154 / 181
第154話
しおりを挟む
「行ってくるね」
玄関で靴を履きながら、母に声をかけた。
学校に行っても、先輩とは会えないんだよね。
寂しいけど、それは仕方ないことだって分かってる。
廊下ですれ違うこともないし、お昼ご飯を食べることもない。
その全部が、今日だけはない。
靴のかかとを指で直しながら、わたしは小さく息を吐いた。
深呼吸じゃなくて、ため息でもなくて。
ただ、胸の奥に溜まった“寂しさ”を、少しだけ外に逃がすような呼吸。
「気をつけて。帰り遅くならないようにね」
母の声は、いつも通り優しかった。
「はーい」
返事をして、一歩外へ踏み出す。
外の空気は、思ったよりも冷たかった。
でもそれよりも、
目の前に立っていた人の姿に、わたしは一瞬、息を飲んだ。
「おはよう心桜ちゃん」
朝陽先輩が、家の前に立っていた。
制服姿で、少し眠そうな顔。
でも、わたしに向けた笑顔は、いつも通り柔らかかった。
でも、どうして朝陽先輩がここにいるの?
「え…?あ、おはようございます。朝陽先輩がどうしてここに、?」
言葉がうまく出てこなかった。
驚きと戸惑いが、頭の中でぐるぐる回っていた。
「柊に頼まれたんだよ」
その言葉に、胸の奥がふっと揺れた。
「先輩が、?」
声が少しだけ震えた。
驚きと、ほんの少しの嬉しさが混ざっていた。
私のこと、心配してくれたのかな。
いつあの男が現れるか分からないから。
その可能性を、柊先輩は考えていたのかもしれない。
私がひとりで登校することに、不安を感じていたのかもしれない。
先輩は、自分の体調が悪い中で私の安全を気にしていた。
自分の方がしんどいのに。
熱で苦しくて、きっと頭もぼんやりしていたはずなのに。
「熱出たから、学校まで一緒に…って聞いてない?」
私は、首を横に振った。
「熱が出たのは知ってましたけど、朝陽先輩が来ることは何も…」
さっき電話した時に、一言くらい教えてくれても良かったのに。
「あいつ…」
朝陽先輩が、少しだけ苦笑する。
その表情に、柊先輩への親しみと、私への気遣いが混ざっている気がした。
「迷惑かけてすみません」
言いながら、胸の奥が少しだけざわついた。
彼が朝陽先輩に頼んだこと。
それは、私のためだった。
でも、それが“迷惑”になっていないだろうか。
ありがとうよりも先に、ごめんなさいが出る自分が、少しだけ嫌いだった。
「謝らないでよ。心桜ちゃんと久しぶりに会えて嬉しいから。じゃ、行こっか」
朝陽先輩の声は、思ったよりもまっすぐで、思ったよりも優しかった。
朝陽先輩が一歩踏み出す。
その背中を見て、私は少しだけ息を吸い込んだ。
「はい」
私は、朝陽先輩の隣に並んで歩き出す。
先輩がいない朝。
でも、彼の気持ちが、わたしの隣にある。
それだけで、今日の空が、少しだけ柔らかく見えた。
玄関で靴を履きながら、母に声をかけた。
学校に行っても、先輩とは会えないんだよね。
寂しいけど、それは仕方ないことだって分かってる。
廊下ですれ違うこともないし、お昼ご飯を食べることもない。
その全部が、今日だけはない。
靴のかかとを指で直しながら、わたしは小さく息を吐いた。
深呼吸じゃなくて、ため息でもなくて。
ただ、胸の奥に溜まった“寂しさ”を、少しだけ外に逃がすような呼吸。
「気をつけて。帰り遅くならないようにね」
母の声は、いつも通り優しかった。
「はーい」
返事をして、一歩外へ踏み出す。
外の空気は、思ったよりも冷たかった。
でもそれよりも、
目の前に立っていた人の姿に、わたしは一瞬、息を飲んだ。
「おはよう心桜ちゃん」
朝陽先輩が、家の前に立っていた。
制服姿で、少し眠そうな顔。
でも、わたしに向けた笑顔は、いつも通り柔らかかった。
でも、どうして朝陽先輩がここにいるの?
「え…?あ、おはようございます。朝陽先輩がどうしてここに、?」
言葉がうまく出てこなかった。
驚きと戸惑いが、頭の中でぐるぐる回っていた。
「柊に頼まれたんだよ」
その言葉に、胸の奥がふっと揺れた。
「先輩が、?」
声が少しだけ震えた。
驚きと、ほんの少しの嬉しさが混ざっていた。
私のこと、心配してくれたのかな。
いつあの男が現れるか分からないから。
その可能性を、柊先輩は考えていたのかもしれない。
私がひとりで登校することに、不安を感じていたのかもしれない。
先輩は、自分の体調が悪い中で私の安全を気にしていた。
自分の方がしんどいのに。
熱で苦しくて、きっと頭もぼんやりしていたはずなのに。
「熱出たから、学校まで一緒に…って聞いてない?」
私は、首を横に振った。
「熱が出たのは知ってましたけど、朝陽先輩が来ることは何も…」
さっき電話した時に、一言くらい教えてくれても良かったのに。
「あいつ…」
朝陽先輩が、少しだけ苦笑する。
その表情に、柊先輩への親しみと、私への気遣いが混ざっている気がした。
「迷惑かけてすみません」
言いながら、胸の奥が少しだけざわついた。
彼が朝陽先輩に頼んだこと。
それは、私のためだった。
でも、それが“迷惑”になっていないだろうか。
ありがとうよりも先に、ごめんなさいが出る自分が、少しだけ嫌いだった。
「謝らないでよ。心桜ちゃんと久しぶりに会えて嬉しいから。じゃ、行こっか」
朝陽先輩の声は、思ったよりもまっすぐで、思ったよりも優しかった。
朝陽先輩が一歩踏み出す。
その背中を見て、私は少しだけ息を吸い込んだ。
「はい」
私は、朝陽先輩の隣に並んで歩き出す。
先輩がいない朝。
でも、彼の気持ちが、わたしの隣にある。
それだけで、今日の空が、少しだけ柔らかく見えた。
8
あなたにおすすめの小説
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる