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6話 ダージリンティー
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6話 ダージリンティー
ブレイカ・ストローマ。ストローマ侯爵家の末の娘で、今年16歳になったばかりの若き令嬢だ。ふわりと揺れるなめらかな茶髪に、新緑を思わせる緑色の瞳を持つ女性。小柄な姿形は母譲りで、父の面影は僅か。強いていえば立ち居振る舞いだろうか。物怖じしない強気な態度、我を貫き通す姿勢。上の者に躊躇なく意見を述べ、ときには命令するような、典型的な侯爵令嬢だ。噂や群れることを好み、気に食わない者を社交界の隅に追いやる、外交的な一面も持つ。
既に、上の3人の娘は結婚し家庭を築いた。そして、末娘のブレイカは、両親の愛情を一身に受けた。それが今の彼女を形作ったのだろう。彼女にとっての世界はあまりにも狭すぎた。
「喜べブレイカ。お前の婿をもらうことになったぞ」
父ストローマ侯爵は、上機嫌に鼻歌を歌って口にした。ブレイカはティーパーティー前の準備の真っ最中。各領地から取り寄せた茶と菓子を飲み食べ比べして、最適なものを選び出す。あまりにも彼女の好みから外れれば……取引を中止することもあった。主に食料品の輸出入、商業に力を入れている家ならではのこだわりだ。侯爵は向かいの椅子に腰掛け、明るい表情で娘の反応を待つ。柔らかな風が吹き、良き報せと悪い報せを運ぶ、肌寒い春の昼のこと。
「まあお父様。一体どこのだれなのですか?」
ブレイカはティーカップに手をかけ、興味津々に尋ねた。
「フォールディング家のセウェルスという者だ」
その瞬間、彼女の顔が曇る。
「セウェルス・フォールディング? あの侯爵の幽霊息子のことですか?」
笑みを消し、目を大きくして父を睨みつける。折れそうなくらい、カップの持ち手に力を入れて。一瞬で殺伐とした雰囲気になったけど、侯爵は表面上はいつも通りに取り繕った。あの父のことだ。莫大な利益を提示して、その「ついでに」「息子をくれてやる」とでも言ったのだろう。それでもストローマ侯爵が頷いたということは、やはり、大きな何かが動いて――。
「その通りだ。お前にぴったりの相手だろう」
ブレイカは顔を真っ赤にし、今にも破裂しそうな頬で父に訴えた。全力で、或いは必死に、内を隠そうと声をあげて叫んだ。
「お父様正気なのですか!? 私と引きこもりの息子を結ばせようとするなんて! 何の取り得もない……! 病弱な……! うっ……」
「どうしたブレイカ?」
彼女は吐き気を感じ、口元を覆って俯く。すぐに呑み込み、置かれた状況も理解して本音を押し殺した。手を離すとお腹に添え、口の中を噛んで、順従な娘の顔を作った。
「大丈夫ですお父様。日程は決まっていますか?」
侯爵は立ち上がると満足気にうなずき、ブレイカの肩に手を置く。彼女はドレスの裾を握り、一息つくためにダージリンティーを一口飲んだ。
「もちろん。年内には結婚させてやる。お前は衣装の準備でもしてろ。面倒な手続きは俺がやる」
「かしこまりました。それでは……」
ブレイカ・ストローマ。ストローマ侯爵家の末の娘で、今年16歳になったばかりの若き令嬢だ。ふわりと揺れるなめらかな茶髪に、新緑を思わせる緑色の瞳を持つ女性。小柄な姿形は母譲りで、父の面影は僅か。強いていえば立ち居振る舞いだろうか。物怖じしない強気な態度、我を貫き通す姿勢。上の者に躊躇なく意見を述べ、ときには命令するような、典型的な侯爵令嬢だ。噂や群れることを好み、気に食わない者を社交界の隅に追いやる、外交的な一面も持つ。
既に、上の3人の娘は結婚し家庭を築いた。そして、末娘のブレイカは、両親の愛情を一身に受けた。それが今の彼女を形作ったのだろう。彼女にとっての世界はあまりにも狭すぎた。
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父ストローマ侯爵は、上機嫌に鼻歌を歌って口にした。ブレイカはティーパーティー前の準備の真っ最中。各領地から取り寄せた茶と菓子を飲み食べ比べして、最適なものを選び出す。あまりにも彼女の好みから外れれば……取引を中止することもあった。主に食料品の輸出入、商業に力を入れている家ならではのこだわりだ。侯爵は向かいの椅子に腰掛け、明るい表情で娘の反応を待つ。柔らかな風が吹き、良き報せと悪い報せを運ぶ、肌寒い春の昼のこと。
「まあお父様。一体どこのだれなのですか?」
ブレイカはティーカップに手をかけ、興味津々に尋ねた。
「フォールディング家のセウェルスという者だ」
その瞬間、彼女の顔が曇る。
「セウェルス・フォールディング? あの侯爵の幽霊息子のことですか?」
笑みを消し、目を大きくして父を睨みつける。折れそうなくらい、カップの持ち手に力を入れて。一瞬で殺伐とした雰囲気になったけど、侯爵は表面上はいつも通りに取り繕った。あの父のことだ。莫大な利益を提示して、その「ついでに」「息子をくれてやる」とでも言ったのだろう。それでもストローマ侯爵が頷いたということは、やはり、大きな何かが動いて――。
「その通りだ。お前にぴったりの相手だろう」
ブレイカは顔を真っ赤にし、今にも破裂しそうな頬で父に訴えた。全力で、或いは必死に、内を隠そうと声をあげて叫んだ。
「お父様正気なのですか!? 私と引きこもりの息子を結ばせようとするなんて! 何の取り得もない……! 病弱な……! うっ……」
「どうしたブレイカ?」
彼女は吐き気を感じ、口元を覆って俯く。すぐに呑み込み、置かれた状況も理解して本音を押し殺した。手を離すとお腹に添え、口の中を噛んで、順従な娘の顔を作った。
「大丈夫ですお父様。日程は決まっていますか?」
侯爵は立ち上がると満足気にうなずき、ブレイカの肩に手を置く。彼女はドレスの裾を握り、一息つくためにダージリンティーを一口飲んだ。
「もちろん。年内には結婚させてやる。お前は衣装の準備でもしてろ。面倒な手続きは俺がやる」
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