夜空に打ち上がるのは、僕らの

西沢きさと

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5.釈明

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 だが、それとこれとは話が別だ。

 その後、僕たちにも宿泊先の鍵が渡された。鬼武と同様、鬼柳がこの村を出るまで住んでいた元実家だ。
 座敷から出た廊下の途中で、僕は立ち止まる。玄関まではまだ少し遠く、村長が残った部屋には声が届かなさそうな位置。長居はできなくても、短い会話なら可能だろう。

「鬼柳、話がある。二人だけになれるとこあるか?」

 聞いた話を脳内で整理してから、現状の僕と鬼柳に照らし合わせて考える必要があった。本人から話を聞かないことには、あらゆることに決心がつかない。

「……外は暑いし、まずは家に入ろう。話をするまでは何もしないって誓うから」
「信用できない」

 今の自分の感想をはっきりと告げれば、鬼柳は苦痛と諦念が混ざったような顔で小さく頷いた。

「そう、だよね……。なら、家のそばにある森の近くで話そう。あそこなら木陰があるから。俺たちが中に入るまでは、担当にも家に近寄らないよう頼んでみる」

 そう言って村長のところに戻っていった鬼柳は、三十分だけ待つという約束を取り付けてきた。儀式遂行に拘っていた村長のことを考えれば、譲歩されたほうだろう。時計の針は、午後四時近くを指している。夏祭りは午後七時開始だったはず。
 せっかく作れた貴重な時間だ。無駄にはできない、と早々に外に出る。
 通り道にある中央広場では、村人たちによって祭りの準備が進められていた。その横を足早に通り過ぎ、辿り着いた元鬼柳家の玄関に荷物だけ放り込む。家の近く、生い茂る木々の陰に入ったところで、僕はようやく鬼柳と視線を合わせた。

「言い訳、聞いてやるよ」

 申し開きがあるなら今しかチャンスはないぞ、と圧をかければ、相手はまず謝罪を告げてきた。

「ごめん」
「それは何に対する謝罪だ?」
「桃瀬に何も伝えず、騙す形でこの村に連れてきたこと。あと、……この状況でも、俺は桃瀬のこと抱きたいって思ってること」
「まぁ、儀式とやらを終わらせないと、座敷牢行きだもんな」
「それは別にいいんだ」

 現状、鬼柳にとっては最優先で避けなければいけないことを確認したつもりだった僕は、返ってきた言葉に拳を握った。殴ってやりたい衝動を抑えるためだ。
 それならなぜ、騙してまでこの村に連れてきたのか。わけがわからない。座敷牢を回避するために僕を抱こうとしてるはずなのに、矛盾する発言の意図が理解できずに苛立ちを感じる。失敗も視野に入れて、座敷牢を覚悟していたってことなんだろうか。
 というか、狂ったからといって人間を座敷牢に監禁するなんていう所業が、そもそも許されるものじゃない。やっぱりこの村ごと焼き払うのが一番な気がしてきた。
 拳をゆっくり解きながら、すぅ、と息を吸って、吐く。
 落ち着け僕。殴るにはまだ早い。鬼柳の話を、──僕が知りたいことを全て聞いてからだ。

「あの爺さんが言ってた鬼人の話は、全部ほんとなのか?」
「うん。お伽噺ならどんなによかったかって、俺もずっと思ってる」
「もう、飢えてたりすんの?」
「お腹が空いてる感覚はあるけど、まだそこまではひどくないよ」

 空腹の症状がもう出てきてるのか。それなら本当に、鬼柳は『気』を食わないといけない鬼人とやらなのだろう。
 日本昔ばなしのような世界に突然放り込まれ、語られた全てを信じられるかどうかと問われたら、答えはノーだ。正直、今でもあらゆることに半信半疑でいる。
 けれど、この期に及んで鬼柳がデタラメを口にするとも思えなかったのだ。友達を信じたい、僕の勝手な願望かもしれないけれど。
 彼は、隠しこそすれ嘘はついていない。そう感じていた。

