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芽生えた執着
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ハロウィンムードで平日にも拘らず昼でも混雑した繁華街を歩くと、薬局に隣接するコンタクトレンズショップで目当てのコンタクトを買い、ついでに薬局で日用品を幾つか買い込んで店を出る。
昼過ぎとは云え、こんなにも陽の明るいうちに外を出歩くのはいつぶりだろうか。暑さも落ち着いたこの時期の日差しですら眩しく感じるほど、行動パターンはすっかり夜に塗り固められている。
(まさか10年も経って憬の話をするなんてな……)
黒のモッズコートのポケットで手を温めると、肩に掛けたトートバッグがずり落ちそうになって慌てて掛け直す。
賑やかな大通りの人波を掻き分けるように大股で突っ切ると、雑居ビルが建ち並ぶ一画にあるKnight flagの看板が掛かった店に顔を出す。
店内に入ると表通りの喧騒が嘘のように静かで、スムースジャズのBGMが心地好い。
「いらっしゃいませぇ。あれ、オーナー。どうしたんスか、珍しいですね」
スタッフのタクがチャームポイントの八重歯を見せて笑顔で出迎えてくれる。
「おうタク。ちゃんと客入ってるか?」
「やっぱうちの店は夜の方がお客様が多いっスね。でも最近は小物が良く出ますよ」
「そうか。緒岳さんは?今日は休み?」
「店長は休みっスね。あ、いらっしゃいませぇ」
来客にすぐに気が付いて反応したタクに目配せで俺の相手はいいと伝えると、久々に顔を出した店内を見て回る。
Knight flagは唯一、別れた恋人——憬から引き継いだ店ではなく龍弥が作った店だ。
元々アパレルに興味があったので、飲み屋で知り合った緒岳敦啓の力を借りて、5年ほど前になんとか出店に漕ぎ着けた。
店長を任せている緒岳は元々百貨店のバイヤーだったのだが、同僚からの予期せぬアウティングを受けてしまい、転職を考えていたタイミングで運良く知り合えた。
店に並ぶセンスの良い小物や靴、洋服は全て、百貨店のバイヤーとして研鑽を積んだ緒岳のお眼鏡に適った商品ばかりだ。
「これ、アイツに似合いそうだな」
膝丈でレディースライクなライダース風のデザインのジャケットを手に取ると、情けないことに家に置き去りにしてきた修の顔が浮かんだ。
(なにやってんだろうな、俺も……)
苦笑いが溢れて鼻を鳴らすと、もう姿を消しているかも知れない修のために値札も見ずにそのジャケットを手に取った。他にも新しい服で気に入ったものをピックアップしてレジに行き、精算時に懐が痛んだのはまた別の話。
龍弥が店を出ると、この時期の日照は短く、早くもオレンジに染まった空が西に広がっている。
買ったばかりの大きなショッパーを肩から提げて大通りでタクシーを拾うと、竪乃川沿いのTartarosに向けて車を出してもらう。
巽なら何か知ってるだろう。修に直接聞けばいいのだろうが、あんな風に家を出てきたのでこの先また会うことがあるかどうかも分からない。
龍弥はスマホを取り出すと巽に短いメッセージを送信して、車窓から夕暮れに染まる外を流れる景色を眺めた。
20分ほどの移動で領収書を切ってタクシーから降りると、ちょうど施錠を外しながら店に入ろうとする人影が見えて、龍弥は安心したように声を掛ける。
「おい巽」
「おう、タイミング良かったな」
オレンジから紫色にグラデーションが掛かったような空を見上げながら息を吐くと、冷えるから入ろうかと巽が店のドアを開けて中に入る。
「悪いけど内鍵閉めといて」
照明をつけながら店の奥に進んでいく巽に言われた通り、内側から扉をロックすると、勝手知ったる様子で荷物をカウンター席に置いてからトイレに入って用を足す。
手を拭ったペーパータオルを空っぽのゴミ箱に投げ捨てると、上着を脱いだ巽がカウンターで炭酸水を飲んでいた。
「巽、もしかして用事あったか」
「いや、足りないもん買いに行って外してただけだから安心しろ」
「そうか。悪いな、急に」
「おいおい、なんだよ熱でもあるのか」
龍弥を揶揄うように笑って肩を揺らすと、巽は立ち上がってコーラでいいか?と一度カウンターの中に引っ込む。
「店が開いてる時でも良かったんだけどな、ちょっと久々にお前とゆっくり話したかったんだ」
「なんだよ、改まって相談か?」
冷えたコーラと栓抜きをカウンターに置くと、巽は龍弥の隣に座って手元の炭酸水を口に運ぶ。
「相談……なのか分からん。修があの人、憬の名前出したんだ。修はお前と長い付き合いだって言ってただろ」
栓抜きで蓋を開けると、空気が抜ける音が鳴って中で炭酸がパチパチと爆ぜている。
龍弥は人知れず修から憬の話を聞くことに抵抗を感じているのだろう。
巽はそれに気付くと、龍弥が憬以外に執着を見せる姿をどこか安心して受け止めていた。巽もまた亮太と同じく、龍弥が憬と別れて荒み、特定のパートナーを作らなくなった経緯を見てきたからだ。
「お前が聞きたいことかどうかは分からんけど、修と憬ならただの知り合いだったはずだ。どこまで仲がいいかなんて知らんが、少なくともそういう関係性だとか間柄じゃない」
