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2話 ねこのここねこ②
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ミユキが祠の前に立つと、突然突風と共に煙が上がった。衛は瑞葉をとっさに庇う。
『あーらたつ屋のばばあじゃないの』
白い煙の去った後には、赤い着物のポニーテールの長い髪の女性が一人立っている。さっきまでどこにも人影が無かったというのに。
「あんたにばばあ呼ばわりされる筋合いは無いよ」
『あーあ、可愛くないったら……で? この葉月様に何か用事かい?』
「ふん……近頃、腹を減らした狐が弱った生き物を食い散らかしてるって聞いてね。お供えもんでも足りないのかと」
ミユキは妙なオーラを放つ、その葉月という女に臆する事もなく、言い放った。
「は? お供えならキチンとされてるわよ。いい加減な噂ね」
「そうか、じゃこのコロッケは要らないね。瑞葉、これ全部食べていいよ」
「ほんとー?」
「ちょっとお義母さ……ミユキさん、瑞葉を肥満児にさせる気ですか!」
ほとんど空気になっていた衛はここで初めて声を上げた。
「冗談だよ、これはお供えだ」
ミユキは持って来た売れ残りのコロッケを葉月に手渡した。葉月は警戒する事もなくコロッケにかぶりつく。若そうに見えるのに威厳のあるその姿とコロッケには違和感がある。するとその顔がパッと輝いた。
「……おいしくなってる!!」
「あ……」
葉月はつかつかと衛の目の前にやって来た、そして食らいつくように問いかける。
「お前、お前だな。これを作ったのは」
「は、はい」
「以前より、美味くなってるぞ」
「あ、揚げ油を変えてみてラードを入れたり……あ、あとジャガイモの処理もちょっと変えまして……」
久々だな、料理の事を褒められるのは、と衛は思った。こんな状況じゃなければもっと素直に喜べるんだけど、とも思った。
「どうだい、満足かい」
「ああ、今度は買いに行く。いいだろう?」
「構わないが……あんたの隠し事を吐いて貰ってからかねぇ」
そう言ってミユキが数珠を慣らすと、葉月はビクッと震えた。
「な……なにを……」
「とぼけるんじゃないよ。じゃあなんだい? この辺りに漂ってる気配は……!」
ミユキと葉月が睨み合う。その横で辛抱も限界に達した男がいた。無論、衛である。
「ちょっと待った! 置いてけぼりにして勝手に話を進めないで下さい!」
「は?」
「え?」
「はー? じゃないですよ。そもそもこの女の人誰なんですかどっから出てきたんですか!」
衛はもうパニックを起こしていた。
「パパー、瑞葉もコロッケー」
「コロッケはもう明日にしなさい」
「ふえー」
とばっちりで叱られた瑞葉が泣き出す。普段静かな境内の一角がやかましい事になってきた。
「あっはははは」
「何が可笑しいのさ」
「これが穂乃香の婿どのか、道理で……」
「ちょっと、聞いているんですか!?」
衛は無視されて、血が上り葉月の肩をつかもうとした。ところがスルリ、と彼女は身を躱し衛は地面に倒れ込んだ。
「おっと失礼。それでは自己紹介しよう。私は葉月。荼枳尼天にお仕えする狐の一匹さ」
「……狐?」
「そうさほれ、そこに像があるだろう……さては婿殿、信じてないな」
衛は、図星を付かれて冷や汗をかいた。そんな様子の彼を見て、葉月はそっと頭に手を置いた。パッと払うと現れたのは尖った耳とふさふさの尻尾だった。
「これでどうだい」
「化け狐……本当にいたんだ……お、おい白い子猫を知らないか?」
「いいや」
「まさか食っちまったとか……」
「人聞きの悪い! ちゃんとここにおるわ!」
葉月は牙を剥き出しにすると、袂から白い毛玉を取りだした。
「やっぱりお前の所にいたか」
「あっ、しまった……」
葉月の手の中の毛玉は眠っていたようでもぞもぞと身じろぎをすると大きなあくびをひとつした。
『ふあーあ。かあさま、どうしたの』
「かあさまぁ?」
「いや……これは……」
子猫に母様と呼ばれた葉月は顔を赤くすると、ぼそぼそと言い訳をはじめた。
「三月ほど前、カラスにつつかれとったのをひろったのだ。怪我の具合を見ているうちに懐いての」
「その子の両親が探してるんですよ」
「いやしかし……」
『かあさま、どうしたのー』
「ほれ、この通りでな」
白い子猫は葉月にしがみついている。
「うーん、これはどうしたらいいんだろう」
「そんなのこのこに決めてもらえばいいんだよ」
困った顔の大人の中で、唯一瑞葉だけがさも当然というように答えた。ミユキが瑞葉に問いかける。
「決めるって、どっちの親についていくのかって事かい?」
「うん」
「それが一番早いし公平だね。それじゃあたしは猫夫婦を呼んでくるよ」
ミユキがその場を立ち去ると、葉月は白い子猫を抱き寄せて撫でた。
「白玉……」
「それはその子猫の名前か? ……あんた、その子を心から可愛がったか?」
気落ちした様子の葉月に衛は思わず声をかけた。
「当然だ。私は乳は出ないからペットショップでミルクを買って、タオルをかけて……」
「なら、どんと構えてなよ。子供ってのは親を見ているもんだぜ」
しばらくすると宵闇の向こうから猫夫婦とミユキさんがやってきた。
「この子猫で間違いないね」
『ああ……そうです……』
白い母猫が声を震わせて近寄る。葉月は、恐る恐る白玉を手放した。
『かわいい子……母さんだよ、分かるかい?』
『かあさん……?』
『そうだよ、ずっと探してたんだよ』
子猫の白玉は困惑した顔で白猫と葉月を見比べた。そしてこう答えた。
『……白玉の母様はそこにずっといたよ』
「白玉……」
葉月は一瞬喜びの表情を浮かべたが、すぐに母猫の顔を見て眉を寄せた。
「白玉はこう申しておるが、いかがか」
『……この子がそう言うなら、そうなのでしょう。いいんです、生きていてくれたのなら。野良の世界では生みの親と育ての親が違う事もままありますし』
『ここのお社にいつもいると分かれば、いつでも会いに来られる』
猫の夫婦はそう言って立ち去っていった。
「やーれやれ。狐のくせに猫を飼うとは」
「うるさい」
「これは御利益をばんばん出して、しっかり養わないといけないねぇ」
「だまれ、たつ屋のばばあ!」
――それからしばらくして、不動尊の端の稲荷神社が出世に良いパワースポットとして一部で有名になったのは言うまでもない。
『あーらたつ屋のばばあじゃないの』
白い煙の去った後には、赤い着物のポニーテールの長い髪の女性が一人立っている。さっきまでどこにも人影が無かったというのに。
「あんたにばばあ呼ばわりされる筋合いは無いよ」
『あーあ、可愛くないったら……で? この葉月様に何か用事かい?』
「ふん……近頃、腹を減らした狐が弱った生き物を食い散らかしてるって聞いてね。お供えもんでも足りないのかと」
ミユキは妙なオーラを放つ、その葉月という女に臆する事もなく、言い放った。
「は? お供えならキチンとされてるわよ。いい加減な噂ね」
「そうか、じゃこのコロッケは要らないね。瑞葉、これ全部食べていいよ」
「ほんとー?」
「ちょっとお義母さ……ミユキさん、瑞葉を肥満児にさせる気ですか!」
ほとんど空気になっていた衛はここで初めて声を上げた。
「冗談だよ、これはお供えだ」
ミユキは持って来た売れ残りのコロッケを葉月に手渡した。葉月は警戒する事もなくコロッケにかぶりつく。若そうに見えるのに威厳のあるその姿とコロッケには違和感がある。するとその顔がパッと輝いた。
「……おいしくなってる!!」
「あ……」
葉月はつかつかと衛の目の前にやって来た、そして食らいつくように問いかける。
「お前、お前だな。これを作ったのは」
「は、はい」
「以前より、美味くなってるぞ」
「あ、揚げ油を変えてみてラードを入れたり……あ、あとジャガイモの処理もちょっと変えまして……」
久々だな、料理の事を褒められるのは、と衛は思った。こんな状況じゃなければもっと素直に喜べるんだけど、とも思った。
「どうだい、満足かい」
「ああ、今度は買いに行く。いいだろう?」
「構わないが……あんたの隠し事を吐いて貰ってからかねぇ」
そう言ってミユキが数珠を慣らすと、葉月はビクッと震えた。
「な……なにを……」
「とぼけるんじゃないよ。じゃあなんだい? この辺りに漂ってる気配は……!」
ミユキと葉月が睨み合う。その横で辛抱も限界に達した男がいた。無論、衛である。
「ちょっと待った! 置いてけぼりにして勝手に話を進めないで下さい!」
「は?」
「え?」
「はー? じゃないですよ。そもそもこの女の人誰なんですかどっから出てきたんですか!」
衛はもうパニックを起こしていた。
「パパー、瑞葉もコロッケー」
「コロッケはもう明日にしなさい」
「ふえー」
とばっちりで叱られた瑞葉が泣き出す。普段静かな境内の一角がやかましい事になってきた。
「あっはははは」
「何が可笑しいのさ」
「これが穂乃香の婿どのか、道理で……」
「ちょっと、聞いているんですか!?」
衛は無視されて、血が上り葉月の肩をつかもうとした。ところがスルリ、と彼女は身を躱し衛は地面に倒れ込んだ。
「おっと失礼。それでは自己紹介しよう。私は葉月。荼枳尼天にお仕えする狐の一匹さ」
「……狐?」
「そうさほれ、そこに像があるだろう……さては婿殿、信じてないな」
衛は、図星を付かれて冷や汗をかいた。そんな様子の彼を見て、葉月はそっと頭に手を置いた。パッと払うと現れたのは尖った耳とふさふさの尻尾だった。
「これでどうだい」
「化け狐……本当にいたんだ……お、おい白い子猫を知らないか?」
「いいや」
「まさか食っちまったとか……」
「人聞きの悪い! ちゃんとここにおるわ!」
葉月は牙を剥き出しにすると、袂から白い毛玉を取りだした。
「やっぱりお前の所にいたか」
「あっ、しまった……」
葉月の手の中の毛玉は眠っていたようでもぞもぞと身じろぎをすると大きなあくびをひとつした。
『ふあーあ。かあさま、どうしたの』
「かあさまぁ?」
「いや……これは……」
子猫に母様と呼ばれた葉月は顔を赤くすると、ぼそぼそと言い訳をはじめた。
「三月ほど前、カラスにつつかれとったのをひろったのだ。怪我の具合を見ているうちに懐いての」
「その子の両親が探してるんですよ」
「いやしかし……」
『かあさま、どうしたのー』
「ほれ、この通りでな」
白い子猫は葉月にしがみついている。
「うーん、これはどうしたらいいんだろう」
「そんなのこのこに決めてもらえばいいんだよ」
困った顔の大人の中で、唯一瑞葉だけがさも当然というように答えた。ミユキが瑞葉に問いかける。
「決めるって、どっちの親についていくのかって事かい?」
「うん」
「それが一番早いし公平だね。それじゃあたしは猫夫婦を呼んでくるよ」
ミユキがその場を立ち去ると、葉月は白い子猫を抱き寄せて撫でた。
「白玉……」
「それはその子猫の名前か? ……あんた、その子を心から可愛がったか?」
気落ちした様子の葉月に衛は思わず声をかけた。
「当然だ。私は乳は出ないからペットショップでミルクを買って、タオルをかけて……」
「なら、どんと構えてなよ。子供ってのは親を見ているもんだぜ」
しばらくすると宵闇の向こうから猫夫婦とミユキさんがやってきた。
「この子猫で間違いないね」
『ああ……そうです……』
白い母猫が声を震わせて近寄る。葉月は、恐る恐る白玉を手放した。
『かわいい子……母さんだよ、分かるかい?』
『かあさん……?』
『そうだよ、ずっと探してたんだよ』
子猫の白玉は困惑した顔で白猫と葉月を見比べた。そしてこう答えた。
『……白玉の母様はそこにずっといたよ』
「白玉……」
葉月は一瞬喜びの表情を浮かべたが、すぐに母猫の顔を見て眉を寄せた。
「白玉はこう申しておるが、いかがか」
『……この子がそう言うなら、そうなのでしょう。いいんです、生きていてくれたのなら。野良の世界では生みの親と育ての親が違う事もままありますし』
『ここのお社にいつもいると分かれば、いつでも会いに来られる』
猫の夫婦はそう言って立ち去っていった。
「やーれやれ。狐のくせに猫を飼うとは」
「うるさい」
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