最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。

高井うしお

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第三章

76話 溺れる手

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 ハリシュの去った後でフェレールはアーロイスに恐る恐る問いかけた。

「あのように安請け合いして宜しかったので……?」
「成功できたら、だ。確か辺境の直轄地に痩せた小さな村があったろう……管理ばかり面倒な……」
「ハーフェンでしたか」
「そんな名だったかな」

 アーロイスの口から出たのは名無し達の住む村の名だった。

「あの者が金より土地を望むならそうしてやるさ。それにああいった異民族はどこかに隔離してしまった方がよいだろう」
「そこの小作民はどうなります」
「金でも渡して別に移ってもらえばいいさ……。とにかく邪魔者を排除するよう、かの者にはよく言い含めろ」
「は……」

 二人はハリシュにハーフェンの村を明け渡す事を勝手に決めた。しかし、彼らには分かっていなかった。そこに住むものが、その痩せて不便な村で営む生活の事を。これが帝王教育を受けたロドリック王子やその息子のライアンであればまた……違ったのかもしれない。

「土地がなんだというのだ」

 そしてアーロイスはいらいらしながら呟いた。ハリシュの土地に対する執着もまた理解ができなかったのだ。

「は……は……」

 そしてその頃ハリシュは息を切らせてスラムの家に向かって大急ぎで向かっていた。

「エシュ、マイム!」
「じじ様!?」

 年甲斐もなくスキップでもしそうな足取りで帰宅したハリシュは双子達を抱き寄せた。

「とうとう……とうとう土地が手に入るぞ……我らの土地が……!」
「どういう事、じじ様?」

 エシュとマイムは顔を見合わせた。

「実はな、今とある高貴な方の仕事を手伝っておるのじゃ。その方がとうとう次の仕事がうまくいったら土地をくださるそうじゃ」
「まあ……そこに一族みんな住めるかしら?」

 興奮気味に褒美の事を告げるハリシュの言葉にマイムは目を見開いた。

「ああ、きっと住めるぞ」
「それじゃじじ様は一族の英雄ね……!」

 同じくエシュも目を輝かせて、ハリシュを見た。

「ようやっと我らの悲願が叶う……エシュ、マイム……儂はしばらく仕事でこの都を離れるが……大丈夫か」
「はい、じじ様」

 双子達が頷いたのを見て、ハリシュは彼女達の肩をつかんでひどく深刻な顔で付け加えた。

「もしな、儂が戻らなければ……この国の辺境のハーフェンという村へ向かえ。そこが約束の土地だ。きっと儂はやり遂げてみせるから……」
「じじ様、そんな事言わないで」
「帰ってきて、じじ様」

 それを聞いてエシュとマイムは涙を浮かべた。しかし、ハリシュの覚悟が固いことは分かっていた。止めても無駄だという事を。それだけ長い間、ハリシュは定住の地を求めていたのだ。



「――何か呼びましたか、カーラ」

 瞑想をしていたエミリアはふと目を開けた。そして目の前にいるカーラにそう呼びかけた。

「いいえ?」

 カーラは急に声をかけられて不思議そうな顔をしている。

「そう……」

 エミリアは側の聖像に目をやった。聖人の姿を模したそれが彼女を呼んだのだろうか。

「なにも……なければいいのだけど……」

 彼女はそう呟いたが、その願いは聞き届けられなかった。



 一方、フレドリック達はサイラスを送るついでにイライアスの領地に拠点を移していた。

「久々の我が家だ。当家自慢のワインを二人には味わってもらおうな」

 イライアスは外務大臣を勤めていただけあって、機転が利く上に暗く切羽詰まった雰囲気になりそうな仲間達のムードメーカーであった。フレドリックはその気遣いに感謝しながらもイライアスの言葉に応えた。

「……イライアス、私は酒を断っている」
「お前が? 我が城の樽をあけてしまいそうなお前が断酒?」
「ライアン様を救うまで……私は飲まん」
「そりゃ残念だ」
「いずれ祝杯はここのワインでやるさ」

 フレドリックがそう答えると、イライアスはにっと笑った。

「それじゃ、王族が来ても開けないワイン倉の一品をお前には用意してやるよ」
「楽しみだ」

 そこまではいつものフレドリックとイライアスの軽口だった。イライアスはそれからサイラスの家族の住む空き家を手配するよう部下に命じた。

「三日もすれば手入れが終わって住める」
「ありがとうございます。イライアス様……」
「なに。いずれその剣で返してくれ」
「は……必ず……」

 それまでサイラス達一家は離れに住まう事となった。あとは来たるべき時に供えて英気を養い、少しずつ協力者を増やしていく。そう……誰もが思っていた。
 その変化は一日では分からなかった。だが……日の立つうちにフレドリックは何かがおかしいと思い始めた。

「イライアス、なんだその顔色は」
「ああ……どうも寝付けなくて……」

 自分の領地の自分のベッドでそのような事になるなんて妙な事だ。そして住居を改めたサイラスの顔色を見てまたフレドリックは驚いた。

「サイラス……? 何があった」
「いえ……近頃夢見が悪いのです……何かあった訳では」
「……」

 ここにフレドリックが居なければ、これは見逃されていたのかもしれない。しかし……フレドリックは見ていた。ロドリック王子が謎の症状で日に日に弱っていったのを。フレドリックはイライアスの城の回復術師を呼んで二人を診させた。呼ばれた術師は首を傾げた。

「寝不足という事以外は……昏倒の術を施しましょう」
「ああ、頼む」

 しかし、それでも二人の疲弊ぶりは変わらなかった。むしろ悪くなっていた。ぐったりとしたイライアスがなんとかフレドリックに状態を伝える。

「悪夢を見る……四肢がバラバラに裂かれ……痛みの中、なおも細切れにされて……」
「これは……」

 サイラスから聞いた妖しげな男の仕業なのだろうか。いつの間にここに入り込んだというのだ。

「ええい。犯人捜しをしている暇はない。……おい、イライアス! ここの回復術師では治せん。中央教会に行くぞ!」
「そこは……今近づくのはまずいのでは……」
「今、お前を失う方がまずい! それに……」

 フレドリックは一瞬申し訳ない気持ちが沸き上がったがすぐに押し殺した。

「今の聖女様と私は顔見知りだ。きっと、なんとかしてくれる」
「はは……いつのまに引っかけたんだい」

 イライアスは口では冗談を言うものの、息も絶え絶えだった。フレドリックはすぐに馬車を用意するよう使用人に命じた。
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