私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第88話

　しばらくすると、柊先輩が電話を切り、私に近づいてくる。

　先輩の表情を見ても何を考えているのかよく分からなかった。

　その瞳の奥には、何か決意が宿っているように見えるけれど、その真意を読み取ることはできなかった。

「柊先輩、」

　私は震える声で彼の名を呼ぶ。

　声がかすれて、恐怖と不安が入り混じったまま、先輩の姿に希望を託す。

　先輩は何も言わずにいきなり私を抱きしめる。

「先輩…？」

　驚きと戸惑いの中、私は彼の温もりに包まれる。

　彼の強い腕が私を包み込むと、心に少しずつ安堵感が広がっていく。

　恐怖で冷え切っていた心が、彼のぬくもりで少しずつ溶かされていく。

「先輩、どうしたんですか？」

　私は彼の肩越しに問いかける。

　彼がいつもとは違う様子に、不安が再び胸に広がる。

「…ごめん。暫くこのままでいさせて」

　先輩の手が少し震えているのを感じる。

　あの人に、何か言われたのかな。

「何か、あったんですか？」

　こんなに弱ってる先輩は初めてだ。

　先輩が何を考えているのか、どうして震えているのか知りたかった。

「心桜を失うかと思ったら、怖くて」

　先輩の言葉が心に重く響く。

　彼が本当に私を心配してくれていることが分かると同時に、その心配がどれほど深いものなのか伝わってくる。

「先輩…」

　私は先輩の背中に手を回した。

　彼が自分のためにこんなにも心を痛めていることが、悲しかった。

「情けなくてごめん」

　彼の声が震え、心に痛みが走る。

　先輩に抱きしめられているだけで、こんなにも心強いのに。

「そんなことない。先輩がいてくれるから私は…」

　私は必死に言葉を絞り出す。

　私も、ずっと怖かった。

　あの人がどうして私を脅すのか、理由が分かっても心が晴れることは無かった。

　あの人が私に手を出すことはないと分かって、

　これ以上怖がる必要はないのに、どうしても怯えずにはいられなかった。

　だけど、先輩のぬくもりに包まれると、全ての恐怖と不安が少しずつ和らいでいくのを感じる。

　先輩がいるから私は、乗り越えられる。

「怖かったね」

　彼の優しい声が耳に届く。

　先輩の声が、私の心の中の痛みを少しだけ和らげてくれる。

　その優しい言葉に、心が少しだけ軽くなる。

　彼の胸に顔を埋めると、今まで抑えていた涙が一気に溢れ出した。

　心の奥底でずっと感じていた恐怖と不安が一瞬にして解放され、涙が止まらない。

「怖かったっ…」

　涙が止まらず、私は彼の胸に顔を埋める。

　彼のぬくもりが、私の心の中に少しずつ安心感をもたらしてくれる。

　先輩が本当に私を守ってくれるのだと信じたい気持ちが湧いてくる。



　その信じたい気持ちが、心の中で少しずつ広がっていく。