絶対働かないマン

奥田恭平

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お兄ちゃんの味野郎!

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 俺が63円でネムコインを追加購入して5日後。
 12月21日。
 この五日間もまた仮想通貨の値段は激しく上下した。
 所有量が増えたせいで、価格の上下動与える精神的な負担も増えている。
 価格の動きに合わせて、俺のテンションも上がったり下がったりの日々。
 そしてその結果……。
 ネムコインの価格は100円を超えていた。
 11000ネムコインを所有している俺は110万円を手にしている計算になる。
 もちろん現時点での話だが……。

「お兄ちゃん、あの時は叩いて、ごめんねっ!」

 夏葉がリビングのソファーでノートPCを眺める俺にすり寄ってくる。
 夏葉はネムコインを買い増ししようとしたとき、俺をリモコンで殴打しようとした。
 力士であれば廃業の危険がある行為だ。
 しかし俺はそれでも買い増しを強行した。
 その結果、40万円が110万円に……。

「ねえ、お兄ちゃん、私、温泉に行きたいなっ」

 夏葉、俺の肩に頭を乗せると、甘えた声を出す。
 この数日、急激に増えたこの金で温泉に行こうとの提案である。
 投資した40万との差額で考えると70万、こんな大金が急に転がり込んで来たのだ。
 温泉のひとつも行きたくなる気持ちは理解できる。
 ゴロゴロとまるで猫のように俺にまとわりつく夏葉。
 
「ねえ、ねえ、お兄ちゃん、おんせーん」

 夏葉の声はさらに甘えん坊モードに。
 たしかに90万増えたなら数万円の温泉旅行なら十分に可能。
 可能ではあるのだが……。

「いや、そんなムダ金はない」

 俺はきっぱりと断った。

「えーっ、どうして!? あるでしょ」
「この金を使ってしまったら、もう増やせないだろうが! この金はな、未来にもっと増える金だ。ここで使ってどうする?」

 俺は心からそう思っていた。
 いままでの俺ならば、夏葉の提案に大賛成し、兄妹水入らずの温泉ライフを堪能したことだろう。
 しかし、俺は仮想通貨への投資を通じて大きな心境の変化があったのだ。
 この金は俺の代わりに金を掴んで帰って来てくれる。
 まるでアユを使ってアユを釣るアユの友釣りのように。
 元手となるアユを食べてしまうのは愚か者の行動なのである!
 金を働かせて、お金を得る。
 それこそが絶対働かないマンの取るべきスタイルなのだ。
 夏葉にもそのことをわかってもらわねばなるまい……。 

「いいか、夏葉、金の使い方とは、このようにやるんだ」

 俺はそう宣言すると、さらに20万をクイック入金し、その金で仮想通貨イーサリアムを購入する。
 イーサリアムとはビットコインに次いで時価総額でナンバー2の仮想通貨、多くの仮想通貨はイーサリアムの技術を使用して開発されていて、第二の仮想通貨界の基軸通貨として………………、グハッ!
 俺の思考が強い衝撃によって寸断される。
 側頭部を固い物で強打されたかのような……………………。
 夏葉がテレビのリモコンを握り締めている!
 ついにリモコンが俺の頭に振り下ろされたのだ。
 さっきまであんなに俺に甘えていたのに、いまでは鬼の形相で金棒ではなく、リモコンを……。
 
「おい、なにをする!」
「お兄ちゃんこそ! なにしてるの!」
「なにって、さらに投資をして、金を増やそうと……」
「お兄ちゃん、完全に冷静さを失ってるよ! やっぱり味をしめてる! 味をしめまくりだよ! お兄ちゃんの味野郎!」

 味野郎!?
 俺は味野郎なのか? 
 たぶん悪口なのだろうが、全然悔しくはない。
 しかし、夏葉にとって俺が味野郎になってしまったことは相当に腹立たしいことらしい。
 
「バカバカ、もう60万円だよ! なに考えてるの! 本当に破産しちゃうよ!」
「落ち着け、いいか、イーサリアムはビットコインに対抗できる存在なんだ。スマートコントラクトといってな……」
「そんなの、知らないよ! 60万円をなんだと思ってるの! 大変なことになっても知らないからねっ! ちょっと設けたからってお兄ちゃんは天狗になってるよ、仮想天狗だよ!」

 夏葉はぶんぶんとテレビのリモコンを振り回しながら、いまにも泣き出さんばかり。
 怒り狂う夏葉をなだめるために、仮想天狗こと俺はいずれは温泉に連れていくことを約束せざるを得ないのであった。






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