私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第135話

「だってほら、一方通行の気持ちって虚しいだけじゃないですか」

　遥希くんの声は相変わらず穏やかで、  

　けれど、その中にあった“虚しい”という言葉だけが、ひときわはっきりと胸に残った。

　“虚しい”

　思わず、その言葉だけを心の中で反芻してしまった。

　それは、知ってる感情だった。

　気持ちが、宙に浮いたまま行き場を失うこと。  

　それがどれほど冷えて、静かに痛むものか、私は知っていた。

　誰かを思って、そばにいるのに、その“思い”だけが置いていかれてしまう感覚。  

　それを「仕方ない」と何度言い聞かせたことか。

　気づかれなくても、伝わらなくても、  

　自分の中に気持ちがある限り、それでいいと思っていた。  

　けれど本当は、ずっと虚しかった。  

　誰かと目が合っても、“気持ち”が見つけてもらえないことが、こんなにも痛むなんて。

　あのころはまだ、知らなかった。

　誰かの優しさを信じていたい自分もいて、でも、もしその優しさが“ただの気遣い”で、  

　どこにも届かないものだったらって思うと、心の奥で静かに痛む自分も、確かにいた。

　その一言は、軽やかに聞こえるようでいて、本当は、どこまでも、静かに重かった。

　私は、まぶたをそっと伏せる。  

　届かない気持ち。 
　誰にも見つからないまま、浮かび続ける想い。 

　それはきっと、沙紀先輩にも、私にも、心のどこかで思い当たるものだった。

　その共通点が、切ない。  
　立場も、振る舞い方も、全然違うのに。

　想いの行き場を見失う痛みだけは、重なるのかもしれないと思ってしまった。

　そしてそれが、少しだけ残酷だった。

　虚しさって、優しさにすり替えてはいけないものだ。  

　私は知らず知らずのうちに、下唇をきゅっと噛んでいた。  

　痛みもないくらいに、そっと。 

　痛みはなかったけれど、それは感情がすでに鈍くなっている証でもあった。

　そんな気持ちをずっと、知らないふりで飲み込んできたのかもしれない。

「だから俺は、自分の言葉にも距離にも、ちゃんと責任を持ってますよ」

　最後のその言葉が落ちた瞬間、私は肩の奥でそっと息を吐いた。

　責任…か。

　その言葉は、この場に漂うどんな“優しさ”よりも、まっすぐだった。

　関係性をただ成立させるだけじゃなくて、  

　その関係が誰かを壊さないようにすること。まで含まれているような気がした。

　関係性という曖昧な輪郭を、守るためにも、壊さないためにも。

　その言葉に触れたとき、ふと、自分の境界線の薄さに気づく。  

　誰かに決められ、流され、壊されて、また笑って誤魔化してきた自分の距離。 

　
　けれど、今目の前にいる彼は、  


　自分で引いた線の外へ、誰にも踏み込ませないという意思を、静かに示していた。