?」

 なんとかうなずいた少年に、それは良かったですと執事は返した。

「お着替えを探してまいりますので、お好きなだけ入っていてくださいね」

 少年が小さくうなずくのを見てから、執事は去って行った。1人になった空間は少年を感傷的にさせた。

 (これから僕はどうなるんだろう。殺されるのかな。もう屋敷には戻れないのかな。僕が急にいなくなって屋敷の人たち心配してるかな。ううん、屋敷の人たちは僕がどうしてても気にしないよ。一回も会ってくれないお父様だって気にしてないよ、きっと。…僕を買ったあの人は僕を気にしてくれるのかな。こんなこと考えてもむだだよね。どうせ殺されるんだ。殺されたら、死んじゃう。…死じゃうのは、すごく怖い。怖い。)

 そんなことをぐるぐる考えていたら、また涙が溢れてきた。湯気と涙で視界は歪み、下手くそな泣き声がバスルームに響いた。
 ドアの開く音がして、執事が戻ってきた。涙を止める方法を知らない少年は手でこすり拭おうとした。

「…坊ちゃん。そろそろ上がりましょう。のぼせてしまってはいけませんから」

 執事は知らない振りをして、少年をバスタブから抱き上げた。丁寧に少年を拭き、大人用の服を着せた。少年には大きすぎる服は膝上くらいまであり、ズボンを履かなくても大丈夫そうだ。

「お着替え探したのですが、この家には大人しかいないので。すみません」

 初めて言われた謝罪の言葉に、少年は驚き首を振った。それに執事は微笑み、ポケットからハンカチを取り出した。

「坊ちゃん。旦那様は怖くありませんよ」

 止まらない少年の涙を優しく拭いながら、執事はまた微笑んだ。人から微笑まれるのも初めての少年は困惑した。

「旦那様はきっとあなたを大切にしてくださいます。大丈夫です」

 少年はそれにどう返したらいいのかわからなかった。

 執事に連れられ、エレベーターで3階へ上った。チンと軽快な音でドアが開き、執事は最奥の部屋へ向かった。

「旦那様、坊ちゃんをお連れしました」
「入ってくれ」

 部屋はシックな色合いで統一されている。成人男性3人が快適に寝れるほど大きなベッドが中央に据えられ、その正面には大きなテレビが壁にかかっていた。左右にドアが1つずつあり、右の壁にはどかの風景を描いた絵画がかけられいる。その絵画の近くに小さいテーブルと椅子が2脚あり、男はそこに座っていた。
 男はパソコンから目を上げ、執事の横にいる少年を見てぎょっとし、慌てて駆け寄ってきた。

「何で泣いているんだっ!?」
 
男は大慌てで少年の前に跪き、顔をのぞいた。男が急に近くに来てびっくりした少年は思わず執事の後ろに隠れてしまった。

「私をにらむ前に坊ちゃんに説明して差し上げてください」

 にこやかな笑顔に男は気圧され、何から説明したものかと頭を掻いた。

「えーっと。お前は俺が買った。だからー…、俺のものです…?」
「そのような説明でいいと思っているんですか?」
「駄目なのくらい、わかってる!」

 呆れた執事に男は子どもっぽく返した。2人のテンポ良いやり取りの横で、少年は小さく口を開いた。

「っぼ、く…」
「ん、どうした?」

 か細い少年の声に気づき、男は優しく微笑んだ。

 (また、優しい顔してる。なんで、ぼくにそんな顔するの?今まで誰もぼくにそんな顔してくれなかった。どうして?)

「ぼく、ぼくっ…うぅ、死ぬん、ですかっ…」

 泣きじゃくって詰まりながらも、男に届けた。痛々しい泣き声に男は思わず、彼を抱きしめた。

「お前は、俺の養子になる」

 予想外の言葉と男の温かさに少年の涙は引っ込んでしまった。男は身体を少し離し、少年の目を見て言った。

「お前は死なない。俺は決してお前を傷つけない。約束する」

 真っ直ぐで力強い言葉。少年は今まで関わってきた人との経験から直感的にこの人は大丈夫だと思い始めていた。

「俺がお前を買ったのは、ただ純粋に一緒に暮らしたと思ったからだ。普通の子のように、…とはいかないかもしれないが、お前が健やかに暮らせるように全力を尽くす。だから、俺と一緒に…いてくれないか」

 不安げに差し出された手を少年はじっと見つめた後、そっと重ねた。少し強く握り返し男はとても嬉しそうに、ありがとうと言って笑った。
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