4人暮らし、はじめました。

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第4話

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「なんか、羨ましいかも」

 姉がぽつりとそう言ったとき、私は一瞬、耳を疑った。  

 羨ましい?私のことが?  

 てっきり、呆れられるか、軽く笑われるか、  

 あるいは「そんな甘いこと言ってられないよ」と返されると思ってた。

「え、そう?」

 その言葉が意外すぎて、思わず姉の顔をまじまじと見てしまった。

 カップを持つ手が少しだけ緩む。  

「私はむしろ、未来のことしか考えられなくなっちゃった、でもそうだよね。今を大事にしないと……気づいたら、今日が全部“準備のための日”になってた気がする」

 準備のための日…
 その言葉が、やけにリアルだった。  

 朝起きて、家事をして、仕事をして、子どもを育てて。  

 全部「明日のため」「将来のため」に積み重ねているけど、  

 ふと気づくと、“今日”という日がどこかに置き去りになっている。  

 そんな日々を、姉はずっと過ごしてきたんだろう。

 姉の横顔を見つめながら、できるだけやわらかい声で言った。

「私が言うことでもないと思うけど……  
 もう少し、肩の荷、下ろしてもいいんじゃない?」

 その言葉を口にしたとき、自分の中にも同じような荷物があることに気づいた。  

 ちゃんとしなきゃって、私もずっと思ってきた。  

 でも、誰かに「下ろしていいよ」って言われたら、きっと少しだけ、楽になれる気がした。  

 だから今、私はその言葉を、目の前の姉に、そっと手渡したかった。

「子供の成長って、待ってくれないものね」

 姉がぽつりとつぶやいたその声は、まるで自分自身に言い聞かせるような、

 どこか遠くを見つめるような響きだった。

「ほんとに、そうだね……」

 その目元には、深い愛情と、“追いつけない時間”への切なさが滲んでいた。

 子どもは、あっという間に大きくなる。  

 昨日できなかったことが、今日にはできるようになっていて、  

 気づけば、もう手を離れて歩き出している。

 そのスピードに、大人はいつも置いていかれる。  

「もう少しこのままでいてほしい」って思っても、時間は容赦なく前に進んでいく。

 姉は、きっとそのことを、毎日の中で痛いほど感じているんだろう。  

 だからこそ、“今”を大切にしたいと願っている。  

 でも同時に、“未来”のことも考えずにはいられない。  

 すずちゃんのために、そして自分自身のために。

「ママー!これあげる!」

 すずちゃんの声が、ぱたぱたと駆けてくる足音と一緒に響いた。  

 小さな手に握られていたのは、折り紙で作った何か。  

 少ししわくちゃで、色も混ざっていて、形もいびつ。  

 でも、その中には、彼女なりの“気持ち”がぎゅっと詰まっているのが伝わってきた。

「ママにもくれるの?」

 姉が少し驚いたように、でも嬉しそうに問いかける。  

 その声は、どこかかすれていて、さっきまでの疲れがまだ少し残っているようだった。

「うん!元気出た?」

 すずちゃんは、まっすぐな目で姉を見上げた。  

 その目には、心からの“願い”が宿っていた。  

 元気になってほしい。ただそれだけ。  

 それだけなのに、どうしてこんなにも胸を打つんだろう。  

「すず……うん。ママ元気いっぱい!すずのおかげだよ。ありがとう」

 姉の声が、ほんの少しだけ震えていた。  

 その目元には、涙のような光がにじんでいたけれど、それを見て、すずちゃんは満足そうににっこり笑った。  

 姉の横顔が、ふっと緩んでいくのがわかった。  

 さっきまで少し張りつめていた空気が、すずちゃんの一言で、やわらかくほどけていく。

「……子供って、大人が思ってるよりもずっと、周りのことをよく見てるんだろうね」

 すずちゃんは、姉の疲れに気づいていた。  

 きっと、何も言わなくても、ママの顔を見て、声を聞いて、  

 元気がないって、ちゃんと感じ取っていたんだ。

 大人はつい、子供を“守るべき存在”として見てしまうけれど、  

 本当は、子供のほうがずっと純粋に、人の心の機微を感じ取っているのかもしれない。

 私はそっと、折り紙のハートを指先でなぞった。  

 すずちゃんがくれた、小さな贈り物。  

 未来のことは、まだよく分からない。  


 でも、今この瞬間、誰かの気持ちを受け取れる自分でいたいと思った。
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