14 / 15
番外編:視線の先に見つけたもの
しおりを挟む真堂家の双子、翠くんと翼くん。
わたしは彼らに、特別な感情を抱いている。
昔から、同年代の男の子が苦手だった。
がさつで乱暴で無神経。そんな周りの男の子たちが嫌で、友達たちが恋バナで盛り上がり始める年頃になっても、わたしは誰のこともいいな、と思えなかった。特に、第二の性がαではないか、と噂されるようなカースト上位の男子ほど、高慢さが滲み出ていて嫌いだった。
けれど、中学三年で初めて同じクラスになった翠くんを見て、トキメキに似た感動を覚えたのだ。こんなに可愛くて綺麗で優しそうな男の子もいるんだ、と。
実際、彼は誰に対しても礼儀正しくて優しい、笑顔の似合う好青年だった。しっかりもので成績も優秀という、絵に描いたような優等生。それでいて杓子定規な思考をしているわけでもなく、どちらかといえば柔軟な考えを持っているように見えた。下品なからかいや誰かを貶めるような話題には悪ノリせず、寧ろやんわりと窘めてしまう。けれど、面白い馬鹿話にはみんなと一緒になって笑っている。鼻につくところもなく、男女両方から好まれる、そんな人間だった。
とにかく、雰囲気がとても良いのだ。内面と外見、その両方から溢れている空気が安心を誘うというか。
同年代の男子と大差ない体格だというのに、中性的な顔立ちのせいか華奢な印象が強いのも理由の一つかもしれない。少し色素の薄い柔らかそうな髪、くりっとした大きめの瞳、きめの細かい綺麗な肌。骨格はしっかりと男の子なのに、お化粧をしたら女の子に見えなくもない。可愛さと美しさの良いとこ取りのような、絶妙なバランスで成り立つ容姿だった。
そんな彼の可愛らしさを最も感じられるのが、双子の弟である翼くんと並んだときだ。彼ら双子が揃った姿を見るのが、最近のわたしの癒やしと言っても過言ではない。
双子だというのに、二人は全く異なる容姿と性格をしていた。遺伝子が異なる双子──二卵性双生児というらしい。
かっこよさより可愛らしさのほうが優勢の翠くんとは違い、翼くんはかっこよさに全振りした外見だった。
バランスよく筋肉がついている高身長の体、短く切り揃えられた艶やかな黒髪とキリッとした目元。総じて、爽やかなスポーツマンといった容姿をしている。しかも、見た目どおりに運動神経がとても良かった。
笑顔が似合う兄とは異なりあまり愛想が良いタイプではないため、ぶっきらぼうな印象が強いのだが、漏れ出ている威圧感もなんのその、女子には大人気だった。
わたしも、不思議と苦手ではなかった。ふとした瞬間に、頭の良さと品の良さを感じるからかもしれない。αじゃないかと噂されている彼だが、間違っても第二の性を理由に上から目線で人を見下しそうにないというか。そもそも、誰にも興味を持っていなさそうなところが、逆に安心するというか。
あらゆる人間にフラットな視線を向けている翼くんだが、翠くんと一緒にいるときだけは柔らかな空気を纏っている。同じように、翼くんといるときの翠くんも、口調や態度が随分と砕けたものになる。
その、家族にだけ見せる気安さと、並んだときの雰囲気の良さ。それらが、わたしの心を掴んでしまった。
まぁ、ようするに、わたしにとっての真堂兄弟は『箱推し』対象なのである。
いっそどちらかに恋心でも抱ければ、友達との恋バナにも混ざることができたのだろう。けれど、あの二人の間に自分が割り込むことなど全く考えられなかった。むしろ、そんな自分は邪魔でしかない。
かといって、クラスでも流行りのボーイズラブ対象として彼らを消費しているわけでもない。BLは作品としては好きだが、現実の人間で妄想を巡らせようとは思えなかった。
本当に『推し』としか表現できないのだ。一番近いのは、仲が良いことを売りにしているアイドルグループへの純粋な好意だろうか。
美味しいものを食べ、楽しく笑い、心を痛める瞬間が極力少ない毎日を過ごしてほしい。その上で、可能な限りでいいので、二人が仲良く会話しているところを見せてほしい。
友達にそのままを伝えたら、「孫を見るおばあちゃんか癒しを欲しがる疲れ果てたOL視点だよ、それ。え、あんた何歳?」と若干ドン引きされた。失礼な。
そんな身勝手で、けれど本人としては切実な欲望を胸の内に秘めながら、わたしは彼らをひっそりと観察していた。
誤解しないでほしいのだが、別にストーカーのように常に二人を追いかけて監視しているというわけではない。教室や廊下で見かけたとき、二人にだけ意識と耳を傾けている、という程度のものだ。双子が揃ってる場面に出くわしたら、その日は一日中、上機嫌でいられるくらいの遭遇率だと思ってほしい。いや、遭遇率が高くても、きっとずっとハッピー気分だけれども。
今日は、そのはちゃめちゃにラッキーな日だった。先日は貸出中だった本がそろそろ返却されたかもしれない、と図書室に足を踏み入れたわたしの視界に、偶然双子が映ったのだ。
まず、部屋の一番奥、人気が少ない隅っこに設置されている机に、翠くんが本を広げて座っていた。翼くんは、翠くんの近くにある窓の外側に立っていた。少し距離があるため、翼くんは多分、翠くんが図書室にいることには気づいていないだろう。わたしが立ち止まった本棚の前は、翠くんからは見えにくく、けれどわたしからは二人が視界に入るという最高の位置だった。
翠くんは、手元の本ではなく窓の向こう側にいる翼くんを見ていた。教室にいるときのにこやかさはなく、無表情のまま、ただ真っ直ぐに外を眺めている。普段の愛嬌はなりを潜め、窓からの光に照らされた横顔は美しい人形のようだった。
その芸術品のような顔が、ふ、と歪む。
