私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第161話

「先輩が守るって言ってくれて、嬉しかったのに。疑ってるわけじゃないのに」

　言葉にした瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。

　自分の中にあった感情が、はっきりと形になってしまった気がして、少しだけ怖かった。

　柊先輩が守ると言ってくれたとき、本当に嬉しかった。

　私の不安を包み込んでくれるような気がして、少しだけ泣きそうになった。

　でも…

　そのあとに、不安がまた静かに戻ってきた。

　先輩の言葉を信じたい。信じている。

　それなのに心の奥では、
　“本当に大丈夫かな”って思ってしまう。

　その矛盾が、私を苦しめていた。

　疑ってるわけじゃない。
　信じたい。

　でも、揺れてしまう。 

　その自分が、どうしようもなく嫌だった。

「うん。それは疑ってるんじゃなくて、ただ不安なだけだよ」

　その言葉が、私の心にそっと触れてきた。

　私の“嫌いな自分”を、少しだけ許してくれるような気がした。

　遥希くんの声は、まっすぐで優しくて、私の気持ちを静かに受け止めてくれた。

「そう、なのかな」

　まるで心の奥にそっと触れるような、揺れと希望が混ざった一粒の声だった。

　それは、自分を責めることをやめたいという願いでもあり、

　誰かの言葉を信じてみたいという小さな勇気でもあった。

　私は、遥希くんの横顔をちらりと見た。

　彼は、私の言葉にすぐに返事をしなかった。

　その沈黙が私には優しくて、少しだけ心を落ち着かせてくれた。

「最悪の事態を考えるのは、悪いことじゃないよ」

　私の中にある“責める癖”を、そっとほどいてくれた気がした。

　それは、私がいつも頭の中で描いてしまうもの。

　誰かに嫌われるかもしれない。
　誰かが離れていくかもしれない。
　誰かが傷つくかもしれない。

　それを考えてしまう自分が、ずっと嫌だった。

　弱いと思っていた。
　臆病だと思っていた。


　でも、遥希くんはそれを否定しなかった。
　むしろ、それを悪いことじゃないと言ってくれた。

　その言葉が、私の中にあった小さな痛みを、
　静かにほどいてくれた。
　
　“信じる”って、完璧じゃなくていいのかもしれない。

　揺れても、迷っても、それでも誰かの言葉を信じたいと思えること。


　その気持ちを、私は今、ちゃんと持てている気がした。

　そのとき─────

　背後から、明るい声が響いた。

「心桜ー！おはよ！」

　咲月だった。

　彼女の声はいつも通り元気で、

　その響きが、私の胸のざわつきを一瞬でかき消してくれた。

「…おはよ、咲月」

　振り返ると、咲月はにこにこしながら近づいてきた。

　その笑顔に、私は少しだけ救われた気がした。

「なんか顔、疲れてない？寝不足？」

　彼女の言葉に、私は苦笑いを浮かべた。

　寝不足”いうより、考えすぎだったけど、

　それを説明するには、まだ気持ちが整理できていなかった。

「ちょっとね。いろいろあって」

　咲月には、話せそうにない。
　巻き込みたくない。

　咲月に何かあったら、耐えられない。

「そっか。ま、文化祭前だしね。みんなピリピリしてるし」

　咲月は、私の肩をぽんと叩いて、「無理しないでね」と言ってくれた。

　その言葉が遥希くんの言葉と重なって、私の中に静かに染み込んでいった。

　“私は、ちゃんと守られてる”
　“ちゃんと、見てくれてる人がいる”

　そう思えた瞬間、柊先輩の背中が少しだけ近く感じられた。