私の大好きな彼氏はみんなに優しい

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第163話

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 作業開始から、もう一時間が過ぎていた。

 ポスターの色塗りも、飾りの配置も、だいたい終わりかけていて、

 教室の空気はどこか“完成”に向かう静けさをまとっていた。

 だから、油断したんだと思う。

 集中が少しだけ途切れて、気持ちが緩んだ。

 その瞬間だった。

「いっ…」

 カッターの刃が、紙じゃなくて、私の指先をなぞった。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 でも、その一瞬が、時間を引き伸ばしたみたいに、
 私の中ではゆっくりと流れていった。

 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

 でも、じわじわと広がっていく熱と、指先に走る鈍い痛みが、現実を突きつけてくる。

 赤いものが、肌の上に滲み始める。

「え、心桜、大丈夫?」

 咲月の声が、すぐに飛んできた。

 その響きは、驚きと心配が混ざっていて、私の動揺をさらに揺らした。

 彼女が椅子から立ち上がる気配がして、私のそばに駆け寄ってくる。

「大丈夫大丈夫。ちょっと切っただけだから」

 そう言いながら、笑ってみせた。

 そう言えば、この痛みが軽くなる気がした。

 でも、指先からは確かに血が出ていて、白い紙の上にじんわりと広がっていく赤が、

 わたしの“平気なふり”を静かに崩していった。

「でも、血が出てる」

 咲月の声が、少しだけ低くなった。

 その真剣さが、私の“強がり”をそっとほどいていく。

 そのときだった。

「…見せて」

 その言葉と同時に、遥希くんの手がそっと伸びてきた。

 指先がふれる。

 まるで壊れものに触れるみたいに、私の指先をなぞる。

 傷のまわりを、確認するように。

 でも、決して痛みを与えないように。

「遥希くん…」

 名前を呼ぶだけで、胸の奥が少しだけざわついた。

 彼の顔が近くて、その目が真剣で、私は視線を逸らせなかった。

「またいつの間に」

 咲月の声が、少しだけ呆れたように響いた。

 でもその声が、この空気を少しだけ和らげてくれた。

「こ、こんなの大した傷じゃ…」

 そう言いながら、私は反射的に指を引いた。

 誰かに触れられることが、まだ少し怖かった。

 でも、彼はすぐに言った。

「…いいから。ちゃんと見せて」

 その声には、強さと優しさが混ざっていて、

 私は、ゆっくりと手を戻した。

「水で流しに行こっか」

 遥希くんの声は、静かで、でも強かった。
 その言葉に、私は一瞬だけ迷った。

「私、一人で行けるよ」

 そう言ったのは、遥希くんに迷惑をかけたくなかったから。

「いいからいいから。どうせすることなくて暇だったし」

 その言葉が、私の“遠慮”を、そっとほどいてくれた。

 それは、遥希くんなりの優しさだと思った。

「あ、絆創膏持ってるよ」

 咲月がポーチをごそごそと探して、絆創膏を取り出してくれた。

 その動きがとても頼もしくて、私は少しだけ笑ってしまった。

「ありがとう、」

 絆創膏を受け取るとき、咲月の指先が私の手にそっと触れた。

 その温度が痛みよりもあたたかくて、少しだけ涙が出そうになった。

「あとは私に任せて」

 咲月の言葉に、私はうなずいた。

「ごめんね、すぐ戻ってくるよ」

 そう言いながら、私は立ち上がった。
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