私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第115話

「俺は…一度も迷惑だなんて思ったことないよ」
　  
　遥希くんの静かな声が耳に届いた瞬間、胸の奥が強く締め付けられる。

　言葉の重みがじんわりと広がり、呼吸が浅くなった。

　迷惑ではないと、彼がはっきりと言い切ったことに驚きと戸惑いが入り混じる。

　目をそっと伏せながら、自分の気持ちを整理しようとするけど、心臓の鼓動が速くなりすぎて落ち着かない。

「でも…」  

　小さな声が漏れる。遥希くんがこちらをじっと見つめている。

　無意識に手をぎゅっと握りしめた。

　指先に力が入りすぎて、冷たくなっていく。

　顔を上げることができず、ただ視線を床に向けたまま、どう答えればいいのかを考え続ける。

「俺は心桜ちゃんには幸せになって欲しいから」  

　遥希くんの声は真剣で、迷いがなくて、優しくて――

　まるで私の心の奥まで見透かされているようだった。

　その優しさが痛いほど心に響き、胸の奥がじわじわと熱くなる。

　彼の言葉を受け止めたい気持ちはあるのに、それを素直に表現することができない。

「そんなこと言われたら…」  

　まだ迷いは完全には消えていなかった。

　彼の瞳が優しく揺らぎながらこちらを見つめていて、その温かさが痛いほど伝わってくる。

　頼ってしまいたい。
　でも、本当にそれでいいのだろうか。

「頼ってくれていいんだよ」  

　遥希くんの声が落ち着いたトーンで響き、まるで包み込むようだった。

　その言葉が心に染み渡るけれど、簡単には頷けない。

　頼ることは悪いことじゃないと分かっているのに、どうしても一歩踏み出せない。

　息を吸い込みながら、彼の顔をゆっくりと見つめる。

　そこには何の迷いもなく、ただ優しく私を見守る瞳があった。

　彼は本気で言ってくれている。
　だからこそ…。

　多分、私が迷惑かけたくないんだと思う。
　遥希くんは優しいから。  

「どうして…」  

　小さな声が漏れた。

「ん？」  

　遥希くんが軽く首を傾げる。

　彼の声は変わらず穏やかで、まるで私の気持ちをゆっくりと受け止めようとしているみたいだった。

　その態度が余計に胸を締め付ける。こんなに真剣な目で見られると、言葉を紡ぐのが難しくなる。  

「どうして私のこと…助けてくれるの？」  

　ようやく言葉を紡ぐと、鼓動がさらに早くなるのを感じた。

　遥希くんの表情が変わった。

　______驚き

　いや、それよりも優しさが増したような気がした。

　彼の視線が揺らぐことなく私を捉えていて、それが不思議なくらい安心感を与えてくれる。  

　聞かなければよかった。
　一瞬そう思った。

　だけど遥希くんの視線が真剣で、そのまっすぐな目が逃げ場を与えてくれない。  

　息をのむように口を閉じながら、彼の表情を見つめた。

　なぜか全身が固まってしまい、思考がうまく回らない。

　知りたいけど、怖い。
　聞くことで何かが変わってしまう気がする。

　遥希くんは静かに息を吸い込み、目を細めながら微笑んだ。

　その表情にはためらいがなく、ただまっすぐに私を見つめた。

「心桜ちゃんだから、だよ」  


　その言葉が柔らかく響いた瞬間、呼吸を忘れそうになった。


　あまりにも自然で、当たり前のように言う彼の姿を見て、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


　きっとそういう事じゃない。

　私が、困っているから優しくしてくれるだけ。



　それだけ。




　遥希くんは優しいから。