その魔法が解ける前に

hayama_25

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第42話

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「莉沙のこと気になる?」

 予想していなかった問いかけに、言葉が喉でつっかえた。

 直球すぎる問いに心が慌てて身構えた。

 気になるとは、どういう意味でだろう。

「それは…」

 はっきりと答えられない。

 言葉の続きが浮かばなくて、喉の奥で音が渋滞しているみたいだった。

 気になるという言葉に、どこまでの意味があるのか。

 自分自身に問いかけても、曖昧な想いばかりが浮かぶ。

 警戒なのか、あるいは自分の立ち位置が不安だからか。

 整理できない感情を見つめながら、そっと膝の上の手を握る。

 どんな言葉を選んでも、どこか違う気がして、ただ沈黙の中で心が軋む。

「俺は花澄の方が気になるけど?」

 言葉が落ちた瞬間、呼吸が止まった。

 音も空気も、すべてがその言葉に吸い込まれてしまったようで、

 ただ、沈黙の中で聞こえる自分の心音だけが、異様な存在感を持ち始める。

 耳元が熱くなり、視界が少しだけ揺れた。

 聞き間違い?
 いや、違う。確かに壱馬様はそう言った。

「え、それってどういう…か、壱馬様…?」

 しぼり出した声は震えていた。

 問いかけるつもりはなかったのに、気づけば口が動いていた。

 その瞬間、壱馬様の気配が動いた。

 わずかに身体がこちらへ傾く────

 空気が静かに、けれど確かに揺れる。

 何の音もしていないのに、彼の動作だけが大きな存在感を放っていた。

 指先がひとりでに硬直する。

 視線はそらしているのに、彼の存在感だけがどんどん濃くなって、

 背筋に熱が灯る。

 その距離が縮まるたび、息が詰まりそうになる。
 何かが迫ってくる。温度を持った気配。

 息を飲む音が、自分の内側まで響いている気がした。

 鼓動が早まって、座っているはずなのに足元がふらつく。

「シートベルト」

 囁くように落ちた声が耳元で跳ねる。
 その言葉で、はっと我に返る。

 彼の指先がすぐそばにあって、目の前でベルトのバックルが音を立てる。

 変な想像をしていた自分に、瞬間的に羞恥が押し寄せる。

 顔から火が出そうなくらい熱くなり、視線を逸らすことさえままならなかった。

「あっ。す、すみません、ありがとうございます」

 言葉を取り繕うように、小さく頭を下げる。

 手は宙で迷って、ベルトの端を落ち着きなく触れた。

 震えはまだ収まらない。

 壱馬様の近さとさっきの言葉が頭の中で何度も反復されていて、心は静まってくれなかった。

 彼の手の動きの余韻が肌に残っていて、体の感覚が落ち着かず、呼吸を整えるのに精一杯だった。

「…で、どうして元気なかったの」

 目の奥にまで届くような声の温度。

 気づかれないようにしていたはずだったのに、やっぱり壱馬様は見ていた。

 優しいから。


 顔を伏せると、視界に落ちた髪が頬に触れ、微かな痛みが少しだけ現実に戻してくれる。


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