「来るまでに、説明できる時間はたくさんあったよな? はなから騙すつもりだったのか」

 騙す形でこの村に連れてきた。さっき鬼柳はそう言った。途中で話をするつもりがあったのか、それとも不意打ちで襲うことだけを考えて誘ったのか。
 葛藤もなく友達を騙せる男だったなら、見る目がなかったんだな、と自分に落胆するしかない。

「誘う前も誘った後も、何度も悩んだよ。でも、打ち明ける勇気が出なかった。鬼とか鬼人とか特殊な欲求とか、信じてもらえるとは思えなかったし……」

 そこで言葉を区切った鬼柳は、苦しそうに口元を歪めながら小さく首を横に振る。

「ごめん、何を言っても騙して連れてきたことに変わりはないよね。俺が臆病で卑怯だっただけだ」
「そうだな」

 その通りなので、素直に肯定する。鬼柳が罪悪感を抱いていたことにほっとする気持ちと、彼が卑怯な手を使った事実は別々の話だからだ。

「なぁ。一回ヤったら、鬼人はその人間の『気』のみを食べることになるんだろ? 今日僕を抱いたとして、次からはどうするつもりだったんだ。ずっと無理強いするつもりだったのか?」

 身長こそ負けてはいるものの、僕と鬼柳の体格にそこまで差があるわけではない。身長だって、数センチの差だ。不意打ちならまだしも、警戒している僕を力でねじ伏せるのは相当難しいと思うのだが。

「いや、そんなことするつもりはなかったよ。確かに、桃瀬の『気』だけを受け付けるようになるけど、食べなくても死ぬわけじゃないから」
「食わないと飢えるんだろ?」
「人としての食事だけでも、肉体の維持はできるよ」

 微妙な物言いだ。村長も、若い頃は欲が強いとかなんとか言っていた気がするし、飢えることは飢えるはず。二十歳で経験するらしい狂うほどの渇望まではいかないから、我慢しようと思えば我慢できるということなんだろうか。
 村長宅で目にした、自嘲に塗れた鬼柳の横顔を不意に思い出す。同時に、一つの可能性が頭を過ぎった。
 もしかしてこいつ、ヤり逃げするつもりだったんじゃないか?
 ヤり逃げというか、彼なりの贖罪というか。『合わせる顔がないから、せめて二度と会わないようにするね』などと言って姿を消す鬼柳が容易に想像できてしまったのだ。うっかり舌打ちをしそうになるほど、それは有り得る未来だった。

 鬼柳は基本的に人が良く、進んで他人を騙すタイプの人間ではない。悪いことをすれば謝り、償おうとする善人だ。少なくとも、僕が友人として付き合ってきた鬼柳まそらはそういう男だった。

 不穏な単語や思想が飛び交う環境に影響されたのか、いつの間にか悪いほうへと思考が偏っていたことを自覚する。
 鬼柳が僕にしたこと、しようとしたことは、彼の事情を加味したとしても非難されて然るべきことだ。けれど、本人の性格が大きく変わったから行われたことじゃない。隠していた本性を現したということでもなさそうだ。
 だったら、いつもの鬼柳の言動と照らし合わせてみればいい。
 さっきの座敷牢に対する回答も、今なら意図を汲み取れる気がした。僕との契約が失敗しても成功しても、座敷牢に閉じ込められるつもりだったんじゃないだろうか。償うために。多分、鬼柳ならそう考える。
 それはそれで、ふざけんな、というのが率直な感想だったが。

 知らずに曇っていた目のもやを払うように、一度ゆっくりと瞼を閉じて、開く。暗闇から光へ。これから問おうとしている質問に少しだけ希望が見えた気がした。

 最後に残してしまった、僕が一番知りたいこと。

「お前なら、僕じゃなくても喜んで体を差し出す相手がいただろ。女でも男でも。……なんでわざわざ、僕を誘ったんだ?」

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