私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25

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第144話

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「その日、ちゃんと隣にいてね。手、離さないでよ?」

 言葉にするまで、少しだけ勇気がいった。

 でも、伝えた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 それは、ただのお願いじゃなくて、

 私の不安と願いが混ざった、心の奥からの声だった。

 人混みで迷子になるのが怖いとか、そんな単純な話じゃなくて、もっと怖いのは…。

 私が怖いのは、
 先輩が“自分の意思で”手を離すこと。

 わたしがどんなに手を握っていても、先輩がその気になれば、簡単に離れてしまう。

 その可能性が、ずっと胸の奥に張りついてる。

 想像はしたくないけど。

 それが現実になるかもしれないという怖さが、心の隅にある。

「もちろんだよ。約束」

 そう言って小指を差し出した。

 その仕草が、なんだか子どもみたいで、でも、すごく誠実で、あたたかかった。

 言葉だけじゃなくて、ちゃんと形にしてくれるその優しさが、どうしようもなく嬉しかった。

 わたしは、少しだけためらってから、自分の小指をそっと重ねた。

 その瞬間、指先がじんと熱くなった。

「…約束」

 声は小さかったけれど、ちゃんと先輩の目を見て言った。

 先輩の瞳は、私の言葉を静かに受け止めてくれていた。

 そのまなざしに、少しだけ勇気をもらえた気がした。

「ごめんね、引き止めて」

 その言葉に、私は少し驚いた。

 玄関先で長く引き止めてしまったことに、罪悪感を感じているらしい。

 でも、私はむしろ、
 先輩がここに来てくれたことが嬉しかった。

 私の話に耳を傾けてくれて、ちゃんと向き合ってくれた。

 それだけで、心が救われた気がした。

「ううん。ちゃんと話せて嬉しかったよ」

 そう答えながら、私は先輩の目を見た。

 その瞳の奥に、私の言葉が届いてほしいと願いながら。

「そっか。じゃあ…名残惜しいけど、そろそろ行こうかな」

 その言葉が落ちた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 その言葉は、この時間の終わりを告げていた。

 私は、まだこの空気の中にいたかった。
 でも、それを言う勇気はなかった。

「あ、うん。そうだよね」

 そう返したけれど、声が少しだけ上ずっていた。

 心の奥では、まだここにいてほしいって思っていた。

 でも…
 まだ行ってほしくない。なんて言えない。

 先輩だって、きっと疲れてる。

 私と話すために待っててくれて、
 抱きしめてくれて、
 約束までしてくれた。

 それだけで、十分。

 だから、これ以上望んじゃいけない。

 もう少しいて欲しいなんて言ったら、わたしのわがままになってしまう。

「心桜、?」

 その声に、私ははっとして顔を上げた。
 先輩の瞳が、まっすぐに私を見ていた。

 優しくて、不思議そうで、

 まるで、私の心の揺れを感じ取ったような目だった。
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