魔法の薬草辞典の加護で『救国の聖女』になったようですので、イケメン第二王子の為にこの力、いかんなく発揮したいと思います

高井うしお

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2話 第二王子フレデリック

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『うるさい!』
「うわっ!」

 その絶叫の声をかき消すようにまたあの声が響いた。

『ちゃんと説明してやるから黙れ、小娘』
「いや、もう二十五なんで小娘ってほどじゃ……」
『私から見たら小娘だ』

 そう言うと手に持っていた本が浮いて私の手を離れた。その本は空中を漂っているかと思うと強く輝く。私は眩しくて目を瞑った。そして光がおさまって目を開けると……。

「……誰?」

 そこには深緑の髪に金色の目をした男の子が立っていた。

『僕はリベリオ』
「……どこから入ってきたの?」
『ばかもん! 僕はお前の持っていた本だ。小娘!』
「……はぁ?」

 私はじろじろと十歳そこらにしか見えないリベリオと名乗った男の子を見た。

『ふん、僕は今年で二百八十七歳。お前なぞ小娘に他ならない。見た目で判断してはいかん』
「は、はぁ……?」

 さらに私の頭の中は疑問符で一杯になった。しかし私の常識の範囲を逸したリベリオのその髪の色や目の色を見ているとちょっと納得してしまうような……。

『僕は人ではない。そこの本が僕の本体だ。そしてこの世界にお前を呼んだのは僕だ』
「あんたが……?」
『僕は約三百年前にとある高名な回復術師が作った辞典だ。彼の死後僕を使いこなせる人間はおらず、ずっとしまい込まれていたのだ』
「それでなぜ私を呼んだの?」
『どういう訳がこの邪竜討伐の救護班の荷物に紛れてな。目の前で大勢の兵士が苦しむのを見ていられなくて……。僕を使いこなせる人間を強く求めたのだ。そして現れたのが真白……お前だったという訳だ』

 リベリオは金色の目を細めて私を見た。小さなその体で、まるで我が子を見るかのような視線に私はただただ居心地が悪い。それにしても勝手に連れて来られたとは……。

『久々だ。こうして人間と話すのも』
「あの……しみじみしているところ悪いんだけど……」
『なんだ』

 リベリオは水を差した私を不機嫌そうに睨んだ。

「用が済んだのなら帰してくれません?」
『……うむ』
「毒にやられた人達はみんな助かったみたいだし。あの薬を出したのって魔法……なのあれ? 面白かった。でも週明けには私も仕事があるし」
『そ、それは……』

 リベリオは急にもごもごしながら俯いた。そうしていると見た目の年齢通りに見える。

『……どうやったらいいか分からない』
「はっ!?」
『僕は僕を使いこなせる人間を望んだだけだ。それでお前が来た。だから帰し方とかまでは分からん!』
「なにそれっ!?」

 私はまた頭痛がしてきた。帰れない? え、仕事は? あ、洗濯物も干しっぱなし。違う、そうじゃない。

「どうするのよ……!」
『召喚術は専門外なのだ……。調べる! 調べてみるから時間をくれ!』
「はぁ……?」

 私はへなへなと座り込んだ。リベリオはそんな私を覗きこんだ。

『この世界の植物とお前の世界の植物は微妙に違う。この僕に載っているのはお前の世界の植物だ。その説明を読んで取り出すことが出来る能力は僕の加護。きっとこの世界の人々の役に立つ。衣食住の心配はいらんと思う』
「なんで私の世界の植物だって分かるの?」
『この本を作ったのがお前と同じ世界から来た転移者だったからだ。彼は唯一別の世界の植物を取りだし、何倍もの効力にして使う事ができた。真白、お前に与えられた能力と同じだ』

 私はじっと自分の手を見た。唯一の能力……そんな凄いものが私に……? 私はもっとリベリオに色々聞こうと顔をあげた。その時だった。

『人が来る。ではまた』
「あっ」

 リベリオの体が輝き、また本の姿に戻った。と同時に天幕の入り口が開く。

「真白様、邪竜は無事討伐されました! フレデリック殿下がお呼びです」
「は、はい……」

 こうして王子の天幕に呼び寄せられた私は王子に深々を頭を下げられて困惑する事になるのである。

***

「して、そなたはどこから参った」
「あー……えっと、それが分からないんです……」
「どういう事だ?」

 私は頭をフル回転させた。違う世界から来ました、なんて荒唐無稽すぎる。いやね、さっきから私が荒唐無稽な目にあってるんだけどね。今着てる休日用のオーバーサイズのジャージーワンピースもなんか浮いてますけどね。……そして導き出したのは記憶喪失のふりをする事。これなら余計な詮索をされないですみそうだと。

「き、記憶が抜けていて名前くらいしか分からないんです……」
「それは大変だ!」

 王子は空色の瞳を見開いて座っていた椅子から立ち上がった。うう……嘘吐いてごめんなさい。胸が痛い。

「で、あれば私に付いて王城まで来るといい。客人としてもてなそう。いくらでも逗留するといい」
「いえっ、そこまでお世話になる訳には……しばらく泊めていただけるのは助かりますけど、何か仕事を探さなくてはいけないし」

 私は両親を早くに亡くして自立を早く促されたせいか、どうも人の好意に乗っかるのが上手くない。

「仕事……?」
「はい、食べていかないと。その、幸い特技があるので……」
「それはあの兵士を救った力か」
「え、ええ……まぁ」

 フレデリック殿下はふむ、と考えはじめた。彼が考えを巡らしている間、私はもじもじと落ち着きなく視線を彷徨わせていた。

「わかった。ならば……何か仕事を用意するから城で働いてくれ。それならいいだろう」

 フレデリック殿下が優しく、けれど有無を言わさない口調で私に言った。……ああ、これ以上固辞するのも良くないだろうな……。

「分かりました。……ありがとうございます。フレデリック殿下」
「うむ。ではこれより城に帰還する。ついて参れ真白」
「は、はいっ」

 NOを突きつけられるとは微塵も思っていない曇りのない笑顔が眩しい。私はその輝きから微妙に目をそらしつつ頷いた。
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