双子の番は希う

西沢きさと

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交わる想い

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 親が不在とはいえ、リビングという共用部でこのまま最後まで致すわけにはいかない。自力で立ち上がれないほど発情している翠を抱え、翼は自室に向かった。

 少しの振動すらつらいのか、腕の中で熱い息を吐きながら身体を縮こませている兄の姿に、自分でも驚くほど興奮している。翠のフェロモンの影響もあるかもしれないが、どちらかといえば心理的高揚のほうが勝っていた。求め続け、我慢し続けた存在が自分の腕の中にいるのだ。
 先程、ようやく合わせることができた唇は、柔く、甘く、許されるならいつまでも食んでいたかった。あの感触を思い出すだけで、腰に熱が集まるのを感じる。
 早く、と焦る気持ちを必死で抑え込みながら、翠を落とさないようゆっくりと階段をのぼる。立ちはだかった部屋の扉を蹴破りたいのも我慢して、抱え方を変えることでなんとかドアノブを回した。

 兄の身体をシーツの上にそっと下ろし、翼もベッドに乗り上げる。発情のせいで上気した頬を掌で包んでやれば、翠はぼんやりとした目でこちらを見上げてきた。
 真正面から視線が絡み合う。

「翠、好きだ。ずっと好きだった」

 Ωのヒートに負けたのではなく、運命の番という引力のせいでもなく、好きだから抱きたいのだ、と。触れて繋がる前にきちんと言葉にしておきたかった。
 同時に、告げることで翠の逃げ道を塞いでおく。

「……それは狡いだろ。馬鹿、翼のばか」

 きちんと意図が伝わったようで、泣きそうな声が返ってきた。決して、勢いに負けてΩの体を貪るのではなく翠だからなのだと──これは突然のヒートによる事故ではなく翼が望んで行うことなのだ、と。後で言い訳をさせないために先手を打った。

「散々、お前のために我慢してきたからな。これくらい可愛いもんだろ」
「翼のためでもあっただろ……っ」

 強く想い合いながらただの双子として過ごしていたのは、世間の目があるからだ。この関係が禁忌だからだ。露見すればバッシングは避けられず、特に今のこのご時世では、手を出した側となるαへの風当たりのほうが強くなる可能性が高かった。
 けれど、そんなもの。

「俺は、どうでもよかった。気づいてただろ?」

 自分への批判など、本当にどうでもよかったのだ。翼が我慢していたのは、家族に害が及ぶことを心から悲しむ翠を知っていたから。もし、家族や翠は被害にあわず自分にだけ非難の目が集まる状況になるのであれば、翼は忍耐を選ばなかっただろう。
 だが、その状況を一番許せないのがこの兄なのもわかっている。

「お前がどうでもよくても、俺は嫌だよ。翼が、俺のせいで他人に蔑まれるかもしれないなんて、……そんなの絶対に嫌だ。耐えられない」
「まぁ、そうだろうな」

 家族であり、惚れた相手でもある大切な存在が酷い目にあう可能性を許せる翠ではない。それは翼も同じことで、自分のことなら何を言われても気にはしないが、翠が詰られ叩かれたりすることは絶対に避けたかった。だからこそ、確実にバレない状況を作れるまでは、と今まで我慢してきたのだ。

「でも、駄目だろ。運命とやらがこの強制力を持ってるなら、駄目だ。このままだと、一緒にいられなくなる」

 翼の言葉に対し、翠は悔しそうに唇を噛んだ。

(解決策は、二つしかないもんな)

 番うか、離れるか。
 もし、今回の発情期を耐え抜いたとしても、自分たちが一緒にいる限り、一生、この薬も効かない強烈な発情期を迎えることとなる。
 ヒート期間だけ翼が家を空けるというのも学生である身分ではあまり現実的ではないし、そもそも思春期の発情期は不安定だ。いつ、今日のように突然のヒートに見舞われるかわかったものではない。そんな突発的状況に毎回対応できるかと問われれば答えは"否”だし、正直、翼には抗い切る自信がなかった。
 ならば、顔を合わせないほど遠くに離れるしかない。互いに別の場所で生活する外ないのだ。

それだけは駄目だ・・・・・・・・

 他のことは我慢できても、隣にいられなくなることには耐えられない。絶対に無理だ。翠のそばにいない自分など、この世にいる意味がない。
 だからもう、番うという選択肢しか選べなかった。
 ただのαとΩなら、抑制剤でもなんでも使って普通の双子を演じられただろう。翠とともに穏やかな日々を過ごせるのなら、最悪、番わずとも我慢を続けることができたかもしれない。少なくとも、何が最良なのかを二人で考える猶予はあったはずだ。
 運命の番であることが、自分たちに余裕のない決断をさせた。

「待ってやれなくてごめんな。……でも」

 言葉を区切り、翠の額にくちづける。それから、彼の顔を囲うようにしてシーツに両手をついた。
 隣から、逃がす気はないから。

「俺は、離れたくない」
 
 番うことで起こり得る問題より、番わないことで一緒にいられなくなることのほうが、自分にとっては大問題なのだ。
 だから、この発情期で兄のうなじを噛む。
 心を決めて告げた翼に、翠の表情がくしゃり、と歪んだ。

「っ、……俺だって、やだよ」

 うっすら涙を浮かべた瞳がゆらゆらと揺れている。理性と感情の狭間で葛藤している今の翠の心をそのまま表しているかのような、不安定で、それでいて綺麗な色をしていた。
 普段、笑みを浮かべることが多い兄の心のゆらぎを久しぶりに直視している。そのことに、場違いにも喜びを感じていた。
 すぐにでも触れたい衝動を必死で押し殺しながら、翼は黙って言葉を待つ。
 重い沈黙ののち、翠の唇がゆっくりと動いた。
 
「……俺も、好きだよ。ずっと翼の隣がいい」

 心の奥から絞り出したかのような告白に、心臓が馬鹿みたいに騒いだ。
 ずっと聞きたかった言葉だ。
 互いにわかっていて、それでも決して伝えてはもらえなかった翠の自分への感情を、ようやく聞くことができた。

 ふつり、と張り詰めていた糸が切れた音が聞こえた気がした。長年、なるべく表に出さないように押しとどめていた感情が溢れ、洪水のような勢いで脳内を満たしていく。
 翠を好きだという気持ち。愛されたいという気持ち。愛情を交わし合いたいという気持ち。それから、──相手を貪って自分のものにしたいという気持ち。

「絶対に、他の誰にも渡さねぇからな」

 その瞬間、匂いに溺れそうなほど、翠のフェロモンが強くなった。多分、翼からも同様の強さでフェロモンが出ているのだろう。自分の体が発情状態ラットになった気配を感じる。
 互いに互いを誘惑し、自分に縛りつけようとする浅ましい本能が、翼と翠の思考を乗っ取ろうとしていた。その欲求に抗うことなく、痛いくらいに張り詰めた熱の塊を相手のそれに擦りつける。翠の口から、小さな悲鳴が上がった。
 大事な話をする前に襲いかかるわけにはいかない、と辛うじて残していた理性がどんどんと溶けていく。目の前にある赤茶の瞳も、情欲の色に染まっていた。
 限界だ。これ以上の詳しい話は、もう全部後でいい。

「痛かったら、ちゃんと言えよ」
「……言う前に、蹴り飛ばすかも」

 恥ずかしそうに顔を背けた翠の返答に、翼の頬が自然とゆるむ。強がりながらも身を委ねてくれることが嬉しくて、労わるように髪を撫でた。
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