その魔法が解ける前に

hayama_25

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第73話

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「それは、」

 言いかけた言葉が喉の奥でつかえた。

 “それは”の先に続けたかったのは、

「一人で大丈夫」だったのか、
「迷惑はかけたくない」だったのか。

 どちらにしても、壱馬さんの前では言いづらかった。

 彼の目が、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも優しくて、

 その優しさに触れてしまったら、自分の“強がり”が崩れてしまいそうだった。

「風邪薬持ってくるから待ってて」

 その言葉に、胸がじんと熱くなった。

 誰かが自分のために動いてくれること。
 それが、こんなにも静かに心を揺らすなんて。

「大丈——」

 言いかけた瞬間、壱馬さんの声がかぶさる。

「大丈夫じゃないでしょ。熱が上がったらどうするの」

 その言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 そんなふうに心配されたこと、今まであっただろうか。

 誰かが、私の体調を気にしてくれること。

 それがあまりにも新鮮で、どうしようもなく胸が痛くて、

 涙がこぼれそうになった。

「月に一度、よくあることなんです。なので、本当に大丈夫です」

 言い訳のようにそう言った。

 “いつものことだから”と自分に言い聞かせてきた。

 でも、壱馬さんの前では、その言葉があまりにも空虚に響いた。

「俺ってそんなに頼りないかな、」

 その言葉に、息が止まりそうになった。

 壱馬さんの声が、少しだけ寂しそうで、少しだけ傷ついているように聞こえた。

 そんなつもりじゃなかった。

 ただ、私は頼るということに、慣れていないだけだった。

「っ、そうではなく、ただ…一人でいるのには慣れているので、看病は必要ないと、」

 言葉が震えていた。

 誰かにそばにいて欲しいと、思ったことはあった。
 それは今も同じ。

 でも、それを口にすることは、あまりにも恥ずかしくて。

 だから、私は“慣れている”と答えた。
 そう答えるしかなかった。

「これからは慣れないで。俺がいるんだから」

 それは、私の孤独を否定してくれる言葉だった。

 俺がいる。

 その一言が、私の世界を、少しだけ明るくしてくれた気がした。

「…迷惑かけてすみません」

 その言葉は、自分でも驚くほど小さくて、頼りなかった。

 まるで、声にすること自体が怖かったみたいに。

 幼い頃から何かを頼むときは、「ごめんなさい」とセットだった。

 誰かに何かをしてもらうことに、ずっと罪悪感を抱いてきた。

 それなのに、誰かに頼ることを、ほんの少しだけ許した。

 それは、私にとって大きな一歩だった。

「はいはい。ちょっと待っててね」

 壱馬さんの声は、軽やかだった。
 私の謝罪なんて気にしていないようだった。

 でも、どこか嬉しそうに見えたのは、私の勘違いだろうか。

 壱馬さんの背中が、部屋の外へと向かっていく。

 その足音は、私のために響いていた。
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