私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25

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第172話

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「今日、初めてのご飯なんだよね」

 その言葉を聞いた瞬間、私の胸がきゅっと締めつけられた。

 朝から何も食べてなかったんだ。
 ずっと一人で、しんどかったんだ。

 その事実が、言葉よりも重く響いた。

 先輩の体調だけじゃなくて、その孤独にも気づいてあげられなかった自分が悔しかった。

「朝は?」

 掠れた声で話すその姿が、なんだか儚くて守りたくなるような気持ちが湧いてきた。

 知ったところで何もできないかもしれないけど、それでもちゃんと寄り添いたかった。

「食欲なくてね、」

 その言葉に、私はそっと唇を噛んだ。

 私がいる今だけでも、ちゃんと栄養とってほしい。
 そんな気持ちが、自然と言葉になった。

「いっぱい食べて体力つけて」

 そう言いながら、私はそっとスプーンをすくった。
 
 その動作ひとつひとつに、私の“好き”が滲んでいた。

「うん」

 そう言いながら、先輩が素直に口を開た。

「ご両親はいつ帰ってくるの?」

 そう聞いたのは、ただの確認じゃなかった。

 あとどれくらい、私がそばにいられるか。
 それを知りたかった。

 先輩の家にいる時間が限られてることは分かってる。

 でも、その限られた時間の中で、少しでも支えになりたかった。

「早く帰るって言ってたから…多分七時ぐらいかな」

 その答えに、私はそっと時計を見た。

 秒針が静かに進む音が、やけに耳に残った。

 壁に掛けられた時計の針は、もうすぐ六時を指そうとしていた。

 その数字が、胸の奥にじんわりと沈んでいく。

「あと一時間か」

 言葉にした瞬間、その“残り時間”が、目の前にぽつんと現れた気がした。

 カーテン越しに差し込む夕方の光が、少しずつ色を変えていく。

 一時間。
 長いようで、短い。

 この静かな部屋の中で、二人だけの時間が、あと一時間しかない。

 その時間が、まるで砂時計みたいに、静かに流れていくのを感じた。

「疲れてるでしょ。自分で食べるから、もう帰りな?」

 そう言って器を取る先輩の手に、わたしは一瞬、言葉を失った。

 そう言うのは、優しさだって分かってる。
 気遣いだって、分かってる。

 でも、その言葉がまるで“距離”みたいに感じてしまって、胸が少しだけ痛くなった。

 ほんとは、帰ってほしくないのに、無理して強がってるだけなんじゃないかな。

 そんな気持ちが、私の中で静かに膨らんでいった。

 器を取るその手が、少しだけ震えていたのを、私は見逃さなかった。

 さっきまで、甘えてくれてたのに。

「またそんなこと言って。本当は?」

 先輩の目を見ながら、私はそっと問いかけた。

 その瞳の奥に、本当の気持ちがあると信じて。

 

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