私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第142話

「心桜は何も悪くないよ。俺が誤解されるような言い方したのが悪かった。ほんとにごめん」

　その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。

　まるで、ずっと冷えていた場所に、静かに灯りがともったような感覚だった。

　誤解という言葉に少しホッとした。

　それは、わたしが“間違っていた”わけじゃないという証。

「あの時…逃げるなって言われてるみたいで、悲しかったの。私がどんな思いで学校に行ってるのか知らないくせにって」

　言葉にするまでに、少し時間がかかった。
　喉の奥が詰まるような感覚。

　言いたいのに、言うのが怖い。

　そんな気持ちが、胸の中でぐるぐると渦を巻いていた。

　でも、言わなきゃいけないと思った。

　このまま黙っていたら、

　私はずっと“先輩の言いたかったこと”を誤解したままになる。

　それだけは、避けたかった。

　学校に行くことが、どれだけ勇気のいることか。

　誰にも言えなかったその気持ちを、今、ようやく少しだけ言葉にできた。

　それは、わたしにとって小さな一歩であり、
　でも、とても大きな意味を持つ一歩だった。

「うん。ごめん」

　彼の返事は短くて、でもその中に、誠実さと、わたしへの理解が込められていた。

　言い訳することもなく、ただ、わたしの気持ちを受け止めてくれた。

「でも、本当はそうじゃないんでしょ？」

　わたしは、先輩の目を見ながら問いかけた。

　あの時の言葉が、本当はわたしを責めるためじゃなくて、何か別の気持ちから出たものなんじゃないかって…。

　最後まで見届けて欲しいと、遥希くんが言ってくれた時、

　もしかして、あの時の柊先輩もそんな風に思ってたのかもしれない。そう感じた。
　

「勿体ないと思った」

　その言葉が落ちた瞬間、わたしの胸の奥が静かに震えた。

　それは、責める言葉じゃなくて、わたしの可能性を信じてくれている言葉だった。

「え？」

　思わず声が漏れた。
　驚きと、戸惑いと、少しの照れが混ざった声だった。

　先輩がそんなふうに思ってくれていたなんて、想像していなかった。

「本当は行きたいのに、あの男のせいで行かないなんて、そんなの勿体なすぎるでしょ」

　彼の声は、少しだけ熱を帯びていた。

　それは怒りじゃなくて、わたしのことを思ってくれているからこその熱だった。

　わたしの中の、“本当は行きたい”という気持ち。

　声に出したら、期待してしまう。
　何かが起きて行けなくなった時に、失望だけが残る。

　だから平気なふりをして、行きたくない理由だけを並べて、自分の気持ちに蓋をしていた。

　その気持ちを、ずっと奥の方にしまい込んでいた。

　でも、確かにあった。
　ずっと消えなかった気持ち。

　それを先輩は見抜いていた。