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6.告白
しおりを挟む少しだけ言い淀み、なんとか腹に力を込めて問いかける。とにかく、なぜ選ばれたのが僕だったのか理由を聞きたい。それが本音だった。
欲しい相手が見つからないままタイムリミットを迎えたから、一番近くにいて誘いやすかった僕にした。男のほうが後腐れなさそうだし、僕なら許してくれるんじゃないかと思った。多少雑に扱っても大丈夫な存在だと認識していた。──などの、言われたら手加減なく拳でぶん殴る系の理由だった場合、これまでの友人関係に熨しつけて叩き返して二度と関わらないつもりだった。
けれど、もし。違う理由があるのなら。
「どうしても桃瀬じゃなきゃ嫌だったんだ」
直球で届けられたのは、身構えて予想していた取り返しのつかない最悪とは全く異なるものだった。子供の我儘のように稚拙で、それでいて情を感じさせる理由を鬼柳は口にした。
よし、それならちゃんと怒れる。そう思った。
「誰でも良かったわけじゃないし、適当に桃瀬を選んだわけでもない。食べたいって、……抱きたいって思ってるのは桃瀬だけだから。それだけは、信じてほしい」
必死に言い募る目の前の男とは逆に、少し余裕が出た僕は呼吸と思考を整える。こちらの怒りをしっかり伝えるためには、冷静さが必要だからだ。
「あのさ、鬼柳。ほんとこれ、犯罪だからな? すぐ帰れない場所まで連れてきてから命を盾にしてセックス強要って、恐喝と強姦だろ」
「……そう、だね」
「盾にする命がお前のであっても、僕が脅されてることに変わりはないし。乱暴されるのも僕だし」
「……うん」
「もし、何も説明されないまま、いきなり押し倒されて無理矢理ヤられてたら……って、考えるだけで怖ぇよ。ぞっとする」
「……」
鬼柳のしようとしたことをいっさい誤魔化さず、あえて強い言葉で伝えていく。彼の顔からどんどん血の気がなくなっていくのに気づいていても、事実は事実なので容赦はしない。
だって、僕は怒っているし、これでも傷ついているのだ。
「抱かれてもいいくらいにはお前のことそういう意味で好きだけど、だからって簡単に許せる話じゃないだろ」
返す言葉もなく、紙のように真っ白な顔色で俯いていた鬼柳が、勢いよく顔を上げた。信じられない、とばかりに目を丸くしている。
「えっ、……好き? 俺を?」
「ああ」
「ほんとに?」
「ほんとに。今ちょっと冷めそうだけど」
こんな怪しげな話に乗り続けたのも、僕が鬼柳に惚れているからだ。好きな男の故郷、しかも泊まりがけの旅行に誘われたのだ。何か変だぞ、と訴えてくる冷静な自分を片隅に追いやってでもついてくるくらいには、目の前で呆けている男のことが好きだった。
結局僕も、鬼柳の言動で勘違いをしてしまった憐れな男の一人だったわけだ。叶うとは到底思っていなかったため、想いを閉じ込めたまま結婚式でスピーチをする親友の座を狙っていたのだが。
まさか、勘違いじゃないとは思わなかった。
「桃瀬が、俺のこと……」
噛みしめるように呟いている鬼柳には悪いが、僕は今の自分の感情を念押しして伝えておくことにする。冷めかけている、という訴えをさらっとスルーされても困る。
「それはそれとして、きっちりドン引きしてるからマジで反省しろ。下手したら百年の恋も冷めるやつだぞ、これ」
鬼柳にも切羽詰まった事情があったことは認めるが、騙して連れてきた挙句、抱かれることを相手に強要するのは間違いなく犯罪だ。
しかも、話を聞くに中出し前提なんだろう。相手が女の子なら子供ができる可能性もある最低最悪の行為だし、男の自分でも衛生面から考えると本来なら避けたいところなのだ。
鬼武と豆原のように、きちんと説明して納得済の恋人同士なら何も問題はない。でも、鬼柳のこれは駄目だろう。騙し討ちで無理矢理抱かれることになっていたら、いくら好きでも許せなくなる。
何も話してくれなかったことも、彼に対して抱いている僕の感情全てを蔑ろにしようとしたことも、思いあまって罪を犯そうとしたことも、償いのために座敷牢を視野に入れて勝手に自己完結していたのかもしれないことも。全部全部、むかつく。
