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9話 秘薬の触媒(前編)
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今日は朝食前の早朝に来るように、とモニカ奥様からお達しがあり早出出勤なのである。まだ暗い村の小道を通って、教会へと向かう。
「おはようございます、奥様」
「おはよう、アンナマリー。朝早くからごめんなさいね」
「いえ、奥様のお手伝いが私の仕事ですから」
起き抜けっぽい奥様だが、お綺麗なのに変わりはない。眠そうにあくびをしながら、私に籠を渡してきた。
「……なんです? これ」
「ここに獲物を捕まえたら入れておいて欲しいの」
「獲物? なにを捕まえるんです?」
「スライムよ」
「えっ!?」
スライム? スライムってあのブニブニした透明なやつ? この世界の魔物がいるのは知っているけど、人里には滅多に現れない。例外はこのスライム。本当に何処にでもいる。まぁ、大して害はないので増え過ぎない限りは放って置くんだけど。
「わざわざスライムを捕まえるんですか?」
「ええ、あることに必要なのよ」
「あること?」
「それは後で教えるわ。さ、日の昇りきらないうちに取りにいかないといけないの。急ぐわよ」
そう言って、モニカ奥様は家の裏手の草むらへと向かった。
「ここ、ここにいるわ」
お腹が大きくてかがめない奥様に変わって草むらにかがみ込むと朝露に紛れて小ぶりなスライムが何匹かいた。かたつむりみたい。そいつをつまんで籠に放り込んでいく。
「うえー」
トングでも持ってくるんだった。素手で掴んだスライムはちょっとヌルヌルしていて気持ちのいいものではない。
「ほらそっちにもいるわよ」
「はいっ奥様!」
そんな私をおかまいなしにモニカ奥様はあっち、こっちと指を差す。その辺りにいたスライムを次々に籠にぽいぽい投げ込む。
「ところでなんでこんな朝方に、スライム狩りなんですか?」
「できれば朝露を吸ったスライムがいいのよ」
「そういうもんなのですか」
「後で説明するわ。……うん、その位あれば十分ね。そろそろ戻りましょう」
モニカ奥様は私の持った籠の中身をのぞき込むと頷いた。スライムの詰まった籠を手に家へと入る。私は奥様に籠を持って厨房に行くように言われた。
「さーて、はじめるわよ」
「一体何をはじめるんです?」
「今日は軟膏と湿布の作り方を覚えて貰います」
「……スライムで?」
私はまだウニウニしているスライムに視線をやった。これで軟膏と湿布を作るの? 不安げに奥様を見上げたが、奥様は鼻歌まじりに腕まくりをしはじめている。……だめだこりゃ。
「私の考えた、特別良く効く処方なのよ。しっかり覚えてね」
「はい……」
「肌に直接触れる物だから朝方のきれいなスライムが必要なの。これはね、私の仮説なんだけど魔物の素材を触媒に使う事で、魔力を帯びて効能が上がると考えているの」
ペラペラとやや早口に持論を述べる奥様。その瞳はキラキラと輝いている。私はため息交じりにお付き合いをすることにした。
「今の所なんの薬草でも効果が上がっているのだけど、今日は試しになのでハンドクリームとフェイスパックを作りましょう……アンナマリーにはまだ必要じゃないかもだけどね」
「いえっ、興味あります!」
子供の肉体といえど、お肌の悩みはあるし。女子的に効果抜群の化粧品と聞いたらテンションが上がるのは当然だ。
「それじゃこれ……ローズマリーにクローブ……それからこれと……これらは抗炎症作用がある物よ。この乳鉢ですり潰してちょうだい」
「はい。これですね」
奥様は戸棚からハーブやスパイスを取りだして、テーブルの上に並べる。小さな天秤を出すと小さじで計量しはじめた。その分量をメモしつつ、乳鉢の中に入れられた材料をすり潰していく。
「結構匂いは強いですね」
「クローブとローズマリーの匂いね。スライムと混ぜると軽くなるわよ」
「そうなんですか」
って事はこのあとスライムとグチャグチャ混ぜる作業があるってことだ……ちょっといやだなぁ。
「粉になりました」
「そう、それじゃお湯を沸かして煎じてちょうだい」
私がお湯を沸かしている間に、モニカ奥様はガーゼに材料の薬草を包んでいく。沸騰したお湯にそれを放り込んでクツクツ煮ていくと、茶色い液体がしみ出してきた。
「さ、今のうちにスライムを漉すわよ」
「こ、漉す?」
「ええ、薬草と混ざりやすいようにね」
どーん、と出てきたのは先程のスライム。そして奥様が戸棚から取りだしたのは布団針のような大きく太い針だった。
「これをこう引っかけて……ほーら」
「うあああああ!」
モニカ奥様がスライムに針の先を引っかけると皮? が破れてプルリ、と中身? が飛び出した。奥様はボウルにぽいっとそれを放り込んだ。そしてニッコリを私を見て微笑む。
「さ、残りはアンナマリーがやってちょうだい」
「分かりました……」
針を刺すとプツン、とした感触が伝わってくる。くいっとひっぱると皮が破れて中身が出てくる。
「うう……手についた……」
「何言ってるのこれは肌に塗るのよ」
「そうでした……はぁ……」
しばらくそれを続けると、ボールいっぱいのスライムの中身が集まった。皮を無くしてもまだ丸い形を保っている。
「ここで使うのはこのザル! それから木べら」
「これで漉すんですね」
「そうよ、さ、やってちょうだい」
細かい編み目のザルにスライムを載せて木べらでぎゅーっとして潰していく。そうするとスライムはゲル状になった。うん、こうなったらようやくタダのジェルって感じがするわ。残念ながらそうなるまでの行程を知っているんだけど……。
「そして冷ましたこの薬草の浸出液を混ぜるだけ……パックの方は水を加えて柔らかめにするの。ハンドクリームにはオリーブオイルを加えて保湿もね」
「こうですか……」
「そうそう。さーっ、これでできあがり!」
やっとできた! できたところで気になるのは効果だ。パックはさすが十二歳。気が早いからハンドクリームの方でも試してみようか……。
「あ……」
「どうしたのアンナマリー?」
「私、自分のあかぎれとか自分で直しちゃってました」
近所の人は熱が出たとかそういった困ったときにだけ来るけど……、自分に対しては自重してない。ちょっとした切り傷に吹き出物もちょいちょいって直してしまっていた。
「これを誰で試しましょう」
奥様も日頃のケアがよろしいのか、ピカピカの美肌だ。うーんどうしよう……。
「あはようございます、おやアンナ早いね」
その時、ケリーさんが出勤してきた。しめしめ……実験台の登場だ。
「アンナマリー? 奥様? どうしたんです?」
「あはようございます!」
「いいところに来てくれたわ、ケリー」
私とモニカ奥様は満面の笑みでケリーさんを出迎えた。
「おはようございます、奥様」
「おはよう、アンナマリー。朝早くからごめんなさいね」
「いえ、奥様のお手伝いが私の仕事ですから」
起き抜けっぽい奥様だが、お綺麗なのに変わりはない。眠そうにあくびをしながら、私に籠を渡してきた。
「……なんです? これ」
「ここに獲物を捕まえたら入れておいて欲しいの」
「獲物? なにを捕まえるんです?」
「スライムよ」
「えっ!?」
スライム? スライムってあのブニブニした透明なやつ? この世界の魔物がいるのは知っているけど、人里には滅多に現れない。例外はこのスライム。本当に何処にでもいる。まぁ、大して害はないので増え過ぎない限りは放って置くんだけど。
「わざわざスライムを捕まえるんですか?」
「ええ、あることに必要なのよ」
「あること?」
「それは後で教えるわ。さ、日の昇りきらないうちに取りにいかないといけないの。急ぐわよ」
そう言って、モニカ奥様は家の裏手の草むらへと向かった。
「ここ、ここにいるわ」
お腹が大きくてかがめない奥様に変わって草むらにかがみ込むと朝露に紛れて小ぶりなスライムが何匹かいた。かたつむりみたい。そいつをつまんで籠に放り込んでいく。
「うえー」
トングでも持ってくるんだった。素手で掴んだスライムはちょっとヌルヌルしていて気持ちのいいものではない。
「ほらそっちにもいるわよ」
「はいっ奥様!」
そんな私をおかまいなしにモニカ奥様はあっち、こっちと指を差す。その辺りにいたスライムを次々に籠にぽいぽい投げ込む。
「ところでなんでこんな朝方に、スライム狩りなんですか?」
「できれば朝露を吸ったスライムがいいのよ」
「そういうもんなのですか」
「後で説明するわ。……うん、その位あれば十分ね。そろそろ戻りましょう」
モニカ奥様は私の持った籠の中身をのぞき込むと頷いた。スライムの詰まった籠を手に家へと入る。私は奥様に籠を持って厨房に行くように言われた。
「さーて、はじめるわよ」
「一体何をはじめるんです?」
「今日は軟膏と湿布の作り方を覚えて貰います」
「……スライムで?」
私はまだウニウニしているスライムに視線をやった。これで軟膏と湿布を作るの? 不安げに奥様を見上げたが、奥様は鼻歌まじりに腕まくりをしはじめている。……だめだこりゃ。
「私の考えた、特別良く効く処方なのよ。しっかり覚えてね」
「はい……」
「肌に直接触れる物だから朝方のきれいなスライムが必要なの。これはね、私の仮説なんだけど魔物の素材を触媒に使う事で、魔力を帯びて効能が上がると考えているの」
ペラペラとやや早口に持論を述べる奥様。その瞳はキラキラと輝いている。私はため息交じりにお付き合いをすることにした。
「今の所なんの薬草でも効果が上がっているのだけど、今日は試しになのでハンドクリームとフェイスパックを作りましょう……アンナマリーにはまだ必要じゃないかもだけどね」
「いえっ、興味あります!」
子供の肉体といえど、お肌の悩みはあるし。女子的に効果抜群の化粧品と聞いたらテンションが上がるのは当然だ。
「それじゃこれ……ローズマリーにクローブ……それからこれと……これらは抗炎症作用がある物よ。この乳鉢ですり潰してちょうだい」
「はい。これですね」
奥様は戸棚からハーブやスパイスを取りだして、テーブルの上に並べる。小さな天秤を出すと小さじで計量しはじめた。その分量をメモしつつ、乳鉢の中に入れられた材料をすり潰していく。
「結構匂いは強いですね」
「クローブとローズマリーの匂いね。スライムと混ぜると軽くなるわよ」
「そうなんですか」
って事はこのあとスライムとグチャグチャ混ぜる作業があるってことだ……ちょっといやだなぁ。
「粉になりました」
「そう、それじゃお湯を沸かして煎じてちょうだい」
私がお湯を沸かしている間に、モニカ奥様はガーゼに材料の薬草を包んでいく。沸騰したお湯にそれを放り込んでクツクツ煮ていくと、茶色い液体がしみ出してきた。
「さ、今のうちにスライムを漉すわよ」
「こ、漉す?」
「ええ、薬草と混ざりやすいようにね」
どーん、と出てきたのは先程のスライム。そして奥様が戸棚から取りだしたのは布団針のような大きく太い針だった。
「これをこう引っかけて……ほーら」
「うあああああ!」
モニカ奥様がスライムに針の先を引っかけると皮? が破れてプルリ、と中身? が飛び出した。奥様はボウルにぽいっとそれを放り込んだ。そしてニッコリを私を見て微笑む。
「さ、残りはアンナマリーがやってちょうだい」
「分かりました……」
針を刺すとプツン、とした感触が伝わってくる。くいっとひっぱると皮が破れて中身が出てくる。
「うう……手についた……」
「何言ってるのこれは肌に塗るのよ」
「そうでした……はぁ……」
しばらくそれを続けると、ボールいっぱいのスライムの中身が集まった。皮を無くしてもまだ丸い形を保っている。
「ここで使うのはこのザル! それから木べら」
「これで漉すんですね」
「そうよ、さ、やってちょうだい」
細かい編み目のザルにスライムを載せて木べらでぎゅーっとして潰していく。そうするとスライムはゲル状になった。うん、こうなったらようやくタダのジェルって感じがするわ。残念ながらそうなるまでの行程を知っているんだけど……。
「そして冷ましたこの薬草の浸出液を混ぜるだけ……パックの方は水を加えて柔らかめにするの。ハンドクリームにはオリーブオイルを加えて保湿もね」
「こうですか……」
「そうそう。さーっ、これでできあがり!」
やっとできた! できたところで気になるのは効果だ。パックはさすが十二歳。気が早いからハンドクリームの方でも試してみようか……。
「あ……」
「どうしたのアンナマリー?」
「私、自分のあかぎれとか自分で直しちゃってました」
近所の人は熱が出たとかそういった困ったときにだけ来るけど……、自分に対しては自重してない。ちょっとした切り傷に吹き出物もちょいちょいって直してしまっていた。
「これを誰で試しましょう」
奥様も日頃のケアがよろしいのか、ピカピカの美肌だ。うーんどうしよう……。
「あはようございます、おやアンナ早いね」
その時、ケリーさんが出勤してきた。しめしめ……実験台の登場だ。
「アンナマリー? 奥様? どうしたんです?」
「あはようございます!」
「いいところに来てくれたわ、ケリー」
私とモニカ奥様は満面の笑みでケリーさんを出迎えた。
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