その魔法が解ける前に

hayama_25

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第43話

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「…で、どうして元気なかったの」

 その問いが、静かに胸の奥に落ちた。

 気づかれたくなかった。

 何もなかったふりをしていたのに、彼の目には映っていた。

 誰かに心を覗かれることが、こんなにも緊張するなんて。

「えっ、げ、元気ですよ、?」

 慌てて返した声は、思った以上に上ずっていた。

 言葉の選び方も、口調も、どこか不自然で。
 自分でも、嘘っぽいと思ってしまうほどだった。

 笑顔を作ろうとしたけれど、頬がこわばってうまく動かない。

 壱馬様の視線がこちらに向いているのが分かって、それだけで心臓が跳ねる。

「嘘。さっきから顔がこわばってるし、目も合わない」

 その指摘に、思わず息を呑んだ。

 見られていた。
 ちゃんと、細かいところまで。

「それは…」

 言葉が詰まる。
 何を言えばいいのか分からない。

 本当のことを話したら、この空気が壊れてしまう気がして。

 でも、嘘を重ねるのも違う気がして。

 膝の上で指先を絡めながら、視線はただ、壱馬様の手元をぼんやりと追っていた。

「体調悪いとか、?」

 そう言って、彼の手がふわりと伸びてきた。
 次の瞬間、指先がそっとおでこに触れる。

 優しくて、あたたかくて、まるで風が肌に触れたような感触だった。

 その一瞬で、全身がびくりと反応する。

 触れられることに慣れていない。
 でも、拒みたくもなかった。

 壱馬様の手の温度が、心の奥まで届いきそうで、目を閉じたくなった。

「ち、違います、」

 声が震える。
 手が触れているだけで、言葉がうまく出てこない。

 心が揺れて、身体が熱を持って、何もかもが不安定になる。

 ただ、気持ちが追いついていなかっただけ。

「無理させちゃった?莉沙が強引だったから疲れたんじゃない?」

 壱馬様の声は、気遣いに満ちていた。

 責めるでもなく、ただ心配してくれている。
 その優しさが、胸にじんわりと広がる。

 でも、違う。
 彼女のせいじゃない。

 ただ、わたしが──────

「そうじゃなくて、ただ私が…」

 言葉の続きを探しているうちに、心の奥から別の感情が顔を出した。

 莉沙さんと壱馬様が、自然に言葉を交わしていたあの時間。

 笑い合って、気軽に冗談を言い合って、その空気があまりにも心地よさそうで、見ているだけで胸がきゅっと痛んだ。

 羨ましいと思った。

 彼女の明るさも、彼の穏やかさも、自分には持っていないものばかりで。

 昔の自分と比べてしまう。

 誰かに甘えることも、頼ることも、ずっと遠慮して生きてきた。

 そんな自分が、あの空気に入り込めるはずもなくて。
 ただ、外から見ているだけだった。

 もし、私にも…

 こんなふうに隣にいてくれる人がいたら、何か変わっていたんだろうか。

 もっと素直に笑えたのかな。
 もっと、誰かを信じられたのかな。

 なんて思ってしまう。

 いや、きっとお姉様が…。

 そして、ふとよぎる不安。

 お姉様が壱馬様みたいな方を見逃すわけがない。

 あの人は、欲しいものを見つけたら、迷いなく手に入れる。

 もしもお姉様に見つかってしまったら、壱馬様を、取られてしまうんじゃないか。

 今の生活も、いつかシャボン玉のように消えてしまう。

 そんなこと、考えたくないのに。
 でも、心の奥でずっと震えている。

「花澄…?」

 彼の声が、静かに落ちてきた。

 優しくて、柔らかくて、心配してくれているのが分かる。


「あ、すみません。その…ちょっと考え事してて」
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