双子の番は希う

西沢きさと

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番外編:視線の先に見つけたもの

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 真堂しんどう家の双子、みどりくんとつばさくん。
 わたしは彼らに、特別な感情を抱いている。


 昔から、同年代の男の子が苦手だった。
 がさつで乱暴で無神経。そんな周りの男の子たちが嫌で、友達たちが恋バナで盛り上がり始める年頃になっても、わたしは誰のこともいいな、と思えなかった。特に、第二の性バース性がαではないか、と噂されるようなカースト上位の男子ほど、高慢さが滲み出ていて嫌いだった。
 けれど、中学三年で初めて同じクラスになった翠くんを見て、トキメキに似た感動を覚えたのだ。こんなに可愛くて綺麗で優しそうな男の子もいるんだ、と。
 実際、彼は誰に対しても礼儀正しくて優しい、笑顔の似合う好青年だった。しっかりもので成績も優秀という、絵に描いたような優等生。それでいて杓子定規な思考をしているわけでもなく、どちらかといえば柔軟な考えを持っているように見えた。下品なからかいや誰かを貶めるような話題には悪ノリせず、寧ろやんわりと窘めてしまう。けれど、面白い馬鹿話にはみんなと一緒になって笑っている。鼻につくところもなく、男女両方から好まれる、そんな人間だった。
 とにかく、雰囲気がとても良いのだ。内面と外見、その両方から溢れている空気が安心を誘うというか。
 同年代の男子と大差ない体格だというのに、中性的な顔立ちのせいか華奢な印象が強いのも理由の一つかもしれない。少し色素の薄い柔らかそうな髪、くりっとした大きめの瞳、きめの細かい綺麗な肌。骨格はしっかりと男の子なのに、お化粧をしたら女の子に見えなくもない。可愛さと美しさの良いとこ取りのような、絶妙なバランスで成り立つ容姿だった。
 そんな彼の可愛らしさを最も感じられるのが、双子の弟である翼くんと並んだときだ。彼ら双子が揃った姿を見るのが、最近のわたしの癒やしと言っても過言ではない。

 双子だというのに、二人は全く異なる容姿と性格をしていた。遺伝子が異なる双子──二卵性双生児というらしい。

 かっこよさより可愛らしさのほうが優勢の翠くんとは違い、翼くんはかっこよさに全振りした外見だった。
 バランスよく筋肉がついている高身長の体、短く切り揃えられた艶やかな黒髪とキリッとした目元。総じて、爽やかなスポーツマンといった容姿をしている。しかも、見た目どおりに運動神経がとても良かった。
 笑顔が似合う兄とは異なりあまり愛想が良いタイプではないため、ぶっきらぼうな印象が強いのだが、漏れ出ている威圧感もなんのその、女子には大人気だった。
 わたしも、不思議と苦手ではなかった。ふとした瞬間に、頭の良さと品の良さを感じるからかもしれない。αじゃないかと噂されている彼だが、間違っても第二の性を理由に上から目線で人を見下しそうにないというか。そもそも、誰にも興味を持っていなさそうなところが、逆に安心するというか。
 あらゆる人間にフラットな視線を向けている翼くんだが、翠くんと一緒にいるときだけは柔らかな空気を纏っている。同じように、翼くんといるときの翠くんも、口調や態度が随分と砕けたものになる。
 その、家族にだけ見せる気安さと、並んだときの雰囲気の良さ。それらが、わたしの心を掴んでしまった。

 まぁ、ようするに、わたしにとっての真堂兄弟は『箱推し』対象なのである。

 いっそどちらかに恋心でも抱ければ、友達との恋バナにも混ざることができたのだろう。けれど、あの二人の間に自分が割り込むことなど全く考えられなかった。むしろ、そんな自分は邪魔でしかない。
 かといって、クラスでも流行りのボーイズラブ対象として彼らを消費しているわけでもない。BLは作品としては好きだが、現実の人間で妄想を巡らせようとは思えなかった。
 本当に『推し』としか表現できないのだ。一番近いのは、仲が良いことを売りにしているアイドルグループへの純粋な好意だろうか。
 美味しいものを食べ、楽しく笑い、心を痛める瞬間が極力少ない毎日を過ごしてほしい。その上で、可能な限りでいいので、二人が仲良く会話しているところを見せてほしい。
 友達にそのままを伝えたら、「孫を見るおばあちゃんか癒しを欲しがる疲れ果てたOL視点だよ、それ。え、あんた何歳?」と若干ドン引きされた。失礼な。
 そんな身勝手で、けれど本人としては切実な欲望を胸の内に秘めながら、わたしは彼らをひっそりと観察していた。
 誤解しないでほしいのだが、別にストーカーのように常に二人を追いかけて監視しているというわけではない。教室や廊下で見かけたとき、二人にだけ意識と耳を傾けている、という程度のものだ。双子が揃ってる場面に出くわしたら、その日は一日中、上機嫌でいられるくらいの遭遇率だと思ってほしい。いや、遭遇率が高くても、きっとずっとハッピー気分だけれども。