真面目に怒っている僕に、鬼柳は深く頭を下げた。
「うん、ごめんね。本当にごめん……っ」
謝罪で済んだら警察はいらない、とはよく言ったものだが、一応はまだ未遂の段階だ。はぁ、と聞こえよがしに大きな溜息をついてから、僕は目の前の男に命じた。
「顔上げろ、鬼柳」
言われるがままに上体を起こした相手の頬を、平手で加減なくぶん殴る。バチンッ、と小気味良い音が鳴った。
「……ッ」
「村にお前より若いやつがいるなら、絶対こんなことすんなって釘刺しとけよ」
村としては人権より儀式のほうが優先されるのだろうが、そんなものは何の言い訳にもならない。過去にあったかもしれない苦しみについては僕にはどうしようもできないが、せめてこれから先の人のために、と放った言葉だった。けれど、どうやら杞憂だったらしい。
「そこは安心してほしい。俺たちが最後の子供だよ」
「そうなのか」
「うん。その上の世代は俺らの親だけだし、偶然だけど俺も友樹も揃って子孫を残せる相手を選ばなかったから。これで終わり」
僕が叩いた頬をどこか愛おしそうにさすりながら、鬼柳はやけにさっぱりとした表情をしていた。鬼の血筋や村に対して、彼なりに思うところがあったのかもしれない。
ひとまず、さっきの平手で僕の気は済んだ。これで手打ちとしよう。ちゃんと反省して、こんな愚行が二度と繰り返されないのなら、僕としてはそれでいい。
「鬼武かお前が心変わりして、餌とは別に女性を選んで家族を作ったら、また話は変わってくるんだろうけど」
念のため、思いついた一つの懸念を少しの皮肉も込めて口に出す。その途端、鬼柳の纏う空気が変わった。
「ないよ。それはない」
急に、蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解してしまった。言い切った彼の眼力に圧倒されつつ、なんとか会話を続ける。
「いや、でも、人の心なんてわかんないもんだろ……?」
「鬼の血のせいなのかな。唯一と決めた相手への執着がすごいんだ。俺も、きっと友樹もそう。相手に逃げられる心配こそすれ、自分から手放すなんて考えてもいないよ」
「……ちなみに、相手が逃げたらどうするんだ?」
聞くのが怖い気もしたが、聞いておいたほうが良いな、という気持ちのほうが勝った。好奇心というよりは、自分の覚悟をここで決めておいたほうが良い気がしたのだ。
鬼柳は、ゆるり、と口角を上げた。
「わかんない。……狂って食べちゃうかも」
食べられるのは嫌だな、とは思ったが、不思議と嫌悪感はなかった。毒されたのか、それともこれに喜びを見出すくらいに僕の執着も強いのか。
腹を括ったといえば、それだけの話なのだが。
せめて、不健全な関係にはならないようにしたくて、僕は鬼柳に大事な言葉を求めることにした。
「なぁ、鬼柳。僕に言うことがあるだろ。ほんとなら、真っ先に言わなきゃいけないことが」
そう、まだ肝心なことを聞いていないのだ。
現代の日本でお付き合いを始めるのなら、最初に伝えるべき文言がある。狂うだの食べるだのそんな物騒で不穏な言葉なんかより、よっぽど相手の気持ちを直接感じられる、確かな言葉が。
それを、僕に届けてほしかった。
意図はきちんと伝わったらしい。はっ、と表情を変えた鬼柳が、真剣な眼差しで僕を見つめてくる。
「桃瀬のことが好きだよ。俺と付き合って」
「……いいよ。僕も鬼柳が好きだ」
シンプルな告白が、心にじんわりと沁みていく。嬉しさのあまり自然と浮かんだ笑顔で返事を紡げば、強い力で抱き締められた。
「キスしたい。いい?」
「いいよ」
「その先もしたい。桃瀬のこと抱きたい。……許してくれる?」
眉を下げながら許可を求めてくる姿がまるでしょぼくれた犬のようで、思わず噴き出してしまった。彼の背中に回していた手を後頭部に移動させ、そっと顔を近づける。
初めてするキスだった。
「僕のこと好きなら、いいよ」
素直に欲しがってくれるなら、全部捧げてあげてもいい。伝えた僕の覚悟を、鬼柳はその唇で言葉ごと食べてしまった。
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