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捜査開始

12. 突然の来訪者

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 後藤が眠りに落ちている午前零時に来々軒、西新宿店に一人の珍客が店の中に
入ってきた。
「済みません。本日は、スープが売り切れたんで閉店となっております。暖簾も
下げていた筈だと思うのですが……」
 店主は明日のスープの仕込み作業に取り掛かっていたので苛々しそうになるの
を必死に堪えていた。
「嫌、用事があるのは店主ではなく法さんの方にだが今居るかな?」
「法さんの御知り合いの方ですか? お名前を頂いても宜しいでしょうか」
 法さんの知り合いであるならば粗相は出来ないので細心の注意を払いながら、
相手の出方を探る店主。
「まぁ、お互い持ちつ持たれつの男だが敢えて名乗るなら新宿のフィクサーだ」
「そ、そんな大物が小狭いラーメン屋にわざわざ足をお運びなさって異常事態で
しょうか!?」
「君は知らなくてもいい話だ」
「成程、では法さんを呼んできます!」
 店主を部外者だとはっきりと言い放った顔を見た店長は、頬をヒクヒクさせて
おり、怒りを堪えているようにも見えたので休憩しているであろう住居スペース
の居間に姿を消した。
 仕込み作業の筈の店主が呼びに来た事で何かが起こったと判断して部屋の奥か
ら辮髪にする為の準備を終えた法海侯が現れて会話に加わった。
「これはこれは珍しいお客さんですね。ラーメン店を出資して頂いた以来でした
ね。榊さん」
「あぁ、そうだな。先程の店主が気が利かなくてご迷惑をお掛けしました」
 頭を下げると面倒くさそうに話の腰を折るような態度は辞めてもらいたいと取
れる様な右の掌をそっと上げて制した。
「外で話すような内容じゃないんで、ここまで足を運んだ訳だ」
「判りました。店長、2階の寝室で大切な話があるから仕込みに集中しててくれ。
お客さんが帰るまでは猫の子一匹、入店させないように」
「かしこまりました」
 店主が玄関の戸締りを終えて仕込み作業に戻っている間、二人は2階の寝室に
移動してベッドに腰を下ろして隣り合いながら会話を始める。
「繁盛してるそうじゃないか」
「おかげさまで滑り出しは順調です。今日はその話では無いと察しますが……」
「あぁ、堅気になったお前に頼むのは筋違いだと思われても仕方ないが信頼でき
る人物に心当たりがないので頼っても良いか?」
 堀の深い容姿に分厚い唇を乗せた男が眉間に皺を寄せながら相手の様子を伺っ
ている。
「昔の榊さんなら御自身で調べられた筈ですが裏の社会に身を投じてからは自由
が効かないでしょう。私に出来る事なら喜んでお手伝いしますよっ」
「しかし、お前がラーメン屋をしたいとは現役時代には想像もつかなかったよ」
「部下には他言してませんでしたし父親の幼少期のトラウマが私を不自由にさせ
ていたんです」
「父親の幼少期のトラウマとは!?」
「えぇ、小学生から高校生を卒業するまで同じグループから毎日虐めにあってい
たみたいです」
「成程、それで、どう結び付くんだ?」
「子供には、虐められない環境を提供したいという切なる思いで嫌がる私を半ば
強制的にカンフー修行の道へと歩かされました。父は仕返しがしたかった訳では
なかったと交通事故で亡くなった時に別居していた母親に聞かされましたが私は
子供の頃に父親が作ってくれたラーメンの味が忘れられずに居たので、いつか自
分でも美味しいラーメンを作って食べさせたかったんです」
「そうか。そんな事があったのか。しかし、遠回りはしても美味しいラーメンを
作る夢だけは諦められなかったって事か」
「そういう事です」
「しかし、皮肉なものだな。返り血を浴びたお前が美味しいラーメンを作ってい
るとはな。ある意味、一番怖いと思うよ」
「……。それについては言いたい事は沢山ありますがまたの機会にして要件を聞
かせて貰えますか?」
「おお、そうだったな。元刑事の悪い癖が出た。人探しをして貰いたい」
「人探し!?」
 始末する話だと思っていただけに素っ頓狂な声が出てしまう法海侯。
「お前には話してなかったが実の息子が二人居て犯人から復讐される事を恐れて、
二人共、施設に預けていたんだ。その内の一人が2006年の9月中旬頃から今
現在まで行方不明となっている。俺は弱みを人に見せるのが極端に苦手な性分だ。
だから他に頼める奴が居ない……」
 榊は姿勢を前かがみにさせたかと思うと両手を組んで祈るような仕草をした。
「分かりました。全力で当たらせて貰いますっ」
  目の奥に不安と焦りが色濃く映っている事を瞬時に読み取った法海侯はガッ
チリと握手を交わして榊を見送った。
 
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