 今日は、そのはちゃめちゃにラッキーな日だった。先日は貸出中だった本がそろそろ返却されたかもしれない、と図書室に足を踏み入れたわたしの視界に、偶然双子が映ったのだ。
 まず、部屋の一番奥、人気が少ない隅っこに設置されている机に、翠くんが本を広げて座っていた。翼くんは、翠くんの近くにある窓の外側に立っていた。少し距離があるため、翼くんは多分、翠くんが図書室にいることには気づいていないだろう。わたしが立ち止まった本棚の前は、翠くんからは見えにくく、けれどわたしからは二人が視界に入るという最高の位置だった。
 翠くんは、手元の本ではなく窓の向こう側にいる翼くんを見ていた。教室にいるときのにこやかさはなく、無表情のまま、ただ真っ直ぐに外を眺めている。普段の愛嬌はなりを潜め、窓からの光に照らされた横顔は美しい人形のようだった。
 その芸術品のような顔が、ふ、と歪む。
 何事だろう、と彼の視線の先を追えば、さっきまで一人で立っていた翼くんのそばに一人の女子生徒が立っていた。確か、可愛いと評判になっている一つ年下の女の子。その子は、どこかモジモジした様子で、翼くんを上目遣いで見ていた。
 これはいわゆる、告白のための呼び出しというやつだ。
 身内の告白シーンに出くわしたことになる翠くんに思わず視線を戻せば、そこには予想していなかった光景があった。

 ひそめられた眉、切なそうに細められた目、それから、何かに耐えるようにきつく結ばれた唇。
 人形のように可愛らしい顔に、とても人間らしい嫉妬の炎が浮かんでいた。

 驚きで呆然としているわたしに気づかぬまま、翠くんはおもむろに手元の本を閉じた。ひとつ息を吐き、ゆっくりと瞼を下ろす。三度ほど深めの呼吸を繰り返したあと、彼は真っ直ぐに顔を上げた。
 先程と同じように、もう一度翠くんの視線の先を見る。そこには、ぺこぺこと焦ったように会釈している女の子の姿があった。足早に去っていくところを見るに、翼くんに交際を断られたのだろう。

「……うん、そうだよな」

 ふ、と耳に届いた小さな呟き。その声音には、隠しようのない安堵が乗せられていた。知っていたことを再確認するような、それでいて不安を払拭したような、複雑な響きが宙に溶けていく。
 やんわりとした微笑みを浮かべた翠くんは、手元の本と自分の荷物をまとめて席から立ち上がった。こちらには気づかぬまま、出口へと去っていく。
 そんな彼の横顔とは真逆の感情が、わたしの心を大きくざわつかせていた。けれど、人は混乱すると表情も顔も固まってしまうらしい。
 その場に縫いとめられたかのように動けなくなったわたしの脳は、いま自分が見たものを何度も再生していた。
 あらかじめ知っていたのか、それともたまたま弟の告白タイムに居合わせてしまったのか。どちらなのかはわたしにはわからない。わかるのは、翠くんが翼くんに恋する女の子を見て動揺し、彼女が玉砕したことにほっとしていたということだけだ。
 不安と嫉妬と、どこか薄暗さをまとった喜び。
 いつもにこにこしている翠くんの見たことのない表情が、頭にこびりついて離れない。
 なにより、彼の瞳の中に、わたしは確かにひとつの色を見つけてしまった。

 あれは、恋の色だ。
 ──誰に? そんなの、考えるまでもない。

 いや、でも、もしかしたらあの女の子のことが好きで、自分とは似ていない双子の弟に嫉妬したのかもしれない。世間の通例で考えるならそちらである可能性のほうが高い。わたしが場の空気と流れを読み違えているだけな気がしてきた。
 ざわつく胸を押さえながら自分にそう言い聞かせていたわたしは、次に目に飛び込んできた情報で完全に思考回路を停止させた。
 少し離れた場所にいたはずの翼くんが、いつの間にか窓の近くにいたのだ。彼は、ガラス越しに翠くんが去っていった方向を眺めている。
 唇が、ゆっくりと動いた。

「あの馬鹿」

 口の動きだけで、はっきりとした声は聞こえていない。けれど、絶対にそう呟いたという確信があった。
 だって、表情が。呆れながらも慈しむような優しいもので。その上で、どこか焦れた眼差しが向けられていたのだ。
 そんなシーンで口に出される「あ行・お行・あ行・あ行」の四文字など、わたしはひとつしか知らない。
 兄の背中をじっと見つめていた翼くんは、はぁ、と溜息を吐いたあと、困ったように襟足付近を触りながらどこかに行ってしまった。
 残されたのは、大混乱中のわたしだけ。
 正直、途方に暮れていた。

 多分、わたしは、見てはいけないものを見てしまったのだ。推し二人の間だけに存在する、二人だけの感情に気づいてしまった。

 目の前にある分厚いハードカバー本で頭をぶん殴ったら、ちょうど良く消したい分だけの記憶が飛ばないだろうか。そんな馬鹿なことを考えながら、わたしは動悸が激しい心臓を落ち着かせるため深呼吸を繰り返す。
 勘違いだ。そう、勘違い。BLとして見てないなんて言いながら、もしかしたら無意識に変なフィルターをかけてしまっていたのかもしれない。きっとそうだ。反省しろ、自分。
 そう必死で言い訳して、わたしは彼らの互いへの感情を見なかったことにした。そっと心の奥底に埋めることが、最善だと思ったから。
 暴く気も批判する気もさらさらなく、けれど下手に応援の心など持たないほうが絶対にいいはずなのだ。だってそれは、苦しんでいるであろう二人に対する一番最低な消費行為になってしまう。そんな失礼なこと、できるわけがない。

 発見したもの全てが、世の中に出すべきものだとは思わない。秘めたままのほうがいいものも、きっとある。

 そもそも、双子たちが互いをどう思っていようと、わたしには関係のない話なのだ。
 二人がこれからもずっと、美味しいものを食べ、楽しく笑い、心を痛める瞬間が極力少ない毎日を過ごしてほしい。
 その願いが変わることはないのだから。

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