Coffee Break

Pomu

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Heart Beat

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卒業旅行というほどじゃないが、二人で少し遠くの海にやってきた。

この時ばかりは二人とも、恋も音楽も捨ててはしゃぎまくった。

普通の男子高校生らしく。



帰り道、防波堤の上を、濡れたビーチサンダルで足跡を付けながら、俺たちは歩いていた。

何事も平均より上を行く広樹は、バランスを少しも崩すことなく、時折ジャンプをしたり、わざと体を傾けたりしながら歩く。

運動神経も悪く、何より慎重派な俺は、両手を広げてバランスを取りながらゆっくりと後をついていく。

夕日に浮かび上がる追いかけっこをしているような影が、何だか少し切ない。





「広樹さぁ、卒業したらどうすんの?」


「んー?」



また、わざと体を傾ける。

夕陽に、広樹の茶色っぽい髪が煌めいて、綺麗だと、思わず口を滑らせそうになる。





「まだわかんない、かなぁ!」


「でも音楽は続けるんだろ?」



そして、俺のことなんていつか忘れちゃうんだろ?

俺の頭の中には、一生消えないような思い出ばかり作るくせに。





「当然!」

 

弾ける笑顔が心に刺さって、何も言えなくなってしまった。
  




「辞めたくても辞めらんないんだよね。まぁ、辞めたいなんて思ったことないんだけどさ。

こう…なんて言うの?魂が求めてる!!って感じ」



魂が求める、か…。

俺の魂が今求めていることを口に出したら、お前はなんて言うのかな?

きっと、俺が見たことない顔をする。





そんなことを考えていたら、勝手に言葉が漏れた。





「音楽以外は?」


「え?」


「音楽以外には、無いのか?そういう…魂が求めてるって思えるくらい、好きなもの」



俺はあるよ。



お前の笑顔、お前の指、お前の声、お前の全部。





「………」



広樹は珍しく、俯き、暫く迷ってから言葉にした。





「…お前とか?」



「……え…?」





言われた言葉を、理解しようとする俺をよそに、広樹は顔を真っ赤にして俯き、クルッと前を向いて五歩ほど走り、防波堤からジャンプして飛び降りた。

そのままコンクリートの壁にもたれ、バツが悪そうな顔で俺が追いつくのを待っている。





「………」



ゆっくりと歩いていく間に、今言われた言葉を理解し、そのとんでもない事実に、俺は今にも空を飛べそうな気持ちになっていた。

ありえない。

だって、こんなことって…



でも、耳に何度も何度も反響するその言葉は、確かに今広樹の声で紡がれた。

まるで、あの日…広樹と初めて出会ったあの音楽室で聴いた、ラブソングのように。





漸く追いついた俺を広樹は不安そうな目で見上げ、息を吸い込んだ。

次に出る言葉は、わかっていた。





「ごめん!変なこと…「広樹」



ごめん。

俺も今から、変なこと言う。





「俺、お前にとっての音楽になりたい」


「え…?」



音楽の次に、音楽と同じくらい…いや、本当は音楽よりも、お前の中で大きな存在になりたい。



広樹もまた、俺の言葉をゆっくりと理解しようとしている。

夕陽のオレンジ色に染められた見つめ合う時間は、まるで永遠のように感じられた。







「…それって」



広樹の腕が、俺に向かって真っ直ぐ伸びる。





「好き…って、ことでいいの?」



頷いて、伸ばされた手を掴むと、グッと引き寄せられて…気がつけば、俺は広樹の腕の中にいた。







さっき夕陽に照らされてキラキラと輝いていた髪が、首元をくすぐる。

ふわりと、広樹の香りがする。





二人の、心臓の音が、混ざり合う。





「広樹…」



名前を呼ぶと、ギュッと抱きしめる広樹の腕の力が強くなる。

俺も、広樹のTシャツを握りしめる。





思いがけず叶った恋心が、胸の中でけたたましくリズムを刻んでいる。





俺は、広樹の中で音楽より大きい存在にはなれないかもしれないけど、もしかしたら…これからの広樹の音楽を、一番早く…一番近くで、聴ける存在にはなれるのかもしれない。



だったら…それで充分だ。







重なり合う二人の影が、これから始まる幸せな未来のように、長く長く伸びていた。










………END
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