嘘月の夜

fireworks

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9章

161話 絶対命令

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 久しぶりに父を見た気がした。
 ――意外と小さい。
 女物の香水の香りが鼻をつき、ジャケットには金色の髪の毛が数本。誰のものか考えるまでもない。
 顔には深いしわ。あの頃よりずっと老け込んでいた。

 

「こんなところで……お遊戯会か」

 

 父は口角をつり上げて笑った。嘲りを隠そうともしない。
 周囲のクラスメートは、文化祭の賑わいに浮き立っている。
 だというのに、この男と俺の間だけが別の空気に閉ざされていた。

 

「……」

 

 俺は睨み返す。胸の奥に煮えたぎるものを抑えきれない。
 いっそここで、父の悪行を晒してやるか――。
 大勢の前では殴れないだろう。殴ったとしても、すぐにバレる。
 だが、父はそんな思考さえ楽しむように、にやついていた。

 

「それにしても、不味いものだ」

 

 次の瞬間。
 熱い液体が胸元を濡らした。
 父は笑いながら、手にしたコーヒーを俺にぶっかけていた。

 

「……」

 

 声は出さない。
 熱い。だが叫ぶものか。

 

「あいつみたいに乞うてみろ」
「……」
「泣いてもいい。俺に跪け」
「……」

「時間が経つと分かるな。お前は――あいつにそっくりだ」

 

 母。
 父の言う通り、俺は母に似ている。顔も、仕草も。
 だが、だからといって――父の口から言われるのは、釈然としなかった。

 

 周囲のクラスメートたちがこちらに気づいた。
 だが、誰も口を出さない。
 高槻冬真――この一族の当主の前で、一生徒が逆らえるはずもない。
 皆、見て見ぬふりをする。
 ……俺は、それを悪いことだとは思わなかった。助けを求めていないから。

 

 父は椅子から立ち上がり、俺の顎を乱暴につかんだ。

 

「……あいつにそっくりなお前を殺してやるのが楽しみだ」

 

 耳元で吐き捨てるように言い、父はさらに笑った。

 

「裏手に来い」

 

「……嫌です」

 

 俺は小さく返した。
 その瞬間、鋭い痛みが腹を貫いた。

 

「ぐっ……」

 

 父の蹴りが鳩尾に入った。息が詰まり、思わずうつむく。

 

「いいぞ。来なくても」
「……」
「お前の好きな女を……味見してからでもな」

 

 背筋に氷のようなものが走った。
 やはり、結局は行くしかないのか……。

 

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