何事だろう、と彼の視線の先を追えば、さっきまで一人で立っていた翼くんのそばに一人の女子生徒が立っていた。確か、可愛いと評判になっている一つ年下の女の子。その子は、どこかモジモジした様子で、翼くんを上目遣いで見ていた。
これはいわゆる、告白のための呼び出しというやつだ。
身内の告白シーンに出くわしたことになる翠くんに思わず視線を戻せば、そこには予想していなかった光景があった。
ひそめられた眉、切なそうに細められた目、それから、何かに耐えるようにきつく結ばれた唇。
人形のように可愛らしい顔に、とても人間らしい嫉妬の炎が浮かんでいた。
驚きで呆然としているわたしに気づかぬまま、翠くんはおもむろに手元の本を閉じた。ひとつ息を吐き、ゆっくりと瞼を下ろす。三度ほど深めの呼吸を繰り返したあと、彼は真っ直ぐに顔を上げた。
先程と同じように、もう一度翠くんの視線の先を見る。そこには、ぺこぺこと焦ったように会釈している女の子の姿があった。足早に去っていくところを見るに、翼くんに交際を断られたのだろう。
「……うん、そうだよな」
ふ、と耳に届いた小さな呟き。その声音には、隠しようのない安堵が乗せられていた。知っていたことを再確認するような、それでいて不安を払拭したような、複雑な響きが宙に溶けていく。
やんわりとした微笑みを浮かべた翠くんは、手元の本と自分の荷物をまとめて席から立ち上がった。こちらには気づかぬまま、出口へと去っていく。
そんな彼の横顔とは真逆の感情が、わたしの心を大きくざわつかせていた。けれど、人は混乱すると表情も顔も固まってしまうらしい。
その場に縫いとめられたかのように動けなくなったわたしの脳は、いま自分が見たものを何度も再生していた。
あらかじめ知っていたのか、それともたまたま弟の告白タイムに居合わせてしまったのか。どちらなのかはわたしにはわからない。わかるのは、翠くんが翼くんに恋する女の子を見て動揺し、彼女が玉砕したことにほっとしていたということだけだ。
不安と嫉妬と、どこか薄暗さをまとった喜び。
いつもにこにこしている翠くんの見たことのない表情が、頭にこびりついて離れない。
なにより、彼の瞳の中に、わたしは確かにひとつの色を見つけてしまった。
あれは、恋の色だ。
──誰に? そんなの、考えるまでもない。
いや、でも、もしかしたらあの女の子のことが好きで、自分とは似ていない双子の弟に嫉妬したのかもしれない。世間の通例で考えるならそちらである可能性のほうが高い。わたしが場の空気と流れを読み違えているだけな気がしてきた。
ざわつく胸を押さえながら自分にそう言い聞かせていたわたしは、次に目に飛び込んできた情報で完全に思考回路を停止させた。
少し離れた場所にいたはずの翼くんが、いつの間にか窓の近くにいたのだ。彼は、ガラス越しに翠くんが去っていった方向を眺めている。
唇が、ゆっくりと動いた。
「あの馬鹿」
口の動きだけで、はっきりとした声は聞こえていない。けれど、絶対にそう呟いたという確信があった。
だって、表情が。呆れながらも慈しむような優しいもので。その上で、どこか焦れた眼差しが向けられていたのだ。
そんなシーンで口に出される「あ行・お行・あ行・あ行」の四文字など、わたしはひとつしか知らない。
兄の背中をじっと見つめていた翼くんは、はぁ、と溜息を吐いたあと、困ったように襟足付近を触りながらどこかに行ってしまった。
残されたのは、大混乱中のわたしだけ。
正直、途方に暮れていた。
多分、わたしは、見てはいけないものを見てしまったのだ。推し二人の間だけに存在する、二人だけの感情に気づいてしまった。
目の前にある分厚いハードカバー本で頭をぶん殴ったら、ちょうど良く消したい分だけの記憶が飛ばないだろうか。そんな馬鹿なことを考えながら、わたしは動悸が激しい心臓を落ち着かせるため深呼吸を繰り返す。
勘違いだ。そう、勘違い。BLとして見てないなんて言いながら、もしかしたら無意識に変なフィルターをかけてしまっていたのかもしれない。きっとそうだ。反省しろ、自分。
そう必死で言い訳して、わたしは彼らの互いへの感情を見なかったことにした。そっと心の奥底に埋めることが、最善だと思ったから。
暴く気も批判する気もさらさらなく、けれど下手に応援の心など持たないほうが絶対にいいはずなのだ。だってそれは、苦しんでいるであろう二人に対する一番最低な消費行為になってしまう。そんな失礼なこと、できるわけがない。
発見したもの全てが、世の中に出すべきものだとは思わない。秘めたままのほうがいいものも、きっとある。
そもそも、双子たちが互いをどう思っていようと、わたしには関係のない話なのだ。
二人がこれからもずっと、美味しいものを食べ、楽しく笑い、心を痛める瞬間が極力少ない毎日を過ごしてほしい。
その願いが変わることはないのだから。
15
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
番を囲って逃さない
ネコフク
BL
高校入学前に見つけた番になるΩ。もうこれは囲うしかない!根回しをしはじめましてで理性?何ソレ?即襲ってINしても仕方ないよね?大丈夫、次のヒートで項噛むから。
『番に囲われ逃げられない』の攻めである颯人が受けである奏を見つけ番にするまでのお話。ヤベェα爆誕話。オメガバース。
この話だけでも読めるようになっていますが先に『番に囲われ逃げられない』を読んで頂いた方が楽しめるかな、と思います。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる