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40話 好きという事は、なのですわ

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「……なるほど、最もな意見ですわ」

 荒ぶる王子に、リリアンナは静かにそう答えた。

「せっかくここまで足を運んだのに、一冊しか買えないとはがっかりした」
「事情があってこれでも最速で発行している状態なのですよ」
「事情とは?」
「現状、こういった作品を描く作家が一人しかいないのです」

 それを聞いた王子は怪訝な顔をした。

「たった一人なのか」
「ええ、BLを描くのは彼女一人です」
「……女なのか、これを描いているのは」
「はい」

 王子は驚いたように手元の本を見た。半裸の男達の寄り添う表紙だ。ハルトはそっと目を逸らした。

「素晴らしい筋肉だぞ。これを女が……」
「それに彼女は他に仕事を抱えている状態なので……」
「なに、自分の作品作りに専念できていないのか!? ならばこうしないか。私その女のパトロンとなろう。私はもっとこういった本が読みたいのだ」
「王子」

 リリアンナは鋭い声を出して牽制した。

「彼女には自由に描いてもらいたいと思っています。まだそのような段階ではありません」
「それはお前の意見だろう!」

 リリアンナは王子の言う事にも一理あると考えた。もしモチカが望むなら、王子の元で創作に専念する事も選択肢の一つだろう。

「……それでは本人に聞いてみましょう。セシル、モチカを呼んで来て頂戴」
「はい、かしこまりました」

 セシルはモチカを呼びに走った。

「さ、呼びに行っているうちにオムライスを召し上がれ」

 リリアンナはちょうど出来上がったオムライスを王子とラファエルにすすめた。

「……これは珍奇な。卵……か?」
「まだこれで完成ではありませんのよ。特別なソース、ケチャップをかけて完成ですわ」
「それじゃあお絵かきタイムにゃ!」

 ケチャップの容器を抱えてモモがテーブルに身を乗り出すと、王子は思いっきり不機嫌そうにモモを睨み付けた。

「女は好かん!」
「にゃにゃ!?」
「モモ、ルルと交代して頂戴」

 モモに代わってルルがケチャップお絵かきをする事になった。

「おまかせで描いてもいいかな」
「ああ……なんだ? なぜか不愉快ではないのだが……」
「そりゃ僕は男だからね」
「男!? そんななりをして?」
「だって、僕がだれよりかわいいもん。この服だって喜んでるよ」

 ルルはそう言いながら、ケチャップで王冠とひよこの絵を描いた。王子は驚愕してルルを見つめた。その顔をみてリリアンナは小さく吹きだした。

「ほほ……ここはみんなの好きを詰め込んだ空間なのですわ」
「好き……?」
「ええ。この街もそう変えていくつもりです。みんなの好きなものに触れられる、作り出す。そんな街に。王子がこの街にきたのも、ご自分の「好き」を求めて来られたのでしょう?」
「それが……お前が常々言っていた『萌え』というものか」
「そうとっていただいて構いませんわ。さ、冷めてしまいますから召し上がって」

 王子とラファエルはオムライスを口にした。

「……ふむ。美味い」
「それはよかったですわ。お連れ様は……?」
「美味しいです」
「そう」

 リリアンナはそれを聞いて素直に嬉しそうに微笑んだ。だれが客であっても、ここの料理を褒められる事はリリアンナにとって嬉しい事であった。

「これがお前のやりたい事だったのか……」
「ええ。もし協力していただけたら殿下のお飾りの妻でも構わないと思っていたほどに」

 それを聞いた王子の目が大きく開かれる。

「ふふ、私は別れの際に申し上げましてよ。あなたはあなたのかわいい人と一緒にいれば良いと」

 リリアンナの視線がラファエルを捕らえた。

「横の方かそうなんでしょう?」
「ぼっ、僕は……」
「いい。ラファエル。リリアンナ、その通りだ」
「……黒髪がお好みでしたのね」

 リリアンナの言葉に店のメイド、そしてハルトもハッとなった。黒髪に鳶色の瞳、なんとなくハルトの上位互換のようなラファエルの容姿……。

「あばばばばば」

 ハルトはもぞもぞし出した。

「ああ……婚約者も黒髪なら良い、と言った事がある。まぁ、大した変わり者が来た訳だが」
「それは災難でしたわね」
「ああ! おかげで父は弟に王位を譲る事を考えはじめた。まぁ……」

 王子はもはや隠す事なく、隣に座るラファエルを抱き寄せた。

「私としては好都合だがな。どうせ私は無能だ」
「そうでしょうか」
「王都の執事喫茶で私を無能呼ばわりしたのはリリアンナ、お前ではないか!」
「まぁ、商才は無いと思いますが……施政者としての能力はまた別ですわ」
「……あ、そう……」

 王子は面と向かってそう言われて、少々恥ずかしそうにした。

「だがな、私はこのラファエルと静かに暮らせればもういいのだ」
「で、殿下!」

 ラファエルは王子の腕の中で、顔を真っ赤にしながらもがいた。

「私が王に謹慎を言い渡された時も、見捨てずに励ましてくれたのはお前だけだ」
「まあ……仲良しですのね」

 王子はニヤリと笑って、リリアンナに言い返した。

「そちらも随分仲良しのようではないか」
「……まぁ、ほほほ。お陰様で」

 リリアンナが微笑む横で、ハルトは帰りたくて帰りたくてしょうがなかった。
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