その魔法が解ける前に

hayama_25

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第80話

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 その言葉は、静かで、でも確かに重みがあった。

 壱馬さんの中にある“変化への恐れ”が、その一言に滲んでいた。

「え?」

 私は思わず聞き返した。
 彼の言葉の続きを知りたかった。

 でも、壱馬さんはすぐに首を振った。

「いや、何でもない」

 その言葉に、私はそれ以上踏み込むことをやめた。

 彼が話したくないことを、無理に引き出すのは違うと思ったから。

 でも、彼の“何でもない”の中に、確かに何かがあったことは、感じていた。

「あ、すみません、沢山話してしまって、」

 言いながら、私は少しだけ視線を逸らした。

 熱のせいで頭が働かないからだろうか。

 それとも、壱馬さんと一緒にいるこの空間が、心地いいからだろうか。

 私一人で沢山話してしまったことが、少しだけ恥ずかしくなった。

 でも、壱馬さんは優しく微笑んだ。

「花澄のことを知れて嬉しいよ。春と冬って、案外似てるのかもね」

 春と冬が、似てる…?

 春は温かくて、冬は冷たい。
 春は始まりで、冬は終わり。

 そう思ってた。
 ずっと、そういうものだと思ってた。

 でも、壱馬さんは、春と冬が似てると言った。

 その言い方が、なんだかすごく静かで、でも確かに何かを見ているようで。

 私には見えていない何かを、壱馬さんは見ている気がした。

「似てますか…?」

 私は、壱馬さんの言葉の意味をすぐには掴めなくて、少しだけ首を傾けながら問い返した。

 彼の言葉が、少しだけ不思議だった。

 でも、壱馬さんは少しだけ目を伏せて、それからゆっくりと顔を上げて言った。

「何かを待っている季節だから」

 その言葉は、まるで雪の中に落ちる一輪の花みたいに、静かにでも確かに心に降りてきた。

 その言葉が、静かに胸に落ちた。
 春も冬も、確かに“待つ”季節なのかもしれない。

 春は、花が咲くのを。
 冬は、雪が溶けるのを。

 でもそれは、自然の話じゃなくて、人の心の話だった。

 私は、壱馬さんの横顔を見つめた。

 彼の目は遠くを見ているようで、私の心の奥に触れているようでもあった。

 その静けさが、言葉よりも多くを語っていた。

 私は、そっと視線を落とした。

 “待つ”という行為は、何かを信じている証でもある。

 でも同時に、何かを信じないと自分を保てないほど、不安定なものでもある。

 私の春は、何かが変わるかもしれないという可能性を、ただ静かに待っていた。 

 それが来るかどうかは分からない。

 でも、待っていることで今の自分を保てていた。

 壱馬さんの冬も、きっとそうだったのかもしれない。

 何かを待ちながら、静かに、でも確かに、自分の心を整えていた。

 春と冬。

 違うようでいて、どちらも“誰かのぬくもり”を求める季節なのかもしれない。

 そう思ったら、壱馬さんの“冬”に、私の“春”が少しだけ寄り添えた気がした。

 私は、そっと息を吐いた。
 そして、少しだけ微笑んだ。

「今は、あの時ちゃんと待っててよかったって思います。壱馬さんに出会えましたから」

 あの頃は、何を待ってるのかも分からなかった。

 ただ、変わるかもしれないって信じて、毎日をやり過ごしていた。

 でも今、その“待っていた時間”が、この出会いにつながっていたんだと思えた。

 あの時間が報われた気がした。
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