俺の知らないところの話までは分からないがと悪戯っぽく笑って、それでお前はなにが聞きたいんだと巽が肩を竦めた。
昼過ぎとは云え、こんなにも陽の明るいうちに外を出歩くのはいつぶりだろうか。暑さも落ち着いたこの時期の日差しですら眩しく感じるほど、行動パターンはすっかり夜に塗り固められている。
(まさか10年も経って憬の話をするなんてな……)
黒のモッズコートのポケットで手を温めると、肩に掛けたトートバッグがずり落ちそうになって慌てて掛け直す。
賑やかな大通りの人波を掻き分けるように大股で突っ切ると、雑居ビルが建ち並ぶ一画にあるKnight flagの看板が掛かった店に顔を出す。
店内に入ると表通りの喧騒が嘘のように静かで、スムースジャズのBGMが心地好い。
「いらっしゃいませぇ。あれ、オーナー。どうしたんスか、珍しいですね」
スタッフのタクがチャームポイントの八重歯を見せて笑顔で出迎えてくれる。
「おうタク。ちゃんと客入ってるか?」
「やっぱうちの店は夜の方がお客様が多いっスね。でも最近は小物が良く出ますよ」
「そうか。緒岳さんは?今日は休み?」
「店長は休みっスね。あ、いらっしゃいませぇ」
来客にすぐに気が付いて反応したタクに目配せで俺の相手はいいと伝えると、久々に顔を出した店内を見て回る。
Knight flagは唯一、別れた恋人——憬から引き継いだ店ではなく龍弥が作った店だ。
元々アパレルに興味があったので、飲み屋で知り合った緒岳敦啓の力を借りて、5年ほど前になんとか出店に漕ぎ着けた。
店長を任せている緒岳は元々百貨店のバイヤーだったのだが、同僚からの予期せぬアウティングを受けてしまい、転職を考えていたタイミングで運良く知り合えた。
店に並ぶセンスの良い小物や靴、洋服は全て、百貨店のバイヤーとして研鑽を積んだ緒岳のお眼鏡に適った商品ばかりだ。
「これ、アイツに似合いそうだな」
膝丈でレディースライクなライダース風のデザインのジャケットを手に取ると、情けないことに家に置き去りにしてきた修の顔が浮かんだ。
(なにやってんだろうな、俺も……)
苦笑いが溢れて鼻を鳴らすと、もう姿を消しているかも知れない修のために値札も見ずにそのジャケットを手に取った。他にも新しい服で気に入ったものをピックアップしてレジに行き、精算時に懐が痛んだのはまた別の話。
龍弥が店を出ると、この時期の日照は短く、早くもオレンジに染まった空が西に広がっている。
買ったばかりの大きなショッパーを肩から提げて大通りでタクシーを拾うと、竪乃川沿いのTartarosに向けて車を出してもらう。
巽なら何か知ってるだろう。修に直接聞けばいいのだろうが、あんな風に家を出てきたのでこの先また会うことがあるかどうかも分からない。
龍弥はスマホを取り出すと巽に短いメッセージを送信して、車窓から夕暮れに染まる外を流れる景色を眺めた。
20分ほどの移動で領収書を切ってタクシーから降りると、ちょうど施錠を外しながら店に入ろうとする人影が見えて、龍弥は安心したように声を掛ける。
「おい巽」
「おう、タイミング良かったな」
オレンジから紫色にグラデーションが掛かったような空を見上げながら息を吐くと、冷えるから入ろうかと巽が店のドアを開けて中に入る。
「悪いけど内鍵閉めといて」
照明をつけながら店の奥に進んでいく巽に言われた通り、内側から扉をロックすると、勝手知ったる様子で荷物をカウンター席に置いてからトイレに入って用を足す。
手を拭ったペーパータオルを空っぽのゴミ箱に投げ捨てると、上着を脱いだ巽がカウンターで炭酸水を飲んでいた。
「巽、もしかして用事あったか」
「いや、足りないもん買いに行って外してただけだから安心しろ」
「そうか。悪いな、急に」
「おいおい、なんだよ熱でもあるのか」
龍弥を揶揄うように笑って肩を揺らすと、巽は立ち上がってコーラでいいか?と一度カウンターの中に引っ込む。
「店が開いてる時でも良かったんだけどな、ちょっと久々にお前とゆっくり話したかったんだ」
「なんだよ、改まって相談か?」
冷えたコーラと栓抜きをカウンターに置くと、巽は龍弥の隣に座って手元の炭酸水を口に運ぶ。
「相談……なのか分からん。修があの人、憬の名前出したんだ。修はお前と長い付き合いだって言ってただろ」
栓抜きで蓋を開けると、空気が抜ける音が鳴って中で炭酸がパチパチと爆ぜている。
龍弥は人知れず修から憬の話を聞くことに抵抗を感じているのだろう。
巽はそれに気付くと、龍弥が憬以外に執着を見せる姿をどこか安心して受け止めていた。巽もまた亮太と同じく、龍弥が憬と別れて荒み、特定のパートナーを作らなくなった経緯を見てきたからだ。
「お前が聞きたいことかどうかは分からんけど、修と憬ならただの知り合いだったはずだ。どこまで仲がいいかなんて知らんが、少なくともそういう関係性だとか間柄じゃない」
俺の知らないところの話までは分からないがと悪戯っぽく笑って、それでお前はなにが聞きたいんだと巽が肩を竦めた。
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