5 / 15
禁忌と運命
しおりを挟む「……なん、で」
先に疑問を口にしたのは翠だった。呆然とこちらを見つめる瞳が驚きを隠さず揺れている。翼もさすがに動揺していた。
(弱まるどころか、強くなった……!?)
ぶわ、と音が聞こえてきそうなほど、爆発的に匂いが濃くなったのだ。まるで、抑制剤に反発するかのように。
「……っ、なんでこんな……」
「どうなってんだ……っ」
思わず鼻と口元を手の平で覆いながら、互いに驚愕の表情で見つめ合う。
自分たちは間違いなくα用とΩ用の発情抑制剤を飲んだのに。どうして。
認可が下り、実際に世の中で使われ始めてから既に十年ほど経っている薬だ。効果に間違いはないと様々なデータでも立証されている。翼も翠も薬の効きにくい体質ではないし、普段から服薬している日常用の抑制剤は効果が出ていると実感している。
それなのに、なぜ。
──あぁ、これが『運命』か。
翼は、唐突に理解した。両親から散々聞かされた衝動が、今まさに自分たちに襲いかかっているのだ、と。翠も同時に思い至ったのだろう。互いに気づいたことに、気づいてしまった。
発情抑制剤を飲んでも治まらない匂いと症状。体の奥底からマグマのような熱さで湧いてくる強い欲望。
(早く目の前の唯一を捕まえないと)
直後、絶望の表情を浮かべたのは翠だった。翼も、思わず舌打ちする。
(こんなもん、いらねぇのに)
翠に対する執着と渇望に、今更になって運命などという余計な理由をつけたくはなかった。そんなものがなくとも、翼は翠を愛しているし、求めている。
それに、これまでの熟考や忍耐が水の泡になることにも気づいてしまった。自分たちが運命の番だというのなら、今後の身の振り方が大きく変わってくるからだ。
「そんな……」
今、目の前で打ちひしがれている翠は、それでもどうにかできないのか、と必死で思考を巡らせている。
運命の番であること、相手が血の分けた双子の弟であること、今はまだ有効な薬が開発されていないこと、運命の相手であろうときっと世間は難色を示すこと、──それでも、ただ恋しいこと。
たくさん考え、あらゆる意味で逃げ場がなくなったと理解しているからこそ、翠は絶望と動揺を隠せないでいるのだ。
(言い訳が全部、消えちまったからな)
自分たちが運命の番でなければ、翠には逃げる口実としての最後のカードが残っていた。
『他者を運命と仮定して翼を拒否すること』
翠自身、このカードを切るつもりはなかっただろうが、使える手段が残っていることに対する安心感はどこかにあったのだと思う。翼としても、許すかどうかは別として、彼の逃げ道の全部を潰そうとは考えていなかった。
けれど、互いが互いの運命であると知ってしまった今、そのカードは切れなくなった。それに、そんな逃げ道の可能性すら許すことができそうにない。
(こんなの、どうしようもねぇだろ)
自分たちは、運命の強制力を身をもって知ってしまった。無理だ、理性でどうにかできるものではない。
さっきから、翠に飛びかかろうとする己を必死で押し止めているが、唇を噛んだ痛み程度では奥底で暴れている本能には勝てそうもない。滲む血の味すら、興奮材料になっていた。
身も心も求めてやまない相手が同じ家の中にいて、薬には頼れない。運命という強制力の前では、自分の忍耐などペラペラの紙同然だと現状が示している。
お手上げだ。
あとはもう、血の繋がった双子を魂でも繋がる番であると定めた、狂った神様を恨むことくらいしかできそうにない。奇跡と呼ばれるほど極端に低い遭遇率を思い出して、いっそ笑いたくなってきた。
(狂った相手にばっか愛されて、可哀相だな)
翠も、さっさと狂い切ってしまえばいいのに。
けれど、決してそうはならないことを翼は知っている。家族も世間も自分の感情も何もかもを捨てられず、抱えたまま狂うこともできない彼だからこそ、自分は焦がれてやまないのだ。
そうやって望み続けた存在が、運命の番だったなんて。
(むかつくけど、これでやっと手に入れられる)
項垂れている翠を眺めながら、翼は思考を切り替えることにした。気を抜けば番を襲おうとする本能に抗いながら、思いつく選択肢の中から最良なものを選んでいく。
抑制剤が効かず、理性が仕事をしないのであれば、これまでの前提が全て覆る。二人で共に生きるための方法が変わってしまう。
翼にとっては、翠と一緒にいられなくなることが、最も忌避すべき事態だ。それを避けるためならば多少の無理は通すつもりだし、おそらく今がその時だった。
(それに、運命なら間違いにもならない)
自然と口角が上がった。それを見た翠が、大きく目を瞠る。
「まっ、翼、ちょっと待った……っ」
慌ててそう口にする彼の瞳は、翼を求めるように熱を帯びていた。心も体も、ぐらぐらと揺れているのが見て取れる。
翠が自分と同じ選択をして同じ結論に至ったかどうかはわからない。けれど、ひとつだけ気づいたことがある。
(駄目だ。嫌だ。やめろ。……そう言えば、俺を止められるってわかってんのにな)
本気で拒絶されれば、留まることはできただろう。好きだからこそ翠の望まぬことはしたくないという気持ちは今でもちゃんと残っているし、翼がその考えのもとこれまでずっと我慢してきたことを翠も理解している節がある。
だからこそ止められないし、止める理由もなくなってしまった。
「待たない。だってもう、待ったところで変わらないって、翠もわかってんだろ?」
止めるための逃げ道をなくして、止めなくていい理由が増えたのだ。しかも、神様という最強の他者へと責任転嫁ができる。その誘惑に、興奮状態にある今の自分達が勝てるわけがない。
なにより、翠が自分を欲しがっている。そのことに気づいたからこそ、止まる必要がなかった。
「翠」
腕を伸ばし、てのひらで頬に触れる。翠はびくり、と肩を震わせ、なんとか反論を探すように目を泳がせた。結局、拒絶の言葉は吐き出されず、乞うように香りが強くなる。
「……翼」
普段なら決して表に出さないはずの弱々しい声で名を呼ばれ、翼はたまらない気持ちで目を細めた。
(俺らの忍耐をぶち壊した運命の神様とやらは、とんだ悪趣味だな)
禁忌と運命という両方を架してくる狂った神様に、内心で舌打ちする。ギリギリで保っていた均衡を崩し、求めてもなかったお墨付きを勝手に与えてきたのだ。本当に癪に障る。
それでも、翠を手に入れられる喜びは確かに存在していた。だからこそ、狂った神様が自分たちに望んでいる言葉を、翼はあえて吐き出した。
「お前は俺ので、俺はお前のだ」
残酷で、それでいて甘美でもある真実を告げながら、ゆっくりと唇を重ねる。抵抗はなかった。
26
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
隣の番は、俺だけを見ている
雪兎
BL
Ωである高校生の湊(みなと)は、幼いころから体が弱く、友人も少ない。そんな湊の隣に住んでいるのは、幼馴染で幼少期から湊に執着してきたαの律(りつ)。律は湊の護衛のように常にそばにいて、彼に近づく人間を片っ端から遠ざけてしまう。
ある日、湊は学校で軽い発情期の前触れに襲われ、助けてくれたのもやはり律だった。逃れられない幼馴染との関係に戸惑う湊だが、律は静かに囁く。「もう、俺からは逃げられない」――。
執着愛が静かに絡みつく、オメガバース・あまあま系BL。
【キャラクター設定】
■主人公(受け)
名前:湊(みなと)
属性:Ω(オメガ)
年齢:17歳
性格:引っ込み思案でおとなしいが、内面は芯が強い。幼少期から体が弱く、他人に頼ることが多かったため、律に守られるのが当たり前になっている。
特徴:小柄で華奢。淡い茶髪で色白。表情はおだやかだが、感情が表に出やすい。
■相手(攻め)
名前:律(りつ)
属性:α(アルファ)
年齢:18歳
性格:独占欲が非常に強く、湊に対してのみ甘く、他人には冷たい。基本的に無表情だが、湊のこととなると感情的になる。
特徴:長身で整った顔立ち。黒髪でクールな雰囲気。幼少期に湊を助けたことをきっかけに執着心が芽生え、彼を「俺の番」と心に決めている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる