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事の顛末
幸いにも、翠の体は発情抑制剤を拒むことはなく、他のΩたちと同じ程度のヒート日数で落ち着いた。ほとんどが一日、重い時でも二日あれば発情は治まる。
翼と番ったことも一因ではあるのだろう。元々、Ωはパートナーさえできてしまえば誘惑そのものの力は弱まる傾向にある。その点は、運命の相手と番ったΩであっても同じらしい。
お互いにしか感知できない匂いに変化したことで番相手への興奮作用は強まるのだが、本能による強制的な発情よりは理性を保ちやすく、コントロールを試みることも可能だった。
あのままうなじを噛まずにいたら、強くなるばかりの強制力が勝り自分の理性が負けていたかもしれない。どれだけ覚悟を決めたとて、本能が囁くまま孕ませるまで中に精を注いでいた可能性を、翼は否定し切ることができなかった。自分の決意が何物にも勝る強靭なものだ、などと信じ切れるほど慢心はしていない。
慢心した時に、油断が生じる。自分は一生をかけて証明すると誓ったのだ。貫き通すために、翼は自分を疑い続け、最善を考え続けるつもりだった。
そのうえで、本当に番っておいて良かった、と心から安堵している。それは、両親へ報告した時も同じ気持ちだった。
父と母は、翼たちの変わってしまった関係に絶句し、少しだけ逡巡したのち協力を申し出てくれた。こちらが考えていた以上に、運命の番であるという事実が親たちの心に響いたのかもしれない。
「まさか、双子で運命の番とはな。神様は私たちには優しかったはずなのに、どうしてお前たちにはこんなにも過酷な運命を与えたのか」
額を押さえて項垂れた父は、ひどく疲れたような声でそう嘆いた。けれど、その声音の中に双子が──自分の息子達が肉体関係を結んだことに対する嫌悪感は感じられない。それは、母も同じだった。
「びっくりはしたけれど……、番になってしまったのならもうどうしようもないわよねぇ」
むしろ、未だがっくりと肩を落としている父より、ほわほわした空気を出している母のほうが受け入れが早かった。彼女は表情を固くしている翼たちにそれぞれ視線を向けたあと、にっこりと笑ってみせたのだ。
「そうね。孫の顔は見られなくてもいいから、その分あなたたちが笑っていてくれればそれでいいわ」
あまりにも理解が早い。子供を作れない、作らないことの説明もしないと、と身構えていた翼は、思わず翠と顔を見合わせていた。
「母さん……」
「仕方ないわよねぇ。世間様は運命の番の馬鹿みたいな引力の強さも、だからこそ繋がる喜びも、なにも理解してくれないのだし。ましてや、血の繋がった兄弟同士の恋愛なんて、悪者を探している人達にサンドバッグを与えるようなものだわ」
「……そうだな。世間にはお前たちの関係を知られないようにしないと。表立って祝福してやれないのは苦しいが、何より大切なのはお前たちの幸せだ」
母の言葉に父もようやく顔を上げ、眉を下げて笑った。
「私達ができることは何でもしよう。家柄もお金も、好きなように使いなさい」
「うふふ、こういう時はお金を沢山持っていて良かったって思うわね。母さん、これでもいっぱい貯金してるからね。生きていく上で困ることがあれば気兼ねなく相談してちょうだいね!」
まさか、こんなにあっさりと両親からの許しと協力を得られるとはさすがに考えてはいなかった。戸惑う翼に、隣に座る翠が先に頭を下げる。
「ありがとう、父さん、母さん。俺、二人の息子でよかった」
涙を堪えているせいで声が震えている翠の肩に手を起き、翼も感謝を告げた。
「俺も同じ気持ちだ。……本当にありがとう」
両親の性格上、未成年のうちに自分たちを放り出すことはないと踏んではいたが、最悪土下座も辞さないつもりだったのだ。こんなにも前向きに応援されるなんて。
揃って喜びを噛み締めている自分たちに顔を上げるよう口にした母は、少しだけおちゃらけた口調で言葉を続けた。
「もし、翼が番契約を解除するなんて言い出したら、わたしが叩き出してあげるからね」
言葉こそ翠に対してのものだが、口調に似合わぬ真剣な眼差しは翼に向けられている。
番契約には不平等な側面がある。噛まれた側のΩからは破棄できないのに、噛んだαは一方的に破ることが可能なのだ。そのことを念押しされているのだろう。
「俺がそんなことするわけないだろ。翠が望まない限り……望んでも手放してやれるかわかんねぇのに」
間髪入れずに即答する。予想よりも強い声になってしまったが、母は満足そうに頷いた。
「まぁ、そうでしょうけど。翼は昔から、翠のことが大好きだものね」
「おや、そうかい? 翠の方こそ、翼のことがずっと大好きだと思うけれど」
眦を下げながら確認してくる父の言葉に、翠は頬を赤く染めながら狼狽える。まさか、親からこんな言葉が飛び出してくるとは思わなかったのだろう。
(棚ぼたでいいもの見れたな)
可愛い、と頬をゆるめれば、それに気づいた翠が悔しそうに睨んできた。動揺する姿を微笑ましく見られたことが恥ずかしいのだろう。
さすがに親としては、息子たちの互いの恋情には思い至らなかったのかもしれないが、双方の並々ならぬ執着は気づかれていたらしい。
また、バース検査をしてくれたかかりつけ医にもあっさりと認められ、さすがに翠と二人して疑問符を浮かべてしまった。
「いやまぁ、そりゃ、マジかぁ……、とは思うけどな。番っちまったもんは仕方ねぇだろ」
両親の友人であり、自分たちも赤子の頃から世話になっている医師は、そう言って肩を竦めただけだった。
「解消する気もないんだろうし、それなら先のこと考えるしかねぇっつーか。俺としては、担当患者であるお前らが健やかに生きてくれてればそれでいいよ」
患者が病むのが一番つらい、と口にする医師の表情には、数多の辛苦を乗り越えてきた人間の重みが見て取れた。しかし、次の瞬間にはからかうように目を細められる。
「あとなぁ、【運命の番】とやらのヤバさはお前らの両親でこれでもかってほど実感したからな。あいつらの初めての発情期の様子、聞くか?」
いくらなんでも、両親のそこまで生々しい話はさすがに聞きたくない。苦い顔で揃って首を横にふる自分たちに、医師はからからと笑った。
「まぁ、あいつらが認めたのなら俺がとやかく言うことでもないだろう。大手を振って祝ってはやれねぇが、ガキを作らねぇならそれでいい」
さすがに妊娠出産を隠すのは難しいからな、と念押しされ、それはもう重々承知している、と返す。
こうして、無事に両親と担当医師の協力を取り付けることができた翼たちは、その後の方針と対策を家族ぐるみで決めていった。
概ねは、翼が考えた案でいくことにする。世間には、翼はα、翠はβと公表することにした。
Ωである翠には、必ず三ヶ月に一度ヒートがくる。だが、二度目の発情期でも薬のおかげで日数は一日で済んだため、これなら病欠や突発的な用事で誤魔化せるだろうと結論づけた。
避妊薬と発情抑制剤という強めの薬を毎回飲むことにはなるが、幸いなことに二人とも薬の副作用はほぼ出ない体質だったため苦ではなかった。
そんな感じで高校生活を乗り切り大学に進学、就職が見えてきたあたりで翠が日光アレルギーを発症したのは本当に偶然のことだった。可能なら在宅勤務のほうがいろんな面で安心だよな、と話していた矢先のことだ。幸い、薬が効いてすぐに治まったものの、自衛として強い紫外線に当たらないよう指示された。
じゃあ、これを理由にひきこもって在宅勤務ができるうち系列の会社に入っちゃいなさいよ、という母の一言で、翠の勤め先はあっさり決まることとなる。跡取り問題は別として、元々、両親が携わる仕事に興味があったこともあり、コネ入社でも文句が言われないような仕事すればいいだろう、と翠もあっさり了承した。それなら、と翼も別部署で同じ会社に入ることを決める。
発情のサイクルが安定している翠は、入社後も日光アレルギーに対する三ヶ月に一度の定期検査があることにして、ヒート期間の休みもうまく誤魔化していた。万が一、Ωではないかと疑う者がいたとしても、確たる証拠は掴めないような日々を過ごしてきている。
かくして、世間一般から見た真堂家の双子が出来上がったのである。
◆
「……ほんと、うまいこといったもんだ」
翠のあどけない寝顔を眺め、未だ汗ばんだままの髪をそっと撫でる。微かに残るフェロモンの香りに、頬がゆるんだ。
これは、番である翼のためだけの匂いだ。
「好きだよ、翠。ずっと……最期まで、俺の翠だ」
そして、自分も死ぬまでずっと翠のもの。
発情期の終わりにより薄れゆく香りを堪能しながら、翼はかつて夢見た幸せを味わっていた。
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