私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第59話

「…おかしい」

　私はふと呟いた。

　心の中で何かが引っかかっていた。

「ん？何が？」

　柊先輩が不思議そうに尋ねる。

「いつもなら、この時間に電話がかかってきてた。それなのに、今日はまだ一度も…」

　私は不安を感じながら答える。

　毎日決まった時間にかかってくる非通知の電話が、今日はまだ鳴らない。

「電話？」

　柊先輩が眉をひそめる。

「誰から？」

　沙紀先輩も興味深そうに尋ねる。

「非通知で。だけど、誰からか分かる」

　私は声を震わせながら答えた。

「それって、まさか…」

　柊先輩も気づいたみたいだ。

　私は静かに頷いた。

　こんなことをしてくるのはあの人しかいない。

　毎日、私を脅すような言葉を投げかけてくるでもなく、取るまで鳴らすという執着心もなく、

　ただ、

　"俺の存在を忘れるな"

　そう言われているかのように。

　決まった時間に数回着信音がなるだけだった。

「あの日から、毎日かかってきたのに」

　私は心臓がドキドキと早鐘を打つのを感じる。

　あの男がまた何かを企んでいるのかもしれないという恐怖が、私の心を締め付ける。

　かかってくるよりも、かかってこないほうが不安になるなんて、皮肉なものだ。

「心桜ちゃん、大丈夫？」

　沙紀先輩が心配そうに尋ねる。

　その優しさに少しだけ救われるが、不安は消えない。

「はい、大丈夫です、」

　私は無理に微笑みながら答えた。

　心の中では不安が渦巻いている。何かが起こる予感がしてならない。

　次会うまでに1000万円…
　私にはそんな大金持ってない。

　どう考えても不可能だ。

　あの人が、何を仕掛けてくるのか、想像するだけで怖かった。

「私を庇ったせいで、沙紀先輩にも目をつけたりしたら…」

　それで、今度は捻挫なんかじゃなくてもっと大怪我をしてしまったら、

「あの一瞬の出来事で、顔を覚えるのは難しいかもしれないよ」

　先輩は私を慰めるように、そう言ってくれた。

「そうだといいんですけど、」

　私も、そうだと思いたい。

　沙紀先輩の不安を煽りたくもないから、これ以上何も言わない方がいいのかな。

　でも、何かあってからじゃ遅い。

「沙紀、できるだけ一人にならないで。特に帰り道」

　そうだ。
　それがいい。

　一人じゃなかったら、きっとあの人も狙わないと思う。

「そうしたいけど、私一緒に帰る友達いないし、」

「…柊先輩」

　沙紀先輩を守るために、できる限りのことをしたい。

「ん？」
「今日から沙紀先輩と一緒に帰ってください」

　これしか方法がない。

　沙紀先輩を守るためには、誰かが一緒にいる必要がある。

「でも、そしたら心桜は？」

　柊先輩が心配そうに尋ねる。

　その優しさに胸がいっぱいになった。

「私は…誰かと帰るから心配しないで」

　私だって怖い。

　あの男の顔が頭から離れない。

　今度はどこでどうやって、私に会いに来るのか、
　恐怖が、私の心を締め付ける。

　出来れば、柊先輩に守ってもらいたい。

　だけど、今は自分のことよりも、沙紀先輩の安全が優先だ。

　自分のことは後回しにしてでも、先輩を安全に帰らせたかった。