絶対働かないマン

奥田恭平

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時代は仮想通貨だな

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「時代は仮想通貨だな」

 時は2017年、12月7日、時間はすでに深夜の11時。
占いでようやく500円を手にした翌日、俺は自宅リビングのソファーで高らかにそう宣言した。
 その宣言を聞いているのは、俺の隣に座る妹の夏葉だけだ。

「仮想通貨って、あれでしょビットコインってやつでしょ?」
 
 夏葉の口からビットコインという言葉が出るとは……。
 時は2017年、12月。
 まさにビットコインバブルの真っ最中、ビットコインが200万円を超えたことが様々なニュースで報じられている。
 もはやアホの子である夏葉ですらビットコインを知っているのだ。
 これがバブルでなくてなんであろうか……。

「お兄ちゃん、ビットコイン買うの?」
「いや、そんなことはしない」

 さすがにこのタイミングでビットコインを買うのは危険すぎる。
 夏葉ですら知っているビットコイン。
 アメリカがバブルに沸いた1920年代。誰もが株を買い、ついには靴磨きの少年が相場について尋ねる状況になったという。
 普段投資をやらない人間、まったく無知な人間まで投資に手を出そうとする状況。
 そして、ついにはバブルがはじけた。
 靴磨きの少年が相場を訪ねる状況と、夏葉がビットコインを知っている状況。
 それはほぼ同じだと俺は考える。

「ビットコインなど買わぬ!」

 俺はビシッとそう断言する。

「えっ!? 時代は仮想通貨なんだよね!?」

 意味がわからず目を白黒させている夏葉。
 無理もない。夏葉は靴磨き少年と同様に、愛すべき情弱なのである。

「ビットコインはごく短い期間で価格が何百倍にもなったよな。いまやビットコインは一枚で200万する」
「ニュースでやってたね」
「一枚200万のコインがここから百倍になったりするとは思えん、一枚二億だぞ、そんなもんあってたまるか!」
「……そうなの?」
「いいか、いまのビットコインの総額が27兆円だぞ。百倍は2700兆だ。全世界の株式すべての合計で時価総額が5000兆くらいだ。ありえるわけないだろ!」
「……わかんないけど、信じれば叶うんじゃ?」
「そういう問題ではない!」
「じゃあ、なにするの、ビットコインを買わないんじゃ、仮想通貨始められないんじゃ」

 ……夏葉は俺の言わんとしていることがわからない様子。
 それでいい。
 我が愛すべき靴磨き少女よ、いまお前がやりたいことを察してしまっては俺の行動は遅いことになってしまう。

「いいか、我が妹よ。仮想通貨というのはビットコインだけではない。いまでは何千という仮想通貨があるのだ」
「えーっ!? 私の知らない間に、そんなに増えてたなんて」

 驚きの声を上げる夏葉。
 ちょっと目を離した隙に……的な言い草だが、そもそも、仮想通貨界の出来事は全部が全部、夏葉の知らない間に起こっているのだ。

「とにかく、そういうことだ。俺はアルトコインを購入する!」
「アルトコイン? 美味しそうな名前のコインだね」

 夏葉がなにと間違えて美味しいそうと思ているのか、まったく見当がつかないが、アルトコインとはビットコイン以外の仮想通貨の総称。
 アルトコインそのものを買うことはできない。
 アルトコインの中から銘柄を選んで購入するのだ。

「いま、夏葉のようにビットコインの暴騰のニュースを聞いた人々は、自分もひと儲けしたいと考えるよな」
「うん、そうだね」
「でもビットコインはすでに1ビットコインが200万、なかなか手が出づらいし、もう上がり切っていま買ったら下がるかも、そう思うよな」
「思うかも……」
「自分も儲けたい、でもビットコインはすでに値段が上がってしまった。でも儲けたい。そんな気持ちになるよな」
「たぶん……」
「そんなとき人はアルトコインに手を出すのだ」

 そんなことを夏葉に説明しつつ、俺は早速ノートPCを立ち上げ、仮想通貨取引所であるコインチェックにログインする。
 実は俺はかなり前からコインチェックの口座だけは持っていたのだ。
 登録をしたのは二か月前だろうか。
 ただ購入する勇気がなく、口座を作ったまま放置してしまっていた。そしてここ最近のビットコイン高騰のニュースを歯噛みしながら見ていたのだ。
 これ以上、チャンスを見逃すことは俺にはできない。
 いまこそ、仮想通貨に手を出す時なのである。
 俺は自分の銀行口座からクイックに入金でコインチェックに20万円送金する。
 そんな熱い気持ちで口座に入金作業を行う俺にぴったりと肩を寄せる夏葉。
俺の作業を見つめる顔はなんとも不安げ。
 無理もない俺たちにとって二十万は大金なのだ。

「ねえ、お兄ちゃん、本当に大丈夫なの? お金、そんなに持ってないんだよ。こんなことして大丈夫かな? なくなっちゃったりしない?」
「なくなっちゃったりもする」
「えーっ、じゃあやめておいた方が……」
「それは違うぞ、夏葉。リスクを恐れる無職がいるか!」
「でも、無職だからこそ」
「いや、無職こそがリスク。俺たちはリスクの権化だ。もはやリスクが具現化した生命体だ。ハイリスクノーリターン、それが無職だ」

 俺は拳を握り締め、演説口調で言葉を続ける。

「いいか、日々をすごすだけで金は減っていくばかり。逆にここで勝負に出た方が可能性はある。恐れることこそリスク、動かないことこそリスクだ。俺はコインチェックの口座を持っている、いまから慌てて口座を作っている奴らよりもほんの少しだけ早く動ける。このほんの少しのリードに俺は賭ける」

 俺の言葉を聞いて、夏葉の不安げな顔が和らぐ。

「わかったよ、お兄ちゃん。そうだよね。動かない方が危ないよね。私はいつだってお兄ちゃんを信じるよ。万が一、このお金がゼロになっても絶対にお兄ちゃんを責めたりしないよ」
「ありがとう夏葉」

 ……よく考えたらこの金は俺の貯金なのだが。
 まあ、妹から信頼されることは良いことである。
 了解を取り付けたところで、いよいよ、仮想通貨の購入である。
 コインチェックには現在13種類の仮想通貨の取り扱いがある。そのいずれを選ぶか、それが俺たち兄妹の命運を握っているのだ。

「BTC、ETH、ETC、LISK……、なんだかどれもアルファベットだねえ。お兄ちゃん、どれを買うの?」

 俺の肩越しにモニターを覗き込む夏葉。
 さっきまで怖がっていたのに、いまでは興味津々である。
 この切り替えの早さは見習いたい。
 それはさておき、肝心の銘柄選びなのだが……。

「実はな。それは前々から買おうと思っていた銘柄があるのだ」
「えっ? どれ? どのアルファベット?」
「それは、これだXEM、ネムコインだ!」
 
 そもそも二か月前、俺がコインチェックの登録をした理由、それはそもそもネムコインを買ってみたかったからなのだ。
 理由はネムコインのコミュニティのノリだ。
 なんだか、同人活動っぽいノリなのだ。
 なにせ元ラノベ作家、それ系のノリに対してはどうしても好感度が高めだ。
 そしてネムコインのビジョンも魅力的だ
NEMコインとは、「New Economy Movement」(新しい経済運動)の略称であり、金銭的自由・分散化・平等・富の再配分、連帯をビジョンにリリースされた暗号通貨なのだ。
 金銭的自由! 富の再配分!
 なんてすばらしいビジョンなのだ!
 無職にぴったりのビジョンではないか!
 ナイスビジョン! 
 俺には夏葉にもネムコインのビジョンを語って聞かせる。
 
「それはいいコインだねえ。コインを持つだけで、そんなことになるなんて、夢のような話だよ」
「そう。絶対働かないマン用のコインだとすら断言できる。なんだったら俺が作ったコインだと言っても過言ではない」
「過言だねえ」
 
 そんなことを話している間に入金作業は完了。
 すでにコインチェックには日本円で20万円の資金が入っていることが表示されている。
 あとはこいつでコインを購入するのみだ。
 俺は20万円の買い物などしたことがない。……さすがにドキドキする。

「よし、じゃあ、買うぞ!」
「うん。いっちゃえっ!」

 ノートPCのモニター内ではポインタが購入ボタンの上にある。あとはワンクリックするだけで……。
 ついに俺は仮想通貨を購入した!




「よし、俺は買ったぞ。ついに買った! ネムコインとライトコインを!」
「……ライトコイン!? なんだそいつ?」

 夏葉が目を丸くしている。
 ライトコインとはビットコインが未来の金だとすれば銀になることを目指して開発された仮想通貨だ。ビットコインが紙幣だとしたらライトコインは硬貨、使い勝手の良さと、ビットコインではやりにくいことを補完するコインなのだが……。
 もちろん夏葉はライトコインの説明を求めているのではない。なぜいきなりライトコインを購入したか、その点を疑問に思っているのであろう。

「……リスクヘッジだ」

 俺のネムコインへの信頼とビジョンへの共感は揺らぐことはない。
 しかし、やっぱり全額一点賭けは怖かったのだ。
 そこで念のためにネムコインに10万、ライトコインに10万にしてみたのである。

「絶対働かないマンって……、意外と堅実なんだね」
「それは違うぞ。絶対働かないマンは堅実ということばが大嫌いだ」
「じゃあ、ネムコインだけで……」
「違う。夏葉は20万の重みを知らないんだ! いいか20万は人間の精神を捻じ曲げる。20万の前に正気でいられる人間はいない。それほどの重みを持っているんだ」

 俺は夏葉に20万の恐ろしさをコンコンと語って聞かせる。
 絶対働かないマンは絶対に働かない。であるが故に20万に振り回されるのであった。








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