少し未来の管理人

mogami

文字の大きさ
6 / 13

第六話

しおりを挟む
早朝、山猫さんが私の部屋を訪れた。

そこで、家賃を今日中に支払えなかった場合、このアパートが取り潰されるという話を聞かされた。

部屋に戻って、私はどうしようかとあたふたした。



「どうすっべ、どうすっべ……」



 最近、アコースティックギター (ギブソン、25万)の支払いを済ませたばかりで、お金はほとんど残っていない。

困った時のめぐっちにも、三万五千円という大金を借りるのは気が引ける。

……ここはもう、デビューしかない!

私は、山猫さんから借りた、宇多多ヒカルの未発表曲をひたすら聞いて、耳コピしていた。

私だって、3年間、音楽に没頭してきた。

曲を書く才能は乏しくても、楽器を演奏することに関しては、多少なり自信がある。



「曲があれば、私だって……」



 私は、ギターを背負って、家を飛び出した。













 向かったのは、渋谷と表参道を結ぶ青山通りの脇にある、路上演奏オッケーの通りだ。

ミュージシャン志望の仲間内じゃ、「カントリーロード」とか、「ワンチャン街道」なんて呼ばれている。

なんでそんな名前で呼ばれているのかというと、この通りの付近には、大手レコードレーベルの本社が建っているからだ。

才能があっても、チャンスに恵まれないシンガーが、最後にやって来るのがここだ。

到着したのが10時。

演奏するのに申請が必要ない通りのため、場所取りは早い者勝ち。

既に、何組かのバンドや、単独の歌い手がちらほらいたが、幸い、スペースを確保できた。



「よっし、やるべ!」



 勝負は昼間。

休憩で渋谷方面に向かうレーベルの社員のハートを射止めるんだ。















 演奏を終えて、チラと腕時計を見る。

13時45分。

通りにズラと並んだミュージシャンの卵たちは、片付けを始めている。

右手で握っていたピックが、地面に落ちた。



「……ダメ、だった」



 誰一人、私の前に立ち止まる人はいなかった。

曲には自信があったのに……

そりゃあ、あの宇多多ヒカルの曲なわけだし。

でも、曲だけじゃダメなんだ。

ルックス、声、演奏力、売れるために必要な要素。

私には、何一つ揃っていない。

レーベルの社員は見る目がある。

耳に入ってくる曲がかっこよくても、一瞥されて終わってしまった。

私は決心した。

ギターを売ろう。

そのお金を、賃貸に当てるしかない。

ギターを持って、踵を返した時、後ろから声がした。



「ピック、落ちましたよ」



「……それ、あげます」



「ダメですよ!」



 勢いよく肩を掴まれ、私はイラっとした。



「痛ってーな、何すんだ!」



「ご、ごめんなさい……」



 そこにいたのは、隣で演奏していた、ギタリストの女性だった。



「投げやりになったら、ダメですよ。 あんなにかっこいい曲が書けるんだから……」



 ……あれは、私の曲じゃない。

それに、隣で聞いていたが、多分、私よりこの人の方が、ずっと才能がある。

曲は凡庸だけど、ルックスもいいし、声も演奏もそれなりだ。

もし、曲が揃えば、一気にデビューできる逸材なんじゃないかな。



「だったら、この曲さ、いりますか?」



「えっ」



「三万五千円です」



 一瞬固まった彼女だったが、口を開いた。



「……私は、今日が最後のつもりでここに来ました。 今日、スカウトされなかったら、諦めようと。 それでもやっぱり、デビューしたいんです。 どんな手を使ってでも。 あなたのその曲がいただけるのなら、三万五千円でも、払います」



 彼女は、財布から現金を取り出し、私の方に向けた。

宇多多ヒカルの曲が、三万五千円。

安すぎる。

それでも、猫に小判、私には宝の持ち腐れだった。

私は、そのお金を受け取り、通りを後にした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

黄泉津役所

浅井 ことは
キャラ文芸
高校入学を機にアルバイトを始めようと面接に行った井筒丈史。 だが行った先は普通の役所のようで普通ではない役所。 一度はアルバイトを断るものの、結局働くことに。 ただの役所でそうではなさそうなお役所バイト。 一体何をさせられるのか